イヌの憂鬱とネコの戸惑い
「あれ、ここって」
敵の反応を辿って来たネコは、ふと掲げられた看板に目をとめた。
『亜布高等学校』
「イヌのとこの…」
県下でも不良高として名高い高校だ。それらしく、壁には理解しがたいアートが施されている。
確か、イヌはこの学校に通っていたはずだ。
「ネコさん!」
校舎の方から、イヌが駆け寄ってくる。まだ変身はしていない。
「やっぱりイヌの高校だったわね。様子は?」
挨拶もそこそこに話を聞く。
「小さい首が3匹。っつーか、初めはくっついて火ぃ吐いてたんすけど、石ぶつけたら離れ離れに…」
「石?」
思わず聞き返す。
「クラスのやつが」
石を投げました。そういったイヌに、ネコは思わずつぶやいた。
「…勇者ねぇ」
もしくは馬鹿か。
「舞首ってやつかしらね。まぁ、一体一体倒して行きましょ」
記憶の引き出しを引っ張って、該当しそうな妖怪の名を挙げる。
さて、どう退治をしていこうか。弱点も正体も、ネコの記憶にはない。
「一匹は体育館の倉庫に入り込んだんで、閉じ込めたみたいっす」
「誰が?」
考え込んでいたネコに、イヌが更に現状を伝える。
イヌの言葉に、ネコが顔を挙げる。イヌの言葉から、イヌのやったことではなさそうだ。
「体育やってた連中が」
「……」
「うちのガッコ、そんな奴らばっかですよ」
絶句するネコに、へらへらとイヌが笑う。
「へぇ…」
流石不良高……
「なのか!?」
「へ?」
納得しかけたネコは、思わず自分にツッコミを入れた。
生首が三つ、火を噴いていたのだ。ただの不良の高校生が、そんな化け物相手にまず闘おうと思うだろうか?
いや、そんなことは、ない。
ない、はずだ。
ネコは己の経験に基づいて導き出した結論に一人うなずく。
だとするならば、この高校の生徒たちは…
「武闘派なんで」
「いやいやいや」
それで済めば、警察は、否、私たちダメンジャーは必要ない。
倉庫に閉じ込められていた首を素早く倒すと、残った首を探すために校舎に入る。
「荒れてるわね」
周囲を見回してネコが行った。
廊下のいたるところに落書きがされ、窓ガラスが一部割れている。
授業中のはずだが、廊下に幾ばくか生徒の姿も見える。
「まぁ。喧嘩も日常茶飯事っすから」
「へぇ。イヌも?」
ジャージに変身したイヌを見る。もともと身体能力は高そうだが、好戦的でもない。普段のへたれっぷりを見るに、彼のこの高校での地位は低そうだとネコは失礼なことを想う。
「俺は…あんまり。一年のときには良く吹っかけられましたけど」
「へぇ。誰かのパシリとかは?」
その時に負けて、誰かの傘下にでも入った可能性もある。どこの不良漫画の展開かは知らないが。
「したことないっす。逆に、頼んでないのに昼食持ってきてくれるやつとかいるっすよ」
「…へぇ?」
「名前知らないんすけどね。そういや、良く挨拶されるんすけど、そいつらも名前しらねー奴らで…」
言葉を続けるイヌに、やはり不良漫画の一場面が浮かぶ。
周囲の生徒が九十度に腰を折って、挨拶をする。その先には、学校のトップ。
「イヌってもしかして…」
番長、的な…?
誰かに頭を下げられるイヌの姿など想像できない。けれど、普段の彼と、自分たちの知る彼は、違う顔を持っているのかもしれない。
「あ、いた!」
考え込んでいたネコは、イヌの声にハッと顔を上げる。
ちょうど首が一匹、角を曲がるところだった。
「待て!」
すぐさま追いかける。
角を曲がる。
階段を上る。
廊下を走る。
「逃がさねぇぞ!」
首の逃げ込んだ教室に踏み込んだ。
首の飛来に騒然としていたクラスが、イヌの姿を目にとめたとたん静まりかえる。
ついで、訪れる戸惑いのざわめき。
「……九条?」
「え、僚さん?」
「ていうか」
「何、あの格好」
「まさか、例のイヌ…!?」
教室の生徒からの視線、視線、視線。
「九条君?」
教師からも戸惑いの視線を受ける。
「……」
言葉を失ったイヌの肩に、ネコが手を置く。
「…交代しようか?」
「……お願いします」
視線から逃れるように、くるりと背を向けて、教室から出た。
「明日から学校来れねー…」
不良らしからぬ言葉を呟いて座り込んだ。
クラウドが記憶を消すと言う一縷の望みがかなわなければ、明日から不登校決定だ。
「ちょっと、まだ一匹残ってるんだから」
二匹目を倒したネコが、しっかりしろ、とイヌの頭を叩く。
抜け殻のようなイヌを引きずって、ネコは屋上を目指し階段を上る。
「他にはいないみたいだし、たぶん残りの一匹は屋上…」
最後の一歩を上り切り、一息ついた。
「よっと…」
重い屋上の扉を開ける。
そこには予想通り最後の首と…
「あ、先輩!」
先客が一名。
「今日来ないかと思いましたー。っていうか、なんで先輩、ジャージなんて来てるんスか?」
バカっぽいが人懐こい笑顔を向けて、二人に駆け寄る生徒。
「でも先輩は何着ても似合うっすね!あ、それ例のイヌとかいう奴と同じ色っすね!まぁでも、先輩の方が強いに決まってますけど…」
「えーと…ちょっと良い?」
マシンガントークを展開する生徒を、ネコが遮る。
「あ、ネコ」
「はい、どーも」
ネコにはたった今気づいたようだ。
「えーっと…その手に持ってるのって…」
生徒の右手を指さす。
「あぁ!こいつ、先輩の縄張り荒らそうとしたんで、締めときました!」
そう言って掲げるのは、最後の首。
殴られたのか頬を腫らす首は、目に涙を溜めている。
「……そう」
もはやその二文字しか、彼女に残された言葉はなかった。
「あんたの学校って、異常ね」
「…明日から、学校…」
「先輩!俺すごいっすか!」
かみ合わない会話も、誰一人気にする者はいなかった。




