序章 埼玉県と魔界が融合しちゃいました♡
西暦2030年の春、世界情勢は激変することになる。
何の前兆も予告もなく、ある朝突然――埼玉県と魔界が融合したからである。
異変は、まず県内の空模様から始まった。
晴れているはずなのに、埼玉県の空だけ紫がかりとなり、ところどころで雷雲が常駐し、公園には二足歩行する木々が出現した。
夜になると黄色い月の他に、紫色の月が二つ見える日もあった。
そして、ニュース番組のお天気お姉さんは混乱した。
「埼玉県南部、じゃなかった!魔界?は晴れ時々雷雨でしょう…って、どっちかハッキリしなさいよー!」
と、TVカメラに向かってキレ出して降板される日々が定着するまで、そう時間はかからなかった。
交通面でも問題は山積みだった。
埼京線の浮間舟渡駅や、京浜東北線の赤羽駅付近の線路上に巨大な黒いモノリスが出現し、物理的に通行不能となった。
鉄道会社は最初、「一時的な異物」と発表したが、モノリスが古代魔界文字で自己主張を始めたため、この説明は撤回された。
他の路線は、さらにひどかった。
浦和美園駅を始発とする〝さいたま高速鉄道〟は、都内の赤羽岩渕駅手前の線路が、魔界の地中から噴出したマグマでドロドロに溶けてしまい、埼玉県内の川口元郷駅が強制的に終点となってしまった。
日本政府は対応に追われた。
調査団を埼玉県に派遣しようとしたり、専門家を集め、会議や検討を重ねた結果、政治家たちは最終的に「よく分からないから、放置しよう。だって、埼玉だし」という結論に至った。
一応、彼らの名誉のために説明しておくと、魔界融合と同時に発生した強力な結界によって、埼玉県から外へ出ることも、県外から入ることも不可能になったことが判明したからである。
このため、通勤電車で都内の職場に行けなくなり、不当解雇されてしまうお父さんたちが続出した。
だけど、それを家族に言い出せない彼らは「会社行ってくる」と嘘をついて、朝から夕方まで公園で鳩や翼が生えた猫と遊んで時間を潰す日々を過ごしていたのである
こうした状況もあって埼玉県は、日本から切り離され、魔界と融合した小国家〝さいたマ界〟として独立することとなる。
融合から二週間後。県内、もとい国内に異変が起きる。
地中や空から空想の産物と思われていた吸血鬼や天狗などの魔物および妖怪などが、次々と姿を現して、人々を驚かせた。
もっとも、世界が終わるような騒ぎにはならなかった。
何故ならば魔物たちの多くは、人間社会に興味津々かつ友好的だったからである。
そして、〝元〟埼玉県民は大抵のことを「まあ、魔界と融合した埼玉県だから」の一言で、彼らを受け入れた。
川越一番街商店街には妖怪が歩き、昼時には埼玉県内に圧倒的な店舗数を誇る「山田うどん」のカウンター席をオバちゃん悪魔たちが占領し、キツネうどんを啜る。
町内会の回覧板には、
「来月、ボートレース戸田で‶さいた魔つり〟開催!」
「野良デーモン出没情報」
「回覧板をマグマ地獄に落とさないでください」
といった注意書きが並ぶようになった。
ただし、困ったこともある。
まず、海がない。
だって、埼玉県なんだもん!
結界のせいで神奈川県とか千葉県へ出かけられないため、国民は海水浴に行けなくなった。
結果どうなったか?
埼玉県深谷市にあるプール施設「アクアパラダイス・パティオ」は、夏になると朝から長蛇の列が出来るようになったのである。
「ここ、ネズミ的な某夢の国じゃないよね?」
と、錯覚するほどの混雑を見せるようになった。
流れるプールは身動きは取れず、波のプールは波より人が多い地獄絵図となり、
「これはこれで地獄だなぁ」
と、魔界から来た河童が真顔でコメントする始末だった。
スポーツ界やエンタメ界も例外ではない。
浦和レッズは、他県への遠征が不可能になった結果、「試合に来ないチーム」という前代未聞の理由で、Jリーグから強制脱退となった。
サポーターは泣き、彼らの集いの場である浦和駅前のスポーツ居酒屋は閑古鳥が鳴いた。
「なら、さいたマ界リーグことSMリーグ作りません?」
と、魔物側から選手たちに対して前向きすぎて、お茶の間が気まずくなりそうな名前の提案が届く有様である。
一方、東スポの一面には、
「埼玉県にGACKTと二階堂ふみが撮影に来れないため、映画『翔んで埼玉』三作目まさかの企画中止!?」
という、どこまで本気か分からない見出しが躍っていた。
それでも、人々や魔物は登校し、働き、買い物をしながら暮らしていた。
――ここは、世界で一番不思議で、わりと平和な国・さいたマ界。
これは、そんな国で「承認欲求モンスターな魔物少女」と、「母が、有名都市伝説妖怪だけど目立ちたくない少年」と、「さいたマ界に順応した埼玉県育ちの少女」が、色々と暴走したり、振り回されたりする日々を送る感じの何かそういった物語である。




