説明書、ください
「あ、今日は三人なんすね」
イヌが駆け付けると、既に2人の運命共同体が立っていた。
「ちょうど外回りだったからな」
「…」
イヌと同じく、既に変身は済ませている。
「テレビ見て来てみたんすけど、やっぱこれ…」
「……そろそろ毎度になってきた、オシゴトじゃないの」
2人の目線をたどると、大きく抉れた地面があった。
周囲を見渡せば、あちらこちらに爪で抉ったような跡がある。
「……帰りたいんすけど」
「同感だ」
「右に同じ…っと、あっちが許してくれればね」
ネコが屋根の上に目をやって、肩をすくめた。
同じように屋根に目を向けた二人も、ネコが見ているだろう敵を見つける。
「……サル?」
首をかしげたのはウサギだ。
「でか…」
屋根の上に座り、三人を見下ろしていたのは、二メートルを優に超える大猿だった。
「ヒヒヒヒっ」
大猿が笑う。上唇がめくれ、顔の大半を覆う。
「んー…、狒々とか猩々とか、そんな類の奴な気が」
人類学を専攻しているらしいネコは、趣味かなんなのか、化け物に対する知識に強い。
「対処法は?」
「見ての通り、笑うと奴の視界は閉ざされる!」
ネコが大猿を指さす。
「その後は?」
「…力押し?」
ウサギの言葉にネコが首を傾げる。知識があるとは言っても、対処法まで知っているとは限らない。
「ま、単純で良いんじゃないすか」
二人のやりとりに、イヌは指の関節を鳴らす。
「確かに」
「作戦は?」
「特になし!」
言い終えるが早いか、イヌが飛び出す。
コンクリートの地面から軒ヘ飛び移り、さらに大猿の居る屋根へと跳躍しようと足に力を込めた、瞬間。
「うおぉぉおっ!?」
何かの壊れる音と共に足場が崩れ、イヌは地面へと落ちた。
その様子を見て、大猿がまた笑う。
「だ、大丈夫か?」
二階の高さから落ちたイヌに、ウサギが声をかける。
「へーきっす」
「ジャージのおかげかしらね」
おそらくは衝撃を緩和するような加工が施されているのだろう。
「それより、なんで軒が…」
いまだ笑い続ける大猿の下、イヌが足場にした場所は大きく穴が空いていた。
「脚力が強くなったせいじゃないか?」
三人の身体は、対化け物用にあらゆる面で強化されている、らしい。
「じゃあどうやってあそこに行けば…力の加減なんてまだよくわかんねーし…」
そこまで戦闘の回数をこなしていない彼らは、圧倒的に経験が不足していた。また踏み抜くことの無いように、イヌは恐々と足を地面につけた。
「まぁ、任せろ」
一歩前に出たのは、ウサギだ。
「ウサギさん」
「その呼び方は…」
少し顔を赤らめてそっぽを向く。
「まぁだが、そのウサギの脚力なら、あいつのところまで一気に行けると思わないか?」
ニッと笑みを浮かべ、ウサギは足に力を込めた。コンクリートの上ならば、踏み抜く心配もない。ほぼ垂直に跳んだ。
一瞬のうちに、大猿のいる屋根の高さまで跳びあがった。
「ヒヒっ?」
「よし、想像どお…」
そのまま、本人の意思とは別に、どんどんと高く上がっていく身体。
「りぃいぃぃぃっ」
「…あー……」
「すっげ…」
豆粒ほどになったウサギを見上げ、ネコはこめかみを押さえ、イヌは思わず言葉を漏らす。
ようやく落ちてきた宰は、着地の反動でまた跳びあがる。
「…トランポリンかいっ!」
「と…止まらないんだって!」
「ヒヒヒヒヒっ」
その様子を見て、さらに笑う大猿。
「こうなったら」
溜息とともに一歩前に出るネコ。
「撃ち落とす!」
片手を大猿に向ける。
「畢方!」
声と同時に生じた複数の火の玉が、勢いをつけて放たれる。
「ヒヒっ!」
火の玉のいくつかが大猿を襲う。尾を焼き、肩を焦がし、ダメージを与えられているようだ。
「ぅあっち!ちょっ…ネコの人!ストップ!」
大猿以外にも。
イヌのフードにも火が燃え移り、火だるま寸前の様相だ。。
「え、ご、ごめん!」
「ごめんはいいから、どうにか!」
「……コントロール、未だによく知らなかったりしてー」
思わず目が泳ぐネコ。思えば今まで、炎を増大させたことはあっても鎮火させるようなことはしたことがない。
地面を転がりまわった末、イヌ自身が水を使えることを思いついたときには、互いに多大な労力を消費していた。
「ヒヒっ、ヒヒっ!」
見上げると、大猿の方はまだ火に苦しんでいるようだった。
「結果オーライ!」
「違います。どうすんすか。俺ら屋根に上がれなさそうだし」
「ウサギさん、帰ってこな…」
「ぁぁあぁああっ!」
「きた」
徐々に大きくなる声と姿に、のんびりと空を見上げるイヌとネコ。
「ヒィっ!」
対して、悲鳴を上げたのは大猿だ。
まっすぐに、熱をはらむ勢いでウサギが落下する場所は、大猿の真上。
一瞬の後、大きな破壊音とともに、哀れな一軒家が化け物と共に倒壊した。
「こ……怖かった」
声を震わすウサギは、顔面蒼白だった。
「紐無しバンジーみたいなもんですからね」
「高さ的にスカイダイビングだった気がする」
「まぁ、敵はやっつけられたみたいだし、良かったじゃないですか」
肩をたたき背を擦り、イヌとネコはウサギをなだめる。
会って間もない三人だが、思うことは同じだ。
説明書、下さい。
ふつうこうなるんじゃないかな、と思うのです。