大好きだよ、お兄ちゃん
「お兄ちゃん」
玄関で加奈を見送った直後、背後から声をかけられた。妹の沙耶だ。
「どうした?」
「お兄ちゃん、さっきの女のひと、だぁれ?」小首をかしげながら尋ねてくる。
「ああ、友だちだよ。トモダチ」そう答えた。まだ沙耶には恋愛は早いだろう。
「ふぅん、そっか」そう言いながら沙耶は自分の部屋に戻って行った。
翌日、学校のホームルームの時間
「大変残念なお知らせだが、昨晩、三嶋加奈さんが亡くなりました」
頭の中が真っ白になった。加奈が・・・?
「交通事故だったようです。皆さんも、車には十分注意をするように」そう言い残すと担任は教室を出て行った。
俺は呆然としたまま、そこから動けないでいた。
授業の内容はまったく頭に入ってこなかった。加奈のことだけがぐるぐると巡っている。
とにかく早く帰ろう、俺は学校を出て、家に向かっていた。
「田辺君、大丈夫?」
後ろから声がして、振り返った。
「大丈夫。ありがとう、佐々木さん」
隣の席の佐々木さんだった。今日一日上の空だったから、心配されたんだろう。
「ならいいんだけど・・・」
「本当に大丈夫だから。じゃあ、また明日」そう言うと俺は足早に家へと帰って行った。
夕食。父さんも母さんも帰ってきていない。俺と沙耶の二人きりだ。
「お兄ちゃん、顔色悪いよ?大丈夫?」
「ああ、心配無いよ。気にしないでご飯食べな?」沙耶にも心配されるなんて、兄失格だな。
「なにがあったの?わたしには話せないこと?」
正直なところ、誰にも話したいとは思えない。だけど、
「・・・昨日、女の子が来ただろ」
「うん」
「その子が・・・死んだんだ」
「・・・そっか」
「・・・沙耶・・・?」
気のせいだろう。今、沙耶が少しだけ笑ったような気がした。
翌日。ホームルームの時間。
佐々木さんはまだ来ていなかった。珍しいこともあるものだ。
担任が入ってきた。昨日にまして表情が暗い。
「・・・皆さんに、残念なお知らせがあります。佐々木真央さんが亡くなりました」
教室中がざわめきだす。二日連続で、人が亡くなった・・・。
「下校途中に事故にあったようです。昨日も言いましたが、くれぐれも車には気をつけるように」
そう言うと担任は教室を出て行った。
気分が悪い。最悪だ。
佐々木さんは下校途中に亡くなった。つまり、俺と別れた直後に亡くなった。
家にたどりついた。ここまでどうやって帰ってきたのかもわからない。とにかく疲れた。今日はもう休もう。
「お兄ちゃん、おかえり」
玄関には沙耶がいた。
「ただいま」かろうじて返事をすることができた。
「そんなに佐々木さんが死んだのがショックなの?」
「え?」なんで沙耶が佐々木さんのことを知ってるんだ?
「その話、どこで聞いたんだ?」
俺がそう答えると、沙耶は満面の笑みを浮かべて答えた。
「どこも何も、私だよ。佐々木さんを殺したの」
何を言っているのか、理解できなかった。
「冗談はよせ。笑えない」
「冗談じゃないよ。昨日の夕方、お兄ちゃん、あの人と一緒だったでしょ。わたし後をつけてたから知ってるんだ」
後をつけてた・・・?
「でね、二人が別れた後、佐々木さんに近づいて、道路に突き飛ばしたの!」
なんでそんなに嬉しそうな顔をしてるんだ?
「お兄ちゃん、どうしたの?」無邪気な顔で沙耶が聞いてくる。
俺は何もしゃべることはできなかった。
「わたしね、お兄ちゃんが好き。大好き」
いきなり沙耶がしゃべりだした。
「だからね、お兄ちゃんに付きまとう女はすべて殺すの」
暗く、でもどこか楽しげに語る。
「一昨日、お兄ちゃんの『お友達』が死んだでしょ。あれもわたしがやったんだ」
沙耶が加奈を・・・?
「本当は『恋人』だけを殺せばよかったんだけど、誰だか分らなかったから、お兄ちゃんの周りの女をすべて殺すことにしたの!」
目の前の少女は本当に俺の妹なのか?それさえも分からなくなってきた。
「ねぇ、教えて。他にだ誰と仲がいいの?お兄ちゃん」
笑顔のまま、沙耶は近づいてくる。
「お兄ちゃん。大好き。お兄ちゃんはわたしだけのものなの」