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対戦しましょ

街灯の下に、六つの黒い影。

貧乏神と名乗った男以外は、黒いスーツに身を固めている。


「スーツいいなぁ……」

 

思わずそうこぼしたのは、茶色のジャージを着ているイヌだ。年頃の彼には、デザイン性皆無の茶色のジャージはやはり歓迎できるものではないらしい。


「いや、スーツは動きにくいから。サラリーマンの戦闘服であって、肉体労働には向いてないから」


常日頃、サラリーマンとしてスーツを着ているウサギにとって、特にあこがれるものではない。

「でも、ビジュアル的に負けてる感じは否めませんね」


赤、というよりむしろ芋ジャージを着ている猫も、敵に対して少々うらやましく思うところがあるらしい。

実際、統一感のある黒いスーツは威圧感がある。


「問題は実力が勝るかどうかっすよ」


そう言ってはみるものの、変身回数三回の彼らは、戦闘に関してまだ素人の域を出ない。特別に付加された能力にしても、まともに扱えそうなのはネコくらいなものだ。

対する六人は、貧相な身体つきをしている貧乏神と、子どもの姿をしているパンは別にしても、体格的にも恵まれている。

 

サタンには角も羽が生えていて、何より誰もが知るメジャーな悪魔だ。ベルゼバブと名乗った男は、六人の中で一番の巨漢を誇っている。背中に生えた透明な羽は、彼もまた飛行能力を有していることを暗に予測させる。ルシファはスーツに覆われていてもわかる鍛えられた身体をしている。頭部に生えている耳はおそらくライオンのものだろう。エンヴィと名乗った男は、一見華奢な優男に見えるが、スーツから覗く手は、鱗に覆われている。


「ベルゼバブもルシファも悪魔としては上級で有名。エンヴィも七大悪の一つ。悪魔で言うと、リヴァイアサン。旧約聖書じゃ『最強の生物』として書かれてる。ついでに無害そうなパンって子どもも、パニックの語源になったパンって神様から来てるなら、厄介かも」


ネコが早口に説明する言葉に、ウサギとイヌはそろって渋面を作った。

彼らは生まれついての化け物であるというアドバンテージ以上に、厄介な相手らしい。


「何か、対処する方法は?」


一縷の望み、とウサギがネコに尋ねる。

無情にも、知識担当のネコは肩をすくめて見せる。


「さあ。そこまでは。悪魔なら、聖書の一節でも諳んじてみれば効果はあるかも知れないけれど」


私は無理ですね。というネコは心なしか諦めモードに突入しているようだ。知識がある分、状況の見通しが暗い。

聖書の一節を諳んじることができたとして、果たして相手がそれを許すかどうか。そもそも、神と名乗るものもいる。


「っていうか」


イヌが眉間に皺を寄せた。


「六対三なんて、卑怯じゃないか!」


敵を指さし、と叫ぶ。

すかさず、サタンが口を開いた。


「悪役が卑怯で何が悪い」

 

堂々とした物言いに、イヌは言葉を詰まらせた。


「もっともな言い分ね」

「まぁ、先に人数を知らせてくれているあたり、親切なんじゃないか?」

 

ネコとウサギは、サタンの言葉に思わず頷く。

卑怯は悪の専売特許のようなものだ。


「でも、納得がいかない」


どう考えても、この状況は不利なのだ。せめて人数だけでも同じにして欲しいと願ったところで、罰は当たらないだろう。不満げな顔をするイヌに、サタンが言葉を重ねる。


「お前たちだって、今まで三対一で戦ってきただろう!そっちの方がよほど卑怯じゃないか」

「っ!」

「……っ」

「ぐ……」

 

初戦は一対一で戦った三人だが、二度目三度目は三人で一匹の敵と戦っている。確かに言われてみれば、倍の数を揃えている六人より、三倍で戦っていた自分たちの方が卑怯な気がしてきた。


「…言ってはならないことを」


ウサギが呻く。自覚があったようだ。


「……世の中に溢れるヒーロー物よりは、マシよ」


彼らは五対一以上で戦っている。

ネコも反論するが、その言葉に鋭さはない。


「それ、目糞鼻糞を笑うってやつっすよ…」

 

思わず突っ込みを入れてしまったイヌは、ネコに睨まれて目を逸らした。

ネコは頭を振り、一つ息を吐く。


「いえ、そもそも、悪に通してやる筋なんてないわ。法律は守る者のためにあるのよ。倫理も道徳も、その道にいる者にこそ適用されるのよ!」

「清々しいほどの開き直りだな」

「目下、この状況の打破が最優先です。他は名誉も心の平穏も、後にしましょう」

 

既に起きてしまったことに対して、とやかく言っている暇は無いのだ。イヌもウサギも、再度臨戦態勢を取った。


「どう考えても、不利っすよね」

「神様もいるらしいしな」

 

貧弱な老人と子どもだが。

二人が戦力外だと希望的観測をしてみたところで、数すら拮抗しない。

どうするか、と各々思案をしていると、サタンが声高に笑った。


「ふはははっ!誰が六人で全員だと言った!」

 

背後で水の跳ねる音。

確か背後には噴水があったはずだ。


「しまっ……」

 

背後を振り返ろうとする三人の目に、銀の煌めきが見えた。


「我々は七に……っ」

「にゃん!」

 

鳴き声が聞こえて、イヌとウサギの間を小さな影がすり抜けた。ネコだ。ネコは宙に身を躍らせ、銀の煌めきに飛びつく。軽い音を立てて着地するネコの足元には、銀色の魚のようなものがいた。


「にゃん」

 

誇らしげに鳴くネコは、三人でいるときには浮かべたことのないような満面の笑みだ。だがしかし、その貴重な瞬間を、イヌとウサギは見逃していた。ネコの足元のもの――おそらくは敵の七人目だろう――から目が離せなかったからだ。


「……魚?」

 

イヌが首をかしげるのも無理はない。

マグロのような立派な身体のそれは、だがしかし、魚には無いものを備えていた。


「足あるぞ」


人間の、足である。


「魚人……」


そのふざけたフォルムに、二人はそろって顔をひきつらせた。どうせ半人半魚ならば、人魚が見たいものである。


「あぁぁぁぁっ!」


敵の方から焦った声がする。


「にゃん」


ビチビチとのたうつそれに、ネコが嬉しそうに噛みついた。


「十三が噛まれた!」


十三、とはおそらくこの半人半魚のことだろう。


「ちょ、ネコさん!それ食べちゃダメっすよ!腹壊しますよ!」

「ぺっしなさい、ぺっ!あと、抱き着かない!生臭くなるぞ!」


イヌとウサギは必死にネコを引きはがしにかかる。


「十三!」

「……」


味方の呼びかけにも、十三は弱弱しく尾を振るだけだ。噛まれたことがショックなのか、水中でしか生きられないのかは判断がつかないが。


「にゃー」

 

周囲の焦りなど気にもせず、ネコはのんびりと鳴いた。



変身時は、その動物の特性や本能に引っ張られる時がある模様…。

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