こすちゅーむ、に。もしくはウサギの憂鬱
近づいてくる化け物に、終わりを悟った。
トモとカナと身を寄せ合う。
振りあげられた前足に、思わず目を瞑った。
風が唸る。
何かがぶつかる音。
けれど、予想していた痛みも衝撃も、一向にやっては来なかった。
「大丈夫か」
静かな声に誘われて、固く閉ざしていた瞼を開く。
白い背中。
大きな獣の前足を、三日月のような武器で防いでいる。
こちらの様子を窺うように向けられた顔は、化け物と対峙しているとは思えないほど涼やかだ。
眼鏡越しの瞳は黒曜のように、冷たく静かな光を帯びている。
月光を受けて立つその姿は、幻想的な…
「……って」
彼の姿を改めて見る。
汚れ一つ無い、白の
「なぜジャージ?!」
「は?」
台無しじゃない!
そう思ったが、はっと思い出す。この近辺では化け物対峙にジャージの三人組が現れるのだ、と。
他の二人の姿は見えないが、化け物に対抗する者など、他に聞いたことがない。
「まぁ、よくわからんが、それだけ元気なら大丈夫だな」
白いジャージの男は、私たちを一瞥すると化け物に向き直った。
「平伏せ」
ただ一言、呟かれた言葉。
たったそれだけで地面に倒れこむ化け物。彼が何をしたかなど、理解できなかった。
口から血を出し動かなくなったそれは、次の瞬間には塵と化し消えた。
茫然としている私たちをよそに、男はどこかへ去ろうとしていた。
「あ…っ、あのっ」
思わず声をかける。そうだ、お礼を言っていない。
男は足を止め振り返った。
瞬間、男の頭で揺れるもの。
「……」
「………」
「…………」
……耳?
男の被るフードに、不似合いな一対のソレ。
重力に逆らうことなく垂れた、ウサギの耳。
背の高い。
それなりに男らしい顔立ちの。
成人男性に。
いや、でも意外と、
「……か、可愛い」
思わず言葉が漏れる。
「ちょ…なんか今キュンと来た」
「私も」
トモとカナも口々に言う。
流石に相手は男性。聞こえないように声量は落としてあるが。
男の眉間に皺が寄る。
「あ…」
言うべきことを忘れるところだった。
わざわざ足を止めた彼に、伝えなければならない。
「ありがとうございました、ウサギさん!」
「助かりました、ウサさん」
「本当にありがとうございます、ウサギさん」
トモとカナも口々に御礼を言う。
「………」
ウサギの耳をつけた男は、フイと視線を戻して、無言で去って行った。
「……ウサギさん」
はやる鼓動は、先ほどの恐怖によるものか、それとも……。
吊り橋効果ですね、はい。
あと、ウサギには彼女たちの会話は全部聞こえていました。




