2たマ さいたマ界、通学路だけでもツッコミどころ多すぎるんだが!?
2035年4月某日。
狼神フラニーにとって、中学二年生最初の朝である。
気合いを入れた彼女は、いつもより少し早く家を出た。
「よーし!中二だよ!中二。今日からは落ち着いて、知的にウケる企画を考えて、計画的にバズって見せるんだからね!」
誰に向けたわけでもない宣言をしながら、フラニーはさいたマ界戸田市の住宅街を歩く。
紫がかった空は相変わらずで、遠くでは常に稲光している魔界雲がモクモクと居座っている。
そして通学路となる道路脇には、人の顔の形をした花を咲かせてる人面樹やマンドラゴラが生えていた。
魔物たちにとっては、もちろんだが、今や埼玉県民だった人間にとっても〝普通の道〟だった。
……普通とは何だろうか?
人の顔をした花が咲いていようが、引っこ抜くと断末魔を上げる植物が道路脇に生えていようが、〝元〟埼玉県民たちは足を止めない。
彼らには〝立ち止まって考える〟という選択肢が、そもそも最初から実装されていないのではないだろうか?
危機感がないのか?好奇心が強すぎるのか?それとも、単に深く考えるのが苦手なのか?
おそらく全部だろう。
考えたところでどうにもならないことは、最初から「まあ、魔界と合体した埼玉だしな」の一言で処理する。
それが彼らの生存戦略であり、同時に(埼玉県民ってバカなの?)と他県民に思われる最大の理由でもあった。
だからこそ、彼らと魔界の住人は、相性が良かったのだろう。
理屈より先に「まあ、そんなもんか」と納得し、恐怖より先に「困ったら何とかなる」と信じる。
埼玉県民たちは、魔物たちにとって親密に付き合える隣人であり、人類側から見れば、ちょっと……いや、大分頭のネジが緩んでいるように見える人種である。
だから、仮に世界が滅亡した後も、きっと元埼玉県民たちは笑って歩いている……ような気がする。
自販機を目にしたフラニーは、足を止める。
「喉渇いたなー」
そう言って、迷いなく小銭を入れる。
ガタン。
今のオレンジジュース(100たマ円)の支払いに使ったのは、さいたマ界の流通通貨「500たマ円」の硬貨だった。
表には、満面の笑みを浮かべた深谷市のゆるキャラ「ふっかちゃん」が、裏には500の額面と「SAITAMA-KAI」の文字が、それぞれ刻まれていた。
小国家となったさいたマ界では、紙幣も硬貨も独自発行で「たマ円」と呼ばれている。レートは1たマ円=日本の1円。計算が楽なのが、唯一の良心である。
ちなみに、〝千〟〝五千〟〝一万〟たマ円の紙幣に描かれているのは、埼玉県の公式ゆるキャラ「コバトン」である。
ジュースを一口飲んだ、その時だった。
「おはよ。フラニー」
中学生男子特有の低い声が、背後から聞こえた。
振り返ると、身長110cmほどで学生服を着て、ベトナムの伝統的な帽子「ノンラー」みたいな物を被った少年が立っている。
彼の名は、八尺千尋。
その名字通り、「ぽぽぽ……」という声や、身長が八尺(約240cm)もあることで有名な都市伝説妖怪〝八尺様〟を母に持つ少年であり、フラニーの幼馴染だった。
フラニーは、千尋の姿を一瞥するとニヤリと笑った。
「おはよ千尋。……二年生になっても相変わらずチビねー」
言った。本人にとっては禁句であろう言葉を躊躇なく言った。
考えるより、先に言った。
「八尺 千尋って、名前負けしてんじゃん。今年こそは身長伸びると良いね」
「はあー?」
――ピキッ。
千尋の眉が、ピクリと動いた。
その顔と声に、明確な怒りが滲んでいる。
「ちょっと、冗談じゃん」
フラニーは、悪びれもせずに肩をすくめる。
「だってさ~。お母さんが八尺様だし、名前が〝長い〟って意味の千尋なのに、110センチでしょ?どう考えても詐欺じゃない?」
「詐欺じゃない!!」
千尋は、即座に叫んだ。
「名前はボクが付けたんじゃないし!母さんのせいだし!そもそも八尺様の息子だから、身長が八尺あって当然って考えが短絡的すぎだろ!」
「でもさー」
フラニーは、ぐっと顔を近づける。
「そのノンラーモドキを被ってなかったら、もっと小学生に見えるよ?」
「それ以上言うな!!」
千尋は、帽子を押さえながら後退った。
「こ、この帽子はだな、ボクの〝トレードマーク的なアレ〟であって、決して身長をごまかしてるわけじゃ」
「はいはい、そういう設定ね」
「軽く流すな!!」
彼女は、満足そうに頷いた。
(うんうん。二年生になっても千尋は平常運転だ)
そして、ここからが本題だと言わんばかりに、パッと表情を明るくする。
「ねえ~千尋♡」
「何?フラニーが、そうやって猫撫で声出す時って、ロクな内容じゃないんだけど」
嫌な予感しかしない顔で、千尋が答える。
「一緒に何か企画立ててさ、バズってみない?」
その言葉から一秒。いや、零・五秒後。
「嫌だ!絶対に嫌だ!!」
千尋の返事は即答だった。しかも、全力。
「ボクは目立ちたくないって、言ってるだろ?目立つのは母さんだけで、十分なんだよ」
「えー、ちょっとだけいいじゃん」
「今まで、〝ちょっと〟で済んだ試しがないだろ!」
彼は、指を突きつける。
「去年の入学式の時も一緒に帰っただけで、「フランケンシュタインの娘と八尺様の息子が並んでる」って、元埼玉県民の同級生や先輩たちに笑われたじゃないか」
「え、そんなことあったっけ?」
「あった!」
千尋は、深く息を吸い込んだ。
「いいか、フラニー。ボクは普通に中学生活を送りたいだけなんだ」
「普通って何?」
「朝登校して、授業受けて、給食食べて、家に帰る!」
「地味だねえ。そんなんじゃ面白くないでしょ?」
「それでいいの!」
フラニーは、少しだけ考え、再びニヤリと笑った。
「じゃあさ」
「まだ何かあるのか」
「今日の放課後、バズり企画会議ね♡」
「人の話を聞けよ!!」
千尋は、両手で顔を覆った。
(始まった……)
彼は、心の中で(中学二年生も、フラニーに振り回される一年になる)と確信する。
その時だった。
「はいはい。朝から元気だね二人とも」
呆れたような声が、背後から聞こえてきた。
二人が振り返ると、通学鞄を肩にかけた同じ学校の制服を着た女子が立っている。
黒髪を後ろでまとめ、表情は落ち着いていて、どこか達観気味。
彼女の名前は朝霞ユイ。
こんな名字だが、生まれは埼玉県朝霞市ではなく川口市。小学五年生の時に、戸田市へ引っ越してきたという、埼玉県育ちの元埼玉県民だ。
「おはよーユイ!」
フラニーが、元気よく手を振る。
「フラニーのそのノリ、朝から見ると疲れるんだけど」
「ひどっ」
千尋が、小さく安堵の息を吐いた。
(ユイが来てくれて助かった)
ちなみに、彼女のユイという名前は、父親が浅香唯の大ファンだったからという〝そのまんな理由〟である。
本人いわく、
「親が昭和アイドル好きだっただけ。それ以上の意味はない」
とのことだが、フラニーは初めて聞いた時に、顎が外れるくらいの勢いで大笑いした結果、ガチギレしたユイに殴られた過去があった。
「ねえユイ」
フラニーは、ジュースのお釣りである「100たマ円」を手の平に広げる。
そこには、にっこり笑ったふっかちゃん硬貨。
「この硬貨さあ」
彼女は、じっと眺めながら言う。
「紙幣はコバトンなのに、なんで硬貨はふっかちゃんなんだっけ?」
フラニーの疑問に、ユイはチラリと硬貨を見てから、少しだけ視線を逸らした。
「あー、その話ね。前にもしなかったっけ?」
「ごめん。忘れちゃった。もう1度教えて」
100たマ円を制服のポケットに入れたフラニーは、ウインクしながら両手を合わせる。
「仕方ないなぁ。今度はちゃんと覚えなさいよ。……昔、そのことで揉めたんだよ」
ユイが気まずそうな顔をしながら、話し出した。
「揉めた?」
「うん。さいたマ界が建国した直後、〝国の顔〟である紙幣を〝コバトン〟と〝ふっかちゃん〟のどっちにするんだ!?って」
ユイが、淡々と説明を続ける。
「それで、〝ふっかちゃん派〟と〝コバトン派〟が、紙幣の採用を巡って割と本気で争ったの」
「え、ゆるキャラなんかで?いい大人が?」
「ゆるキャラだからだよ」
千尋が、やけに重い声で話に加わる。
「だって埼玉ってさ……」
そこで一瞬、言葉を選び、
「全国にドヤ顔で出せる名産品が、あんまり……というか、殆どないだろ。はなわの歌でも「埼玉県のご当地キティは、名産品無さすぎてタダのダジャレ」ってネタにされてたし」
「ちょっと待って!千尋、それ言っちゃう?」
ユイが即ツッコむ。
だが、彼はそれを無視して語りを止めなかった。
「全国的に有名な観光地も無いから「やっぱし、ダサイタマだな」って、他県民にバカにされて終わる。結果、一番全国に顔を売れてるのが、ゆるキャラだったから、それに全てを賭けたんだよ」
そこまで聞いたフラニーは、ポンと手を叩いた。
「なるほど!他県への自己PR用の顔が、ゆるキャラしか無かったんだ!本当にダサイタマじゃん。アハハ!」
「おい!言い方ぁぁぁ!」
ユイが叫ぶ。
千尋は、深いため息をついてから、話を続ける。
「だからさ、紙幣にコバトンとふっかちゃんのどっちを載せるかは、それぞれのキャラを愛する元埼玉県民にとって〝尊厳の問題〟だったんだよ」
「最終的に、紙幣にはコバトン、硬貨には、ふっかちゃんが採用される形で、抗争も一応決着したわ」
ユイが、肩をすくめながら付け加えた。
フラニーは、ポケットから取り出した100たマ円の硬貨を見つめながら、ニヤリと笑う。
「へー。壮大なんだか、ショボいんだか分かんない話だね。大体、紙幣の方が上で、硬貨の方が下って考えが下らない……むぐぅ!?」
彼女の言葉を聞いた通りすがりの〝ふっかちゃんキーホルダー〟をハンドバッグに付けた二口女が、怪訝そうに見つめる。
それを見たユイが、両手でフラニーの口を押さえて言葉を遮った。
「しー!あんまり、大声でそんなこと言っちゃダメ!ふっかちゃん派の一部の人たちは、今だに根に持ってるらしいよ。コバトンから紙幣の座を奪い取ろうとする過激派まで存在してるって噂なんだから」
彼女の言い方は、春先の曇った空みたいに、どこか含みがあった。
「えー!ゆるキャラで過激派?それって、ゆるいの?キツイの?ハッキリしてよ」
口元が自由になったフラニーの目が、輝いた。
「でも、ちょっと面白そう……」
「フラニー。面白がるな」
千尋が、即座に遮る。
「マジで、洒落にならない奴らって話だから」
ユイもコクリと頷いた。
「へー、そうなんだ」
フラニーは、硬貨を握りしめた。
そして、突然、何かを思い出したように顔を上げる。
「あ、そうだ!」
二人が嫌な予感しかしない顔をする前に、フラニーは大声で言った。
「さいたマ界の紙幣や硬貨を作ってるのって、お金の精霊の〝キンタマ〟なんでしょ!?」
一瞬、通学路の時間が止まった。
「…………」
ユイの顔が、ジワジワと赤くなっていく。
「……」
千尋は、無言で空を仰いだ。
そして次の瞬間。
「キンタマじゃねーよ!!」
ユイが、全力で叫んだ。
「アンタが言ってるのは金玉と書いて、〝か・ね・だ・ま〟と読むの!!漢字は同じだけど、発音が違うの!……って、朝から何てこと言わせんのよー!!」
彼女の顔は、まるで茹で上がる直前のザリガニのように真っ赤だった。
「えー?」
フラニーは、キョトンとする。
「でもさ、金玉って書いたら、キンタマって読むでしょ?普通は」
「年頃の女の子がキンタマって何回も言うな!!アンタ、本当は〝その言葉〟を言いたいだけなんじゃないの!?」
ユイは、頭を抱えた。
「金玉様は、さいたマ界の通貨の鋳造、発行と流通を管理してる由緒正しいお金の精霊様なの!」
「でもさ、かねだまって、言いにくくない?」
「もう金玉様の名前の話は禁止!これ以上、言うと殴るわよ!!」
顔を真っ赤にしたユイが、右拳を握り始める。
フラニーにとって、その様は亡者の目から見た閻魔大王様のように、凄まじい威圧感を感じたので慌てて口を閉じた。
千尋が、疲れ切った声で言う。
「フラニー。頼むから、その単語を朝っぱらから住宅街で叫ばないでくれ」
そんな二人とは正反対に、何かを思いついた彼女は楽しそうに笑い始める。
「さいたマ界って、奥が深いね!今度、『金玉の名前の呼び方は、どっちが良い?』って動画撮ってみたら、バズるんじゃない?」
ルンルン笑顔のフラニーを見た彼らは、同時に思った。
((こいつに、余計なこと教えるんじゃなかった))
通学路に、春の風と、どうしようもない予感が吹き抜けていったのである。




