ネコの憂鬱、ストーカー事件
「なんか最近、元気ないね」
昼食を取りに来た食堂で、友人――未子に顔を覗きこまれた。
「そう?」
適当に言葉を返し、弁当を開ける。
「お腹空いてってわけじゃなさそうだし…っていうか、前より豪華になって無い?」
弁当を見た未子が首を傾げた。
五穀米に、肉巻きアスパラ。卵焼き、モヤシ炒め、プチトマト。
「肉入ってるし!前モヤシ炒めだけのときあったよね」
そういう未子の昼食は、A、B定食にスパゲティだ。
…それで二日間しのげそうなんだが。
「うん、まぁ」
「じゃあ、なんでそんな元気ないの?悩み事?」
悩み事、と聞いてふと思い当ることはある。
たとえばヒーロー業のこと。けれどそんなもの、恥ずかしくて口には出せない。
それと、
「あー…ちょっとストーカーに…」
「え!?」
未子の慌てた声に、しまったと言葉を重ねる。
「大丈夫!どっちも検討ついてるし!」
「複数!?」
あ、また失言。
「今日はトマト料理が食べたいなー。ただいまー」
独り言を言いながら、南京錠を開けて部屋に入る。普通のカギは、二つ前の入居者が壊れて以来、使い物にならなかった。
靴を脱いだところで、おなじみのものが目に入った。
「……」
折りたたみ机の上に置かれた、白いビニール袋。
行きにこんなものは無かった。
中をのぞく。
砂糖、ソース、トマト缶、玉ねぎ。
「……そう言えば砂糖切れてたわね」
キッチンを見れば、ソースも残り僅かだった。
くるり、と部屋を見渡す。
歪んでいたのか、空いたまま動かなかった窓は、知らない間に閉じられていた。
抜けた床は不格好に板で塞がれ、閉じなかったシャワー室のドアも問題なく開閉できる。
知らない間に、だ。業者を読んだわけではない。
……快適空間になってきている。
いや、だがしかし。
「どっから入ってくんの…?」
南京錠も閉まるようになった窓の鍵も、ちゃんと閉めてるのに。
「っていうか、なぜピンポイントで欲しいものを!?」
なぜ、というより、どうやって。
独り言に答えてくれるものはいない。
「…やっぱり盗聴器、とか?」
その問いにも、やはり沈黙しか返ってはこなかった。
「ふははははっ!ちゃんと食べてるか?ネコ!」
「…おかげさまで。昨日はミネストローネ(風)が食べられました」
「な、いや、俺は別に、何もしていないというか…きょ、今日は生クリームとコーンの缶詰だ!余っただけだからな!」
「……ちょうどコーンスープが食べたいと…ってやっぱり盗聴器?!」
「は!?誤解だ!そんなもの、俺はつけん!」
バレバレな一人目のストーカー、サタンは盗聴器の存在を否定した。
なにせ、その手に持つスーパーの袋は、いつも机の上に置かれているものと同じものなのだ。ばれない、と思うほうがどうかしている。
「……餌付け?」
「まだなついて無いがな」
傍から見ていたイヌとウサギは、二人のやり取りを生暖かい目で見ていた。
――視線を感じる。
朝も昼も夜も。
家でも大学でも道路でも。
「それは、ストーカーってやつじゃ?」
物がよく無くなる。
シャーペン、消しゴム、果ては鍋。
けれど、毎回新品が代わりに置かれている。鍋が取られた時はティ●ァールセットに変わっていた。
「それ、ストーカー…?」
ついこの間、盗聴器を見つけた。
「それ、ストーカーってか、やばいんじゃ…」
「検討はついてるって言うか…」
ちらり、と目の前のエンヴィを見る。
「子猫さん、今日も可愛らしい。おい、駄犬は近づくんじゃねぇよ。子猫さん、どうして包丁なんかにその白魚のような手を切らせたの?もう俺嫉妬に狂いそうで…(略)」
「なぜ包丁で怪我したことを知っている、変態。というか、日用品を下らん理由で持っていくな!」
「…わかりやすいな」
「わかりやすいっすね」
どうやらこちらのストーカーは自分の存在を隠すつもりはないらしい。
ストーカーという自覚もないのだろう。
ネコが威嚇するようにエンヴィに爪をかざす。
それすら意に介さず、延々とネコのことを語り続けるエンヴィ。
そんな二人を、やはりウサギとイヌは生暖かい目で見守るのだった。




