4たマ 今度のバズり企画は、所沢市で魔界の珍種ゲットだぜ!?
放課後のチャイムが鳴った瞬間、二年一組の教室は、堰を切ったように騒がしくなった。
部活に向かうメデューサ(周りの生徒に配置して石化能力封印中♪)の女子生徒。
帰宅するゴーレムの男子(?)生徒。
学校で飼育してるケルベロスの散歩当番に指名され、涙目になる元埼玉県民の男子生徒。
そんな中、八尺千尋は、教科書を鞄に放り込み、光の速さで教室を脱出しようとしていた。
――だが。
「待って千尋ー!!」
その背中に、悪魔のように明るい声が突き刺さる。
反射的に足が止まった。
それが、彼の敗因だった。
次の瞬間、狼神フラニーが、背後からガシッと腕に絡みつく。
「はい確保~♡」
「は、離せフラニー!今日は絶対、真っ直ぐ帰るって決めてたんだ!!」
千尋は必死に抵抗するが、狼女の腕力に、勝てるはずもなかった。
「何言ってんのよ?放課後の大事な用事あるでしょ?それは――」
フラニーは、キラキラした目で宣言した。
「新学年恒例のフラニーちゃんバズり企画会議なのだ~」
「そんな恒例は聞いてないし、ボクは参加しない!帰る!!」
「もう確保したから却下!強制参加ね♡」
「治安が悪い!!」
その様子を、少し離れたところで見ていた朝霞ユイは、深いため息を一つついた。
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「はあ。また始まったか」
そして案の定、フラニーはユイの前にも回り込む。
「ユイも来て!三人揃わないと会議にならないから!」
「そもそも会議に参加するって合意してないんだけど?」
「細かいこと気にしない気にしない!」
「細かくない!」
こうして――千尋とユイ本人たちの意思とは無関係に、放課後バズり企画会議は、教室の隅で開幕した。
フラニーは机を引き寄せ、その上にスマホをドン!と置く。
「二人とも、まず聞いてほしいんだけどさ」
彼女の声は、すでに愚痴モードに入っていた。
「昨日の企画動画!荒川土手で自転車漕いで、首モゲたやつ!」
千尋とユイは、同時に目を逸らした。
「あれ、絶対いけると思ったんだよ?チャリで音速突破(未遂)!フラニーの首が強制分離!首なしライダーで、職なしライダーのタクゾーさん乱入!」
「あれね。無駄に情報量は多かったね」
ユイが、乾いた声で言う。
「でもね!」
フラニーは、悔しそうに机を叩いた。
「コメント、たったの三件しかないの!!」
「三件あれば十分じゃない?」
「よくない!!」
フラニーは、スマホを操作しながら叫ぶ。
「しかもさ!コメント内容がこれ!」
画面を二人に向ける。
そこに並んでいたのは――
・「首が取れるの、さいたマ界だと普通」
・「喋る首なしライダーの方が気になる」
・「音速は盛りすぎ」
沈黙。
数秒後。
ユイが、静かに口を開いた。
「……ねえフラニー」
「なに?」
「この三番目のコメント、ユイが書いたやつ」
「え?」
続けて、千尋が小さく手を挙げる。
「二番目は、ボクの」
フラニーは、ゆっくりと二人を見比べた。
「はあぁぁー!?ち、ちょっと待って?それじゃあ……」
恐る恐る、最初の一件を見る。
「一番目は?」
「知らない人」
「新規視聴者は、たったの一人ってこと?」
フラニーは、がっくりと机に突っ伏した。
「マジかあー!実質、身内しか見てないじゃん」
「むしろ、身内がちゃんとコメントしてあげてるだけ優しいと思うけど?」
ユイの正論が、胸に突き刺さる。
「女の子の首モゲたんだよ?普通なら大事件だよ!」
「ここ、さいたマ界だからさ。そんなの日常茶飯事だよ」
「ぐぬぬ!ユイ、あんた人間のくせに、魔界の日常茶飯事に順応しすぎ!!」
珍しくツッコミ役に回ったフラニーは、唇を噛みしめる。
その時。
彼女の脳裏に、朝のホームルームで聞いた湘南セイレーン先生の声がよみがえった。
『所沢市の狭山湖は、さいたマ界の重要な海産物供給地なんですよぉ~。魔界の海に住んでるクラーケンとか、魔界マグロとか獲れますし~』
「……あっ」
フラニーが、顔を上げた。
その目が、嫌な輝きを放っている。
「ねえ!二人とも♡フラニー、凄く面白いこと思いついた」
「う!そ、その顔やめて!嫌な予感しかしない」
ユイが即座に警戒する。
「フラニー落ち着け!深呼吸して、よーく考え直すんだ」
千尋も必死に止めに入る。
だが、フラニーは止まらなかった。
「荒川土手で首モゲてもダメならさ」
彼女は、拳を握りしめる。
「狭山湖だよ」
「「は?」」
「所沢市の狭山湖で!」
フラニーは、立ち上がって宣言した。
「クラーケン!もしくは魔界の珍種を見つける!そんでもってそれを捕まえてバズる!!この企画ならイケる♡」
教室の隅で、空気が凍った。
「「いやいやいやいや」」
ユイが、こめかみを押さえる。
「それ、昨日の自転車で音速突破企画より、危険度跳ね上がってるからね?」
「ボクらみたいな中学生が行く場所じゃない!」
千尋も、全力で首を振る。
「でもさ!」
フラニーは、楽しそうだった。
「セイレーン先生は、普通にやってたよ?副業で!」
「あの先生は、マーメイドだから特別なの!生粋の埼玉県民のユイがやっていい理由にはならない!」
「じゃあさ」
フラニーは、ニヤリと笑う。
「先生に聞いてみよっか?」
「オイィィィ―!アンタは、いい加減に人の話を聞く癖を付けろよ!!」
二人のやり取りを見た千尋は、思った。
(あ、この流れ――もう止まらないやつだ)
放課後の教室に、新たなウザさMAXな嵐の種が、しっかりと蒔かれた瞬間だった。
そして、この時の三人はまだ知らない。
所沢市の狭山湖という場所が、彼らの想像よりもずっと、面倒で、ややこしいということを。
そもそも!所沢市は、埼玉県の中でも評価が難しい街であーる!
都心に近いようで遠く、田舎のようで都会ぶった中途半端な雰囲気を醸し出している。
他県民に「所沢市って、何があるの?」と聞かれると、埼玉県民ですら答えに三秒くらい詰まる。
そして、五秒後くらいに「ま、まあ、住みやすいよ?」と、語尾が疑問形になる不思議な土地だ。
実際、名産品や名所を挙げようとすると、里芋やホウレン草などの野菜(とっても美味しいよ!)、航空発祥の地、埼玉西武ライオンズの本拠地であり、ドーム球場なのに雨に濡れるという噂の「西部ドーム」……と、情報が散らかって収拾がつかない。
観光地としても、「ついでに寄るならアリかもしんないや!アハハ!」という不名誉な評価を長年勝ち取り続けてきた。
だが、しかし!だーが、しかーし!忘れてはいけない!!
所沢市には、〝西武園ゆうえんち〟という切り札が存在するのだ。
昭和レトロ全振りのテーマパーク。何故か涙腺を殴ってくる商店街風な通り。良い意味でテンションが高くて客を盛り上げてくれる住人(演者)。
気づけば大人も子供も、「あれ!?なんか楽しいかも♡」という、説明不能な感情に包まれて帰る埼玉県屈指のメンヘラ……じゃなくて!!メルヘンな場所である。
そして、フラニーのバズり企画の舞台に選ばれた狭山湖。
埼玉県時代は、静かで地味で、ボートに乗るか、ぼんやり眺めるくらいしか使い道のなかった貯水湖だった。
だが、今では魔界の海と融合し、クラーケンが泳ぎ、魔界マグロが獲れる。
それらは、回転寿司のネタになり、スーパーマーケットいなげやでは、開店と同時に半額シールが貼られる商品になってるという意味不明な進化を遂げている。
考えてみれば、これほどカオスな環境を「まあ、埼玉県の中でも、立ち位置が中途半端な所沢市だからな」の一言で県民が受け入れている街は、さいたマ界広しといえど、他にない。
地味?違う!
目立たない?それも違う!
所沢市は、異常を異常として扱わない才能に全振りしている街なのだ。
☆☆☆☆☆☆
「よし!決まり!」
フラニーは、勢いよく二人の手首を掴んだ。
「決まってない!!」
「ちょ、引っ張るな!!」
ユイと千尋の抗議は、暴走列車の前に置かれた踏切くらい、あっさり無視された。
フランケンシュタイン譲りの腕力&狼女由来の脚力で、フラニーは二人を引きずるように教室を出る。
「ちょっと!どこ行くの!?」
「決まってるでしょ?」
フラニーは、振り返りもせずに言った。
「職員室♡」
「最悪の行き先!!」
千尋の悲鳴が、廊下に虚しく響く。
放課後の校舎は、静かだった。
……というのは建前で。
その名前のせいで、学校中のトイレ掃除を命じられたトイレの花子さん(見た目ギャル♡)が、「ふざけんな!」とキレてモップをへし折るし、廊下の隅では、ミイラ男が、自らの体に巻かれた包帯で雑巾がけをしている。
そんな日常のカオスを突っ切り、三人は職員室前に到達した。
「ノックとかしないの!?」
ユイが言い終わる前に、
ガラッ!
フラニーは、勢いよく扉を開けた。
「セイレーン先生!!」
職員室にいた数名の教師が、一斉に顔を上げる。
その中で、机の上に錦鯉な尾びれを乗せていた担任の湘南セイレーンが、パッと笑顔になった。
「あらぁ?フラニーちゃんじゃないですかぁ~♡放課後にどうしたんですかぁ?」
フラニーは、一歩前に出て、胸を張る。
「先生に、相談がありまーす!」
嫌な予感しかしない空気が、職員室に満ちた。
ユイは、両手で顔を覆う。
千尋は、(職員室に入る前に、何が何でも逃げるべきだった……)と心の底から後悔した。
「実はですね!」
彼女は、早口でまくし立てる。
「先生ー!フラニーたちは所沢市の狭山湖で、クラーケン、もしくは魔界の珍種を捕まえたいんです!!」
バズり目的ということは、あえて言わない計算高いフラニーであった。
数秒の沈黙。
関わり合いになりたくない周囲の教師たちが、ゆっくりと視線を逸らす。
だが――
「いいですねぇ~!!」
セイレーン先生は、即答だった。
「先生ぃぃぃー!即答しないでくださいよぉぉぉ!!」
ユイが反射的に叫ぶ。
「いやいや、だって♡」
彼女は、嬉しそうにピチピチと尾びれを揺らす。
「狭山湖は、さいたマ界の歴史的に重要な学習フィールドですし~。現地で学ぶことって、大事じゃないですかぁ?」
「学ぶ内容が危険すぎます!」
「えぇ~?クラーケンなんて、慣れれば可愛いものですよぉ?」
「慣れる前に死にます!!」
ユイのツッコミは、元埼玉県民として、いや人間として完全に正論だった。
だが、セイレーン先生は、まるで聞いていない。
「そうだ!」
ポン!と手を叩く。
「それ、校外学習にしましょう♡」
「ええー!その単語一言で片付けちゃうんですかぁ?」
千尋が、悲鳴に近い声を上げた。
「ちゃんと申請すれば問題ありませんし~。先生も同行しますし~」
そう言って、先生はニコッと笑う。
「安全第一ですよぉ?」
その笑顔が、一番信用できないという事実に、二人は気づいていた。
「ちなみに、いつ行くんですか?」
ユイが、震える声で聞く。
「うーん」
彼女は、天井を見上げて少し考え、
「次の土曜日で♡あと、他の生徒を連れて行くのは面倒くさいし、ウザいから四人で行きま~す」
「早すぎる!!いやいやいや!それよりも生徒のことを‶ウザい〟って、アンタ本当に教師かよおぉぉぉー!?」
青筋を立てたユイの怒号にも似たツッコミが、職員室に炸裂した。
「準備とか!心の準備とか!」
千尋は、しゃがみ込んで頭を抱える。
「大丈夫ですよぉ」
セイレーン先生は、軽くウインクする。
「クラーケン捕獲セット。先生が全部持ってますからぁ♡」
そう言って、三人に鞄を開けて捕獲セットを見せるお気楽なセイレーン先生であった。
「「中学教師のカバンに入ってていい物じゃない!!」」
ユイと千尋のツッコミが、見事にシンクロする。
一方、フラニーは、彼らのやり取りを聞きながらも、心は完全に別次元にいた。
目はキラキラ。
口元はニヤニヤ。
「やったぁ……!」
小さくガッツポーズ。
「ついに来たよ!フラニーがバズる瞬間が!」
その様子を見たユイは、深く息を吐いた。
「ねえ、千尋?」
「なに?」
「この流れを止められると思う?」
「無理!」
二人の視線が、楽しそうにスケジュール帳に「狭山湖校外学習♡」と書き込むセイレーン先生に向く。
こうして。狼神フラニー発案の狭山湖クラーケン捕獲企画は、
・担任ノリノリ
・学校公認
・次の土曜日決行
という、最悪に整った形で動き出してしまった。
その背後で、所沢市の狭山湖は、今日も静かに水面を揺らしている。
――その静けさが、これから訪れる騒動の前兆であることを、まだ誰も深く考えていなかったのであーる。




