プロローグ
穏やかな日曜の午後。
親子で、恋人と、友人と。笑いあい、はしゃぎ、ひと時を過ごすいつも通りの休日の風景。
街は人で溢れていた。
「――っ!」
ふと、聞こえたのは、軋みだった。
「化け物っ!」
「逃げろ!」
「いつも」を壊す、かみ合わない歯車の軋みの音。
叫び声に、穏やかだった街は様相を変える。
声と反対側に、我先にと走る人々。
悲鳴。怒声。
混乱の最中に、母親とはぐれた子どもが泣き叫ぶ。
取り残された子どもの後ろに、徐々に近づく影。
人ではない。
獣でもない。
「化け物」と呼ぶにふさわしい、何か。
子どもが振り返り、「化け物」をただ呆と見上げる。
振り返った誰かが悲鳴を上げた。
「化け物」の異形の腕が、子どもに向かって振り下ろされ――
「氷筍!」
振り下ろされた「化け物」の腕と子どもを隔てるように、何もないはずの地面から氷の柱が現れた。
「大丈夫か?」
何が起きたのか理解できない子どもの傍に青年がかがみこむ。
眼鏡をかけたその青年は場違いなほど穏やかな声で子どもに話しかけた。
眼に涙をためたまま頷く子どもに、良い子だ、と頭をなでる。
「さっさと片付けるわよ」
「りょーかいっす」
青年達と化け物の間に、黒い長髪の少女と、金髪の少年が並び立つ。
見据えた先に、氷の柱を崩した「化け物」が立っていた。
「清姫」
少女の吐息が炎となって「化け物」に襲いかかる。
炎を払う「化け物」の後ろから、回り込んだ少年が拳を突き出す。
拳を受け、よろけた化け物に少女の鋭く研がれた爪が一閃。
断末魔を上げることもなく、「化け物」は黒い塵となって風に流れた。
少年と少女は、後方に控えていた青年を振り返る。
青年は一つ頷くと、子どもの頭をもう一度撫でて二人の元へ向かう。
「行こうか」
青年が声をかける。
三人は事の成り行きを固唾を飲んで見守っていた人々を背に、どこへともなく姿を消した。
「……ヒーロー」
残された人々の、誰かが呟く。
「あれが、あの…」
「本当にいたんだ、ヒーロー!」
日本に「化け物」が出現するようになり数カ月。見えない不安の中にいた人々の間で、「化け物」を倒す「ヒーロー」の噂がささやかれていた。異能をもった三人組。
「化け物」が現れる場所にどこからともなく表れ、人々を守る正義のヒーロー。
まさにこの世界の救世主たる彼ら。
名乗らない彼らを、人々はその服装からこう呼び始めている。
「本当にジャージなんだな、ヒーロー達は」
ジャージー戦隊と!
プロローグは、真面目に。