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ネコの疑惑


「二人とも、頭真っ白ですよ」

 

 公衆トイレから出てきた二人を見て、ネコが言った。

 恒例の化け物の襲撃は問題なく、無傷で戦闘を終えていた。今回サタン達は関わりが無く、むしろ静かに効率よく退治ができたと言えるだろう。


 ただし。


「石灰って身体に悪いんすかね」

「さぁな」

 

 戦闘中、いつものように破壊した物の中に石灰の袋があったのは誤算だった。

 粉物については火気厳禁、ということで、いち早く回避したネコは石灰をほとんど被らずに済んだが、二人は反応が遅れてしまった。おかげで茶色いはずのイヌのジャージも真っ白になってしまったのだ。

 更に誤算、というか不満があった。

 クラウドの創ったジャージの機能は、耐火、衝撃の緩和、瞬時の着脱、傷の即時修復など様々だ。ただし、怪我でないものは治らない。たとえば、土汚れ。たとえば、石灰。

 という訳で、公衆トイレで変身を解き着替えた彼らは、石灰を被ったままの状態だったのだ。

 流石にこの格好でうろつくのは問題である。せっかく着替えた服にも、既にはらはらと石灰が落ちている状態だ。


「……家近いんで、良かったらシャワー浴びていきます?」

「え…」

「え…っ?」


 衝撃的な言葉を放ったのは、ネコだった。

 いや、ネコだったからこそ、それは衝撃的な言葉だったのだろう。

 女子力という物なのかなんなのか、ハンカチも持たないイヌにタオルを渡し、服が汚れないように頭に巻かせる。


「だから、家来ますか?」


 歩いても五分とかかりませんよ、と言いながら家のある方向をさす。


「いやでも」

「ネコさんが、優しい」


 女の学生の家に男二人は…と古風な事を考えるウサギに、珍しいネコの言葉をかみしめるイヌ。


「ま、狭い部屋ですけど」


 そう、ネコが言った瞬間。男たちは思い出した。


 以前、警察署での出来事を。


「いや、ネコ」

「ネコさん」


 確か、「や」のつくご職業の方らしき人と親しげに話していなかったか。

 「お嬢」と言われてはいなかったか。

 気付いた時には、二人とも、先頭をいくネコの後ろをついて歩いていた。


「……死ぬかな」


 呟いたのは、ウサギだ。イヌは声も出ない。

 やがて長い黒塀が見えてきた。門らしき場所には怖そうなおじさんが立っている。

 怖そうなおじさんは三人に気付いて、顔を向けてきた。いかつい顔だ。鋭い目だ。


「お帰りですか、お嬢」

「ただいま、今川さん」


 ネコの姿を視界に入れたとたん、今川、と呼ばれた男は鋭い鷹の目を柔和な文鳥の目にかえた。

あぁ、短い人生だった。

二人の男は立ちつくし、この先に待ち受ける未来を想像して、これまでの人生を振り返る。


――明日から、仕事は行けない。それはそれで、楽だろうか。

――お母んに今日ばばあって言ったの、謝っとけばよかったかな


 男たちがそれぞれ思いをはせ、目を閉じていると、少し離れた場所からネコの声が二人を呼んだ。


「何してるの?こっちよ」


 その言葉に、覚悟を決めて目を開ける二人。


「え」

「……え?」


 そこには黒塀の向かいに建つ、築何十年かと思われるボロアパート。そしてその前で二人を待つ、ネコの姿があった。


「こっちよ」


 そう言って、壊れたドアの鍵の代わりの南京錠を開けて、二人を招くネコ。


「……あちらの方は?」


 ウサギが尋ねる。


「あぁ、ご近所さんです。よくお裾分けくれたりしますよ」

「あ、そう」


 黒い塀にいかついおじさん。

 築何十年かのボロアパート。

 見比べて、男たちはため息を吐いた。


 どちらにせよ、やるせないものがあった。



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