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3たマ 埼玉県には海は無いが、所沢市の狭山湖には魔界のクラーケンが住んでる!

 通学路という名の情報地雷原(?)を無事突破した狼神フラニー、八尺千尋、朝霞ユイの3人は、学び舎である中学校の校門前に辿り着いた。


 校門に設置された無駄に立派な看板には、こう書かれていた。


 ‶戸田市立 魔田(まだ)中学校〟


 元々は、全く別の名前の学校だったのだが、さいたマ界が誕生したことにより魔物や妖怪の生徒も通うことになったので、4年前に校名が変更されたのである。


 それが、この戸田市立 魔田中学校であり、魔界と戸田市を無理やり合体させたネーミングセンスは、考えた人の頭が〝どうかしている〟ような名前だった。


 「相変わらず、凄い名前の学校だよね。魔田中って言われると、他校の生徒から見ると不良に思われるのが大問題だと思う」


 ユイが、看板を見て呟く。


 「え?いい名前じゃん!」


 フラニーは、目を輝かせた。


 「学校の外で、ヤンキーの元埼玉県民とかにシメられそうになったら「んじゃこら!魔田中なめんな!」って言ったら、ビビッて逃げ出すんじゃない?あ!そうだ。魔田中を題材にしてバズり動画を撮れないかな?」


 「頼むから、学校を巻き込む企画は勘弁してくれ。ボクまで目立つかもしれないだろ。いや、フラニーの企画だから、そんな心配はないか」


 千尋は、フラニーを見てフフンと鼻を鳴らす。


 「ちょっと千尋!それはどういう意味よー!!」


 「もう、くだらないことで喧嘩しないの!早くクラス表を見に行くわよ」


 ユイが、まるでブルドーザーのように、両手で2人の背中を押し出す。


 校舎は、一見すると普通の公立中学校だった。ただし、ところどころがおかしい。


 窓枠に刻まれた魔界文字。


 校庭の隅で日向ぼっこしている三つの頭を持つ犬……すなわちケルベロス。


 セーラー服姿に、ギャルメイクで通学してくるトイレの花子さん。


 「あーあ。あそこまで派手派手メイクだと、言われなきゃトイレの花子さんだって分かんないよね」


 フラニーの独り言が耳に入ったのか、ギャル花子さんがキッと睨みつけてきた。


 この光景の全てが、〝埼玉県と魔界の融合点〟な学校であることを雄弁に物語っていた。


 靴を履き替え、廊下を進む。


 フラニーの心臓は、僅かに早鐘を打っていた。


 (中二だよ、中二。今年こそは、バズって憧れの有名人になるって決めたんだから)


 そう自分に言い聞かせながら、教室の前に立つ。


 二年一組。


 ガラッ!


 扉を開けると教室内は、クラス替え初日特有のざわつきに包まれていた。


 机の下から尻尾がはみ出している九尾の狐の化身な女子生徒、身長が3メートル近いミノタウロスの男子生徒、そんな彼らに目もくれず英単語帳を見て、ブツブツと呟く瓶底メガネの委員長風な元埼玉県民な女子生徒などが席に着き、実にバラエティ豊かな光景だった。


 フラニー、千尋、ユイの三人は、なんとなく固まって席についた。


 「今年も三人とも同じクラスだね」


 ユイが、淡々と確認する。


 「だね!今年もカオスそうなクラスぽくて、良かった~♡」


 フラニーは、元気よく頷いた。


 「最悪だ。頼む!今年こそ平穏な目立たない学園生活を」


 そんな千尋の祈りが通じたかどうかは分からないが、チャイムが鳴り生徒たちは着席した。


 〝キーンコーンカーンコーン〟


 鐘が鳴り終えた直後だった。


 ――ずるり。


 ――ずるずるっ。


 廊下の向こうから、明らかに普通ではない音が近づいてくる。


 「何の音?」


 ユイが眉をひそめる。


 「湿ったスリッパで、誰か歩いてんの?」


 フラニーが首を傾げた、その瞬間。


 ガラッ!


 教室のドアが開いた。


 「えーと、みなさん。おはようございますぅ」


 ゆるく、少し間延びした声。


 入ってきたのは、アクアマリンを思わせる色の美しく長い髪で、少し天然ぽい笑顔が可愛らしい20代前半くらいの美人教師だった。


 ただし、そう見えたのは上半身だけである。


 「……え?」


 彼女の全身を見たクラス全員が固まった。


 腰から下が、立派な錦鯉の尾びれだったからだ。

 

 「こ、コホン」


 女性は、少し恥ずかしそうに咳払いをする。


 そして、尾びれを器用に折りたたみながら、ゆっくりと教壇へ進んだ。


 「それでは、改めまして」


 にこっと微笑み、黒板に自分の名前を書く。


 「今年から二年一組の担任を務める〝湘南セイレーン〟です。種族は、ご覧の通りマーメイドよ。よろしくお願いしま~す」


 数名の元埼玉県民の生徒たちが、ひそひそと囁く。


 「……湘南?ここ元埼玉県なのに、その名前なの?」


 「湘南先生ー!!」


 フラニーが、手を挙げた。


 「はい?」


 「その尾びれで、どうやって教室まで来たんですか?」


 教室に、クスクスと笑いが広がる。


 「えへへ」


 セイレーン先生は、照れたように笑った。


 「気合いで~す♡」


 「魚の足なのに、気合だけでどうにかなるんですか?廊下、結構長いですよ!?」


 ユイが、即座にツッコむ。


 「アハ♡実はマーメイドの特技〝魅惑の魔力〟を使って、途中まで職員室の元埼玉県民の男性の先生方に手伝ってもらいました~。元埼玉県民の男って、単純でバカそうな人ばかりだから、簡単に術にかかってくれたの」


 彼女の説明を聞いた教室に女子生徒を中心にした笑い声が響く。


 だが、次の瞬間。


 「先生。ちょっと待ってください」


 ユイの声が、さっきまでのざわめきを勢いよくブレーキ踏んだ自転車みたいに止めた。


 彼女は、椅子からスッと立ち上がる。


 顔は真顔。でも、目がちょっとだけ疲れている。


 「先生、それは……」


 一拍。


「笑い話にしていいラインを助走なしで踏み越えてます」


「えぇ~?そうかなぁ~??」


 セイレーン先生は、キョトンと首を傾げた。


 「先生、そんなつもりじゃなかったんですけどぉ……元埼玉県民の男性教師の皆さんは、バカばっかだから、騙されやすくて凄く優しくてぇ♡」


 「そこじゃないです」


 ユイは、ビシッと彼女を指差して続ける。


 「〝優しい〟と〝バカそう〟は、似てるようで全然違います」


 「え、そうなんですかぁ?」


 「そうなんです!そもそもの前提として、魅惑の魔力で手伝わせた時点で、すでにアウト寄りです」


 「えぇ~?そうかなぁ~。あ、アハハ……」


 ユイのツッコミを受けたセイレーン先生は、困ったように笑う。


 「それに」


 ユイは、今度は少しだけトーンを落とす。


 「〝元埼玉県民の男性〟って、このクラスにも普通にいますからね?」


 そう言って、彼女はさり気なく教室を見回す。


 視線が合った数人の男子が、何故か姿勢を正した。


 「それを〝単純でバカそう〟って言われて、全員が笑ってくれると思ったら……」


 一拍置いて、


 「それ、魅惑の魔力の話じゃなくて、先生の天然が暴走して炎上案件になります!」


 「天然?え、先生、天然で炎上しちゃうんですかぁ~?」


 彼女は、ポカンとした表情で呟いた。


 「自覚ないタイプですね」


 ユイは、即答した。


 2人のやり取りを聞いた千尋は、机に突っ伏しながら思う。


 (この先生は、悪気ゼロで地雷踏むタイプだ)


 「先生」


 ユイは、やや力を抜いた声で言った。


 「もう一度言います。この話は外で言ったら炎上します。発言には気をつけてください」


 「えっ」


 「しかも、丸焼きじゃなくて、じっくり干物コースです」


 「干物……」


 干物発言を聞いた彼女は、何かを想像してしまったのか、小さく身をすくめた。


 「その干物は、塩味が濃いめですかぁ~?」


 「そこじゃなーい!」


 教室が、どっと笑いに包まれる。


 フラニーは、ポツリと呟いた。


 「でもさぁ。今のユイの言葉通りだと、先生の発言は、炎上商法でバズりそうではあるよね♡」


 「「黙れ!フラニー」」


 ユイと千尋のツッコミが、シンクロナイズドスイミングのような完璧なタイミングで、フラニーに重なった。


 セイレーン先生は、少し考えた後、〝パン!〟と手を叩いた。


 「分かりましたぁ!これからは、「元埼玉県民の男性の先生方は、とても協力的でした」って言うことにしますぅ!」


 「言い換えが雑すぎいぃぃぃー!」


 ユイは思わず頭を抱えた。


 その一方で、彼女はツッコミを聞いてか聞かずか、元気よく話を続けた。


 「それでは、気を取り直して自己紹介を続けまーす。専門教科は保健体育です。マーメイドなので、ランニングは、ちょっと苦手なんですけど……」


 ピシッ!


 彼女の尾びれが、無駄にキレのいい音を立てた。


 「海水浴が特技です!」


 教室に、一瞬の沈黙。


 そして、その沈黙を正確に撃ち抜くように、一本の手が上がった。


 「先生」


 手の主は、ユイだった。


 「はい?えーと、今度は何ですか?ツッコミ委員長さん?」


 「誰が、ツッコミ委員長ですか!!」


 ユイは、即座に立ち上がった。


 「勝手に変な役職を作らないでください!選挙も信任投票もしてません!」


 「えぇ~!?でも、今までの流れ的に~」


 「いや、流れで決めないでくださいよ!」


 2人のボケツッコミのやり取りに、教室のあちこちから、クスクスと笑いが漏れる。


 ユイは、深呼吸一つしてから、きっちりと言葉を続けた。


 「改めて言います。私の名前は朝霞ユイです」


 そして、真顔のまま、核心を突く。


 「ここは、元々埼玉県です。だから‶海〟ありませんよ?」


 ピシリと教室の空気が締まる。


 「なので、海水浴が特技でも、授業的にも生活的にも、ほぼ使い道がないと思いまーす」


 語尾は丁寧だが、内容は容赦なし。


 「……」


 セイレーン先生は、口を開けたまま固まった。


 フラニーは、


 (ユイ、今日のツッコミは、キレッキレだな)


 と感心している。


 「え、えーっと」


 彼女は、あたふたと名簿を閉じると、なぜか胸を張った。


 「そ、それは違いますぅ!」


 そう言ったと同時に、ドヤ顔で決めて尾びれを再びピシッと鳴らす。


 「海水浴の特技は副業で、バチクソ役に立ってま~す!」


 「「「副業!?」」」


 ユイとクラス全員の声が、見事に重なった。


 「え?先生、副業してるんですか?何の?」


 フラニーが、目を輝かせながら質問した。


 「してますぅ!」


 セイレーン先生は、なぜか誇らしげだった。


 「皆さん、一年生の時の〝さいたマ界史〟の授業で習いませんでしたか~?埼玉県所沢市の狭山湖は、魔界の海と融合して以来、魔界のお魚さんや貝さんが住んでるんです。皆さんが普段食べてる海産物は狭山湖から獲れた物なんでーす」


 「待ってください。授業ではサラッと流してたけど、どういう原理で所沢市の狭山湖が魔界の海と融合したんですか?」


 ユイが、即座にツッコむ。


 「細かいことは気にしてはダメです!」


 セイレーン先生は、勢いで押し切った。


 「細かくないでしょ!!」


 「先生は狭山湖で、クラーケンとか、魔界マグロやサーモンとか、触手が100本以上と、少し多めのイカとかを捕まえて――」


 「100本は、少し多めどころじゃないですよね?先生!?」


 ユイも、負けじと勢いでツッコむ。


 「それをですねぇ~。さいたマ界の回転寿司屋さんやスーパーマーケットに卸してるんで~す」


 そこまで言い終えると、再びドヤ顔で決めるセイレーン先生。


 彼女の発言に、教室がざわつく。


 「先生ー!それ完全に漁師が本業なのでは?」


 「いえ、本業は中学校教師のマーメイドです!」


 「いやいやいやいや!それもう職業アイデンティティ迷子だよ!」


 ユイのツッコミが、完全にノンストップになっていた。


 「だから、先生の海水浴の特技は、さいたマ界の皆さんの食卓を支えてるんですよぉ?」


 「授業より、そっちの方が社会貢献度高くないかな?」


 千尋が、ボソッと呟く。


 一方、セイレーン先生はといえば、満足そうに頷いて手を叩く。


 「というわけで、先生は体育は苦手でも、生きる力は教えられるんでーす!」


 「方向性が違ーう!」


 ツッコミ疲れたユイは、力なく着席した。


 一方で、フラニーの目は、完全にキラキラしていた。


 (この先生、絶対そのうち大炎上する!そしたら、フラニーも便乗してバズれるじゃん!良い人が担任になってラッキーだな~♪)


 そう確信できるくらいに、彼女はこの担任とクラスに慣れ始めていた。

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