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1たマ 暴走!承認欲求モンスターな魔物娘見参!

さいたマ界が誕生して、5年後の2035年4月某日。


 中学一年生の狼神(おおがみ)フラニーは、深く息を吸い込んだ。


「よし……今日は、いける。明日から中学2年!その前に、今日こそこの企画でバズるわよ!ファイト!フラニー」


 場所は、〝元〟埼玉県戸田市の荒川土手。


 さいたマ界となっても、市町村の名前に変更はなかった。


 例えば、埼玉県戸田市は、そのまま〝さいたマ界戸田市〟と呼ばれている。


 埼玉県時代の荒川土手は、元々はどこにでもある河川敷だった。


 広い空、長く続く舗装道路、ゆるやかな土手。


 休日にはランニングをする人や、犬の散歩をする家族、自転車で風を切る学生たちが行き交うといったごく普通の場所。


 フラニーが今、立っているこの直線道路も、かつては「見通しがいいだけ」が取り柄の、平和そのものなコースであった。


 しかし、魔界と融合した今では、舗装道路の端々に、赤黒い魔界文字が刻まれた石柱が等間隔に突き刺さり、


 土手の斜面には、本来生えるはずのない黒紫色の草が風に揺れている。


 川面を渡る風は、時おり硫黄の匂いを運んできた。


 それでも、道そのものは、驚くほど変わっていなかった。


 一直線に伸びる舗装路は健在で、自転車を走らせるには、相変わらず最高の場所だ。


 だからこそ、フラニーはここを選んだ。


 魔界と融合して以来、「ちょっとおかしいけど、まだ日常の延長線上」である荒川土手は、彼女の無茶な挑戦に、これ以上ない舞台だった。


 彼女は自転車に跨り、ハンドルに固定したスマホのカメラを起動する。


 画面には、カメラ目線でニッと笑う少女の顔が映っていた。


 左右で色の違う髪。


 金色に輝く狼の瞳。


 首や腕、脚に走る、いかにも縫い合わせましたと言わんばかりの縫合痕。


 そして、左右の首元には大きなボルトが露出していた。


 そんな彼女は、魔界から埼玉県にやってきたフランケンシュタインと狼女の間に生まれたハーフの魔物娘である。


 狼女由来の脚力と瞬発力。


 フランケンシュタイン由来の、多少の衝撃では傷つかない頑丈な身体。


 ただし、首や腕などのパーツが外れやすいという致命的な欠点つきだ。


 「さいたマ界のみなさーん!こんにちはー!‶ウルフランリー〟です!」


 フラニーは、テンション高めにハンドルネームを名乗って、ペダルに足をかける。


 「今日はね!春休み最終日生配信スペシャル!題して――」


 一瞬、間を置き。


 「自転車で〝音速(マッハ)を突破〟してみました!」


 もちろん、音速を突破できるわけがない。


 だが、言い切った方がバズる。


 それがフラニーの信条だった。


 「いっくよー!」


 次の瞬間、ペダルを漕ぐ彼女の脚が唸った。


 狼女ゆずりの脚力が爆発し、自転車は明らかに人力の限界を超えた速度で加速する。


 風が悲鳴を上げ、草木が震え、看板が歪む。


 「うおおおおお!バイク!いやもうこれジェットエンジン搭載型のバイク!」


 そして――


 ブチッ!


 「あっ」


 縫合部が、衝撃に耐えきれず、フラニーの首が、きれいにモゲた。


 胴体は自転車と共に転倒し、頭部だけが前方へ飛び、路上を転がる。


 「あかん、やっぱ取れた」


 冷静だった。彼女にとって、首が外れるのは日常茶飯事である。


 その時だった。


 ブオン!ブブンブーン!!


 生首フラニーの前に、爆音と共に1台のオートバイが現れて、停車した。


 「おい。何やってんだお前?」


 低く、渋い声。


 バイクから降りたのは、首のない男である。

 

 ライダースジャケット姿。首元からは、ぼんやりと青白い霧。


 定職にも就かず、1日中バイクで走り回る戸田市在中の都市伝説妖怪〝首なしライダー〟にして、〝職なしライダー〟のタクゾーである。


 ちなみに、彼の奥さんの名前はピン子というらしい。


 「え?」


 地面に転がったフラニーの首が、タクゾーを見上げる。


 「人のネタをパクるな!」


 「いやいやいやいや!」


 彼女は、即座にツッコむ。


 「前から思ってたんだけど、タクゾーさんは首なしライダーなのに、なんで普通に喋ってるの!?」


 その瞬間。


 「え!?」


 タクゾーが、ピタリと固まった。


 数秒の沈黙。


 「ち、違う!」


 突然、慌てふためきながら、弁明を始める。


 「こ、これはだな、そ、その……魂の共鳴型発声現象っていうか、そんな感じで会話出来んだよ!」


 「今、考えたんでしょ?」


 「うるさい!細かいこと気にするな!都市伝説妖怪なんて、だいたいノリだ!」


 「ノリで喋ってたの!?」


 タクゾーは、腕をぶんぶん振る。


 「そ、そんなことはどうでもいいんだよ!ともかく〝首が取れてる〟ってのは、俺の持ちネタなんだよ!」


 「フラ……じゃなかった!ウルフランリーは、ネタで首取ってないもん!フランケンシュタインなダディの遺伝なんだよ」


 フラニーの胴体が慌てて首を拾い上げ、元の位置に押し当てる。


 グイグイとねじ込むと、縫合部がカチリと噛み合った。


 首と胴体は無事に合体完了。


 「はあ~あ」


 彼女は、ため息をつきながら、スマホを確認する。


 生配信は、無事に続行されていた。


 (よし!これは結構稼げたんじゃない?)


 期待を込めて、生配信の視聴者数を確認する。


 その結果……。


 視聴者数:3人。


 コメント欄には、


 「首なしでチャリ漕ぐのは、戸田市のタクゾーさんとキャラ被りすぎて、つまんない」


 「喋る首なしライダーの方が気になる」


 「音速は盛りすぎ」


 と、冷静すぎる意見が並んでいた。


 「えー?首がモゲてまで漕いだのに、たった3人?」


 急に白けて配信を切ったフラニーは、呆然と空を見上げる。


 タクゾーが肩をすくめる。


 「甘いな。今どき、首が取れるくらいじゃバズらねえよ。アハハ!」


 「じゃあ、どうすればいいの?」


 「せめて、理由をつけろ」


 「理由?」


 「〝首が取れる理由〟だ。設定は大事だぞ。俺の場合は、道路に張られたピアノ線に気がつかず猛スピードで突っ込んだら首が取れたんだ。どうだ?悲劇性があって、ドラマチックだろ?」


 タクゾーは、どこか誇らしげに胸を張った。


 数秒の沈黙。


 フラニーは、首を少し傾げるが、遠慮なく口を開いた。


 「それってさ」


 腕組みしたまま、真顔で言う。


 「ただの不注意なマヌケ事故じゃん」


 ――ピシッ。


 空気が、音を立てて凍った。


 「な、なっ……!」


 タクゾーの肩が、ビクリと跳ねる。


 「ち、違わーい!!」


 次の瞬間、彼はブチ切れた。


 「いいか!?あれは事故じゃねえ!運命だ!!」


 「ピアノ線に気づかなかっただけなのに?」


 「それが運命なんだよ!!」


 タクゾーは、指を突きつけて吠える。


 「深夜!無灯火!猛スピード!そこに張られた一本のピアノ線!これはもう、物語が俺を呼んでたんだ!」


 「いや、それ普通に運転してたら避けられたよね?」


 「うるせー!!都市伝説ってのはな、無駄に盛って、無理やり意味を持たせて完成するんだよ!!」


 「めちゃくちゃ自覚あるじゃん」


 フラニーは、半歩引いた。


 タクゾーは、ふう、と大きく息を吐き、急に落ち着いた声で言う。


 「いいか、フラニー」


 「うん?」


 「事実だけじゃ、人は驚かねえ。でもな、理由があると信じたくなる。人間てのは、そんな生き物だ」


 フラニーは、その言葉を聞いて、ほんの少しだけ目を丸くした。


 「なるほど」


 タクゾーの声は、さっきより少しだけ真剣だった。


 春休み最後の日。


 フラニーの承認欲求は、今日も一ミリも満たされなかった。


 だが、その承認欲求モンスターな魂も一ミリたりとも折れていなかった。


 バイクに乗ったタクゾーは、去り際に振り返った……首が無いのに。


 「まあ、頑張れ。最近は怪異も魔物も妖怪も供給過多だからな。さいたマ界の人間どもの目も肥えてきて、少しぐらいのことじゃ驚かねえ」


 「えー!ハードル高過ぎじゃない!?」


 フラニーは思わず叫び、そして、そのまま、空を仰いだ。


 魔界色の雲が渦巻く、さいたマ界の紫色の空。昼間なのに出てる二つの月のうち、片方がやけに眩しい。


 「もうさぁー!何でもいいからバズりたいー!有名になりたーい!」


 荒川土手に、彼女の大声が響き渡る。


 「首が取れてもダメ!音速突破(未遂)でもダメ!首なしライダーに怒られてもダメ!」


 「あ~あ。まーた狼神さんの所の娘が騒いでるよ」


 近所のバンパイアが、呆れ顔で呟きながら通り過ぎていく。


 「だったらもう!」


 フラニーは、指を折り始めた。


 「芸人になるか?でもネタ考えるの大変そうだし!」


 一本目。


 「漫画家は!?でも、絵は描けないし締切守るのとか絶対ムリだし!」


 二本目。


 「ストリートミュージシャン!でも、歌うの好きだけど、首取れたら歌えないし!」


 三本目。


「……え、どれもダメじゃない?」


 三本の指を折ったフラニーは、しばし沈黙した。


 その時、さっきまで無言で見ていたタクゾーが、ポツリと言った。


 「お前さ、今の全部やれば?」


 「はあ?」


 「芸人ネタで漫画を描いて、路上で歌いながら自転車乗ればいいだろ?」


 「情報量多すぎない!?」


 フラニーは一瞬考え、そして、ぱっと顔を輝かせた。


 「ねえ、ねえ!それやったら、バズるかな!?」


 「知らん」


 「でも!」


 フラニーは、スマホを握りしめる。


 「やらなきゃ始まらないよね!」


 春休み最後の日。


 次にやるべきことが何一つ決まらないまま、それでも彼女は全力で前を向いていた。


 有名になりたい。


 自分のことをさいたマ界の皆に知ってほしい。


 首が取れても無視されるだけの存在で、終わりたくない。


 ――だから、明日もフラニーの挑戦は続く。


 時々、首がモゲたり、腕が千切れても挫けない。


 「次こそは、絶対バズるから!」


 その宣言だけは、誰よりも音速を超えていた。

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