表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

0章①

 時は2XXX年の日本。この時代の人類は第六感が発達し、これまで見ることのできなかった「邪神」と呼ばれる存在——かつては迷信だと思われていたもの——が目で見えるようになっていた。

 その中で、以前から邪神を見ることができ、それを殺す力を持つ「妖術師」たちが表社会に出てきた。今では彼らは、世界にとって欠かせない存在となっている。

 そんな世界で一般人として生きていた翔夜が、いきなり妖術師にさせられ、やがて六原色の英雄とまで呼ばれるようになるまでの物語である。

 ________________________________________

 「今日もまた試合で活躍したぞー!」

 8月のある日。自転車のペダルを漕ぎながら、そう叫んでいるのは今年15歳になる尾崎翔夜おざきしょうや、髪の色は黒色で身長は163cmのただの中学3年生だ。部活でのサッカーの試合を終えて、今は自転車で帰宅中だった。

 「これで、高校のサッカー名門校に推薦されたらいいな」

 なぜ推薦にこだわるのかというと、翔夜の家は母子家庭で裕福とは言えず、サッカーの強い私立名門校に入るお金がない。親に負担をかけるわけにはいかないから、部活を推している学校に入り、優秀な成績を出して学費を免除してもらおうと考えているのだ。

 そうして自転車を漕いでいると、住んでいるアパートの近くに差しかかった時、翔夜は違和感に気づいた。

 この辺り一帯が、謎の結界に覆われている。

 結界の外には、同じ団地の隣人たちが集まっていた。だが、その中に一人がいない。

 ——母さんがいない。

 翔夜はすぐにスマホを取り出してLINEを開き、母に連絡を入れた。しかし、既読すらつかなかった。

 嫌な予感がした。翔夜は急いで家へ向かって走り出した。

 結界の中に入ると、辺りが暗いピンク色に染まり、薄気味悪い空気が漂っている。中には外に出ようとしている人もちらほらいて、アパートの方から来たおじさんに「そっちは危ないから戻りなさい」と声をかけられた。

 翔夜はとっさに嘘をついて、そのまま家へ向かった。

 ________________________________________

 家まで走っていくと、扉が開いていた。

 そのまま中へ入った瞬間、翔夜は足を止めた。

 目の前には、20歳くらいの男性の見た目をした邪神が、血塗れになっている母を喰っているところだった。

 邪神とは、この世界に古くからいると言われている化け物で、人を遊び感覚で殺すような奴らだ。これまでもたくさんの人が犠牲になっており、年間の被害者数は10万人にも上ると言われている。

 そんな邪神が、今、目の前にいる。

 声が出なかった。母が死んでいるという事実よりも、次は自分が殺されるという恐怖が頭を支配していた。逃げ出そうとしても、足がすくんで動かない。

 そうして何もできないでいると、邪神は翔夜に気づいたようだった。母を喰うのをやめ、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。

 その瞬間、悟った。

 ——あぁ、ここで僕は死ぬんだ。

 けれど、その時だった。

 何かの足音が、こちらへ向かってくる。扉の前まで来たかと思うと、勢いよく扉を吹き飛ばして、誰かが飛び込んできた。

 「千恵さん! 大丈夫?」

 叫びながら入ってきたその人は、翔夜が殺されそうになっているのを見るや否や、即座に邪神を蹴り飛ばした。そして指をパチンと鳴らし、技名を口にした。

 「喜び舞続ける妖精」と唱えた。

 次の瞬間、横向きの竜巻が発生し、部屋の外壁をまるごと吹き飛ばしながら邪神を遠くへ弾き飛ばした。

 土埃が晴れると、そこに立っていたのは背の高い女性だった。銀髪のロングヘアに、左右で違うデザインの特徴的なピアス。翔夜の前に立ちはだかるようにして、振り返らずに言った。

 「大丈夫⁉ 怪我は無い?」

 素早く翔夜の安否と母の生死を確認すると、彼女はすぐに邪神へ向かって飛び出した。

 邪神は迎撃しようと殴りかかってきたが、彼女はそれを軽やかに避けて回し蹴りを顔面に叩き込み、奥の団地まで吹き飛ばした。

 続けて、指をパチンと鳴らす。

 「すべてを無に帰す恒星」と唱える。

 そうすると50を超えるほどの巨大な炎の球が出現し、一斉に邪神へと向かっていった。邪神は避けながら接近してくるが、いくつかをまともに食らった。それでも意に介さず、拳の乱打を繰り出してくる。

 彼女はその全てを紙一重でかわしながら、隙を縫って腹に蹴りをねじ込んだ。

 また、指をパチンと鳴らす。

 「霞すら貫く一つの矢」と唱える。

 今度は光の弓が現れ、絞られた弦から光の矢が放たれた。邪神は避けられず、直撃した矢が爆発し、土煙で視界が塞がれた。

 ——やったか、と思った。

 煙が晴れると、邪神はまだ立っていた。ボロボロではあるが、まだ生きている。

 勝てないと悟ったのか、邪神は舌打ちをして不満そうな顔をすると、巨大な太陽のような炎の球を作り出し、彼女へ向かって投げつけてきた。

 「変に強そうな技を撃ってこないでよ。めんどくさいなぁ……」

 彼女は嫌そうな顔をしながらも、ひとつ深呼吸をした。

 「極無解放」

 その一言を呟いた瞬間、彼女を包む空気が変わった。目の色が青から深い藍色へと変わっていく。手を銃の形に構え、静かに言い放った。

 「極技——曇天・我が穿つ一筋の光」

 その言うとで世界が暗くなった。

 彼女の指先から放たれた一条の光が、邪神の放った炎の球をまっすぐに貫いた。直後、白い光が世界を覆い尽くし、邪神の術を全て消し飛ばした。

 光が収まり、さっきまで邪神がいた場所を見ると——もうそこには何もなかった。邪神の姿も、結界も、跡形もなく消えていた。

 ________________________________________

 呆気に取られている翔夜のもとへ、そのお姉さんが歩み寄ってきた。

 「大丈夫? 怪我は?」

 声をかけられても、翔夜は何も答えることができなかった。死にかけたことも、母が殺されたことも、あまりにも現実離れしていて、頭が追いつかない。

 しばらく黙っていると、お姉さんは少し悲しそうな声で言った。

 「千恵さんを守ることができなくてごめんね」

 その言い方は、親しい友人を失ったかのような、そんな響きがあった。

 お姉さんは遺体のそばに近づき、状態を確認した。それが終わると、まるで別れを伝えるように、しばらくそこから動かなかった。

 やがて時間が経つと、警察がやってきて調査を始めた。

 ________________________________________

 あの事件から2日が経った。

 その日は母の葬式で、会社の同僚たちが来ていた。しかし母の友人らしき人は誰もいなかった。親戚も来なかった。実家から追い出されたと聞いていたから、そのことは分かっていた。

 それでも——母を殺されたことと重なって、余計に悲しかった。

 トイレへ行こうとした時、翔夜はあのお姉さんと鉢合わせた。

 「2日前は災難だったね。お母さんのことは残念だったけど、君の方は間に合ってよかったよ」

 翔夜はあの時言えなかった感謝を、ようやく口にした。

 「あの時は助けてくれて、ありがとうございます」

 口ではそう言いながら、正直に言えば——あの時、自分も殺してほしかったと思っていた。家族は母一人しかいなかった。その最後の家族が死んでしまったら、自分はこれからどうすればいいのか、まったく分からなかったから。

 そう思っていると、お姉さんが聞いてきた。

 「君って今、どこか行く宛てはあるの?」

 「ない。母さん以外に家族はいないって聞いてたから」

 「もし嫌じゃなければ、綾のところに来る?」

 「え?」

 昨日初めて会ったばかりなのに、どうしてそこまでしてくれるんだろう。

 「あれ、もしかして来たくない?」

 お姉さんがショックを受けた顔をしたので、翔夜は慌てて訂正した。

 「いやいや、僕にとっては嬉しい提案です。でも、なんでそこまでしてくれるんですか?」

 「ん〜……友達の子供の行く宛てがないっていうのもあるけど……それより君、妖術師に興味ない?」

 妖術師。この世界の職業のひとつで、主に邪神を殺すことが目的とされている。国家転覆を企む人間を相手にすることもあると聞いたことがあるが、真相は分からない。

 「僕、妖術師の才能ないですよ。子供の頃に母さんからも、才能がないからなれないって言われてたし」

 そう答えると、お姉さんは理解できないといった顔で首を傾げた。

 「本当にそんなこと言われたの? 綾から見たら、結構才能あると思うけど?」

 実際、お姉さんの目には、翔夜は妖術師にとって最も重要な「妖力」が、他の人と比べてかなり多くあるように見えていた。

 「でも僕、妖術師のための修行なんてやったことないし、妖術師になるには専門の学校に行かないとダメなんですよね。入学まであと半年しかないし、そのレベルには絶対間に合わないと思うんですけど」

 そう、妖術師は「今日から妖術師やります」と言うだけでなれる仕事ではなく、専門の学校に入学する必要がある。

 「それなら綾に任せてくれたら大丈夫だよ。高校に入るまでの6ヶ月間で綾が鍛え上げるし、勉強は基本的に要らないけど要るなら私の夫が教えられるから問題ない。それで——来る? 来ない? どっちにする?」

 その時、翔夜の中で何かが決まった。

 妖術師になって一体でも多くの邪神を狩れば、自分のように大切な人を奪われる被害者を減らせる。それに、母を殺した邪神を倒せるなら——願ったり叶ったりだ。

 「僕は、母さんの仇を取るために、そして他の人が僕のように大切な人を奪われて悲しい思いをしないために、妖術師になって邪神を狩ります」

 そう言うと、お姉さんは少し驚いたような顔をしてから、静かに笑った。

 「うん、そういう心構えは大切だと思うよ。この仕事は危険で、いつ死ぬか分からない。でも綾もしっかりサポートするから、一緒に頑張っていこうね」

 こうして翔夜は、お姉さんの家へ引き取られることになった。

 ________________________________________

 「そういえば、助けてもらった時、名前を聞いてなかったんですけど、なんていう名前ですか?」

 お姉さんの車に乗りながら、翔夜は聞いた。

 「綾の名前は雹水綾華ひょうすいあやかっていうの。年齢は23歳。呼ぶ時はママか綾ちゃんでいいよ」

 ——雹水?

 「雹水って、妖術師の六大家系の雹水ですか?」

 妖術師は公にさまざまな仕事をしていて、テレビやSNSにも情報が流れている。だから一般人でも、ある程度のことは知っている。六大家系は昔からある妖術師の名家で、強い妖術師を多く輩出している家系だ。

 「うん。君の思っている通り、六大家系の雹水だよ」

 六大家系とは無縁の人に引き取られたと思っていたのに、まさかあの雹水家へ引き取られることになるとは。翔夜は驚きを隠せなかった。

 「君の名前は?」

 「尾崎翔夜といいます」

 「じゃあ、翔ちゃんって呼ぶね」

 翔……ちゃん?

 気を取り直して、翔夜は別の質問をした。

 「今どこに向かってるんですか?」

 「綾のお家。市役所の書類は次の日にまとめて行こうと思って、今日はまず家に帰るね」

 どうやら今は、翔夜の新しい家へ向かっているらしい。

 しばらく車に乗り、綾華さんの家に到着した。

 「あの、雹水家の人なのに、雹水家のお屋敷には住んでないんですか?」

 「あー……本来はそっちに住む必要があるんだけど、あのお屋敷の空気感がどうもなじめなくて、向こうの許可をもらってここに住んでるの。気にしなくていいよ」

 家に入ると、アロマの香りが鼻に入ってきた。と、部屋の扉の方から、綾華さんと同じ髪色で、片方だけ同じピアスをつけた、綾華さんより背の高いお兄さんが出てきた。

 「あっ、帰って来たのか。おかえり」

 「はーい、ただいま」

 そのやりとりを聞いていると、お兄さんがこちらに目を向けた。

 「そいつは誰だ?」

 「この子が昨日言ってた子だよ」

 「……そういえば、そんなことを言ってたな」

 翔夜は自己紹介をした。

 「初めまして、尾崎翔夜です」

 「こちらこそ初めまして。俺の名前は雹水龍輝ひょうすいりゅうきだ。何かあったら何でも聞いてくれ」

 「それじゃあ、自己紹介も終わったし、翔ちゃんも一緒にご飯食べようか」と綾華さんが言うと、龍輝さんが続けた。

 「飯はもう作ってある。俺のは後で作るから、先に食べてくれ」

 そう言って出てきたのは、美味しそうなミートソーススパゲッティだった。先に食べるのは申し訳ない気もしたが、言ってもらったのだから遠慮なくいただくことにした。

 「いただきまーす!」

 「いただきます」

 食べ始めた瞬間、翔夜は感動した。こんなに美味しいご飯を食べたことがなかったからだ。美味いと思った瞬間にはもう、皿の上が空になっていた。

 「もう食べ終わったのか? まだ食べるなら作るぞ」

 「おかわりをもらえますか?」

 「ああ。ちょっと待っていてくれ」

 「ねえ、龍ちゃん、お酒ないの?」

 「酒は自分で取ってきてくれ。俺は飲まないから、お前の飲みたいやつが分からない」

 「いつものやつ持ってくればいいじゃん。最近よく飲んでる〇雀とか」

 「飲みたいなら自分で持ってこい。今ちょうどいい焼き加減でソースを作ってるんだから」

 「はーい……分かったわよ」

 そう言いながら綾華さんは席を立ち、隣の部屋へ入っていった。そのまま翔夜は龍輝さんと2人きりになった。

 「お前は多分、明日から妖術師になるための修行をするんだよな?」

 「はい。綾華さんに、明日から始めると言われました」

 「あいつの修行は……結構厳しいから、初日で倒れないよう、今日はたくさん食べておけよ」

 そう言って、山盛りのスパゲッティが出てきた。

 「ありがとうございます」

 スパゲッティを食べようとしたところで、綾華さんが戻ってきた。

 「もう2人とも結構仲良くなってるんだね。龍ちゃんが翔ちゃんと仲良くなれるか心配だったけど、この調子なら大丈夫そうね」

 「お前、俺のことを人見知りのコミュ障だと勘違いしてないか?」

 「え? どう考えてもそうでしょ。長い間一緒にいたけど、今まで違うと思ってたの⁉」

 「なら、俺のどこが人見知りなのか言ってみろ」

 「え〜? じゃあ前から聞きたかったんだけど、龍ちゃんって、学校にいた頃、綾以外の人と休み時間に話したことある?」

 「そんなことぐらい、普通に1回ぐらいは…………」

 空気が凍りついた。南極大陸かと思うくらい、部屋の温度が一気に下がったような気配がした。

 「え……え……え? 本当に無いの⁉ 小学生の時に1回ぐらいはあるでしょ⁉」

 綾華さんも、今まで見たことないほど動揺している。

 龍輝さんは静かに食べ終わり、立ち上がった。

 「風呂は先に入ったから、歯を磨いて寝る……」

 「わー、ごめん! ごめんってば! 本当にいなかったと思わないじゃん!」

 そのまま龍輝さんは部屋を出て行った。綾華さんは追いかけず、一旦翔夜の方に向き直った。

 「とっ……とりあえず、先にお風呂の場所教えるから、先に入っちゃっていいよ」

 「わ……わかりました」

 案内されたお風呂は、広かった。……いや、正確には翔夜の前の家が狭かっただけかもしれないが、それでもトイレと風呂がちゃんと別々なのに驚いた。浴槽も何人でも入れそうなくらい大きい。

 「着替えは一番上に龍ちゃんのが置いてあるから、今夜はそれを借りていいよ。私はちょっと龍ちゃんに謝ってくるから!」

 「はい、ありがとうございます」

 言い終わるや否や、人間離れした速さで綾華さんが歩いていった。

 ……なんか怖い。

 とりあえず、風呂に入ろう。

 ________________________________________

 15分後、お風呂から上がってリビングに戻ると、綾華さんと龍輝さんが並んでいた。

 「もう仲直りしたんですか?」

 「まあ、喧嘩っていうわけでもないし、綾が悪いだけだから、ちゃんと謝ったら許してくれたよ」

 そう言いながら、綾華さんは冷蔵庫から紫色の羊羹を取り出してきた。

 「それ、なんですか?」

 「本来はちゃんと期間をかけて妖力量を増やしていくんだけど、翔ちゃんは時間がなさすぎるから、これを決めた量だけ食べてもらって、妖力量を無理やり増やしていくやり方なの。これぐらいなら流石に死なないでしょ……はい、これ食べて」

 そう言って、羊羹の十分の一ほどの量をフォークに刺して渡してくれた。

 ——死ぬ?

 「今、死ぬとか言う不吉な言葉が出た気がしたんですが、どういうことですか?」

 「ん? これはただの妖力の塊だから、たくさん食べると翔ちゃんの肉体の許容量を超えて死んじゃうよ」

 なんてものを食べさせようとしているんだ。

 「まあ、これクソまずいから自分から食べようっていう気にはならないと思うし、これで死ぬことはないよ」

 そう言われても、死ぬ可能性のあるものを食べるのは怖い。

 「そんな怯えなくても大丈夫だよ。ほら、早く食べて」

 死んだら、助けてもらった恩人だけど、呪う。

 そう思いながら口に入れた瞬間、とんでもない味が翔夜を襲った。形容しがたい臭いが、口の中いっぱいに広がる。とにかく言えることは、これは世界で一番まずいということだ。

 「何か飲みたいものある?」

 「gdはたgtwpたdpwた!(訳:甘い飲み物が欲しいです!)」

 「何言ってるか分からない……とりあえず、北海道のお土産のナポリンでどう?」

 早く口の中をリフレッシュしたい。何でもいい。

 「saえhfじゅeふぇfdさgfds!(訳:なんでもいいので早く!)」

 綾華さんがナポリンのペットボトルを渡してくれた。翔夜は受け取った瞬間に蓋を開けて、一気に飲み干した。

 うまい。今まであまりジュースを飲んだことはなかったが、これは今まで飲んだ中で一番美味しいかもしれない。さっきの苦味が全部流れていくようだ。

 「どう? 美味しい?」

 「ジュースは美味しいですけど……あの羊羹は二度と食べたくないです」

 「まずいのは分かる。だけどこれからの修行のためにも毎日食べてもらわないといけないんだよね。ちゃんと口直しには美味しいものを用意するから……ね?」

 ここに来ると決めたのは自分だ。それぐらいは頑張ろう、と翔夜は思った。

 「食べ終わったら、明日も早いし、歯を磨いて寝ようか?」

 もう結構疲れていたから、早く寝られるのはありがたい。

 「嬉しいです」

 「それじゃあ洗面台に案内するから、歯磨きしてね」

 洗面台に案内され、上の戸棚から新しい歯ブラシと歯磨き粉を出して歯を磨いた。

 数分後、リビングに戻ると、綾華さんと龍輝さんが話していたが、翔夜が戻ってきたことに気づいて綾華さんが立ち上がった。

 「それじゃあ、歯も磨いたから、寝室に行こうか」

 「おやすみ」と龍輝さんが言ったので「おやすみなさい」と返した。

 2階へ案内されると、綾華さんがこう言った。

 「翔ちゃんの部屋、まだできてないから、しばらくは私のベッドで寝ていいよ」

 「綾華さんはどこで寝るんですか?」

 「綾は龍ちゃんと一緒のベッドがあるから、そっちは気にしなくていいよ」

 なんでベッドが複数あるのかよく分からなかったが、今は眠いのでありがたく使わせてもらうことにした。

 「ありがたく使わせてもらいます」

 「うん。明日から忙しくなるから、しっかり眠りなさい」

 「おやすみなさい」

 「お休み〜」

 翔夜は布団に入り、すぐに眠りに落ちた。

 ________________________________________

 翔夜が眠りに落ちて少し経った頃、リビングでは綾華と龍輝が話していた。

 「それで、お前の言ったことは本当なんだな?」

 「綾の推理が合ってるなら、だけどね。でも、多分あの子が今代の六原色だよ」

 六原色——世界で最初の妖術師と言われている清暙せいようが使っていた固有術の名称だ。日本中を旅して、その時代にいた邪神の祖を封印し世界を守ったという逸話は、日本のみならず世界でも有名な話だ。

 「それが本当なら、雹水家にとってもいいアドバンテージになるな」

 「そうだね。六原色の可能性がある子をこっちに引き込めたのは大きいけど……私個人としては、昔からよくしてくれた人を亡くしているから、そんなに喜べないんだよね」

 綾華は涙を浮かべながら、そう答えた。

 「本当に、昔っから私の大切な人がどんどんいなくなっていく……龍ちゃんだけは、私のそばからいなくならないでね?」

 そう聞くと、龍輝は綾華を抱き寄せながら答えた。

 「俺は、お前をひとりぼっちになんて絶対にさせないから安心しろ」

 それを聞いた綾華は嬉しそうに抱き返しながら言った。

 「うん、ありがとう。大好きだよ、龍ちゃん」

 「俺も大好きだよ、綾」

 ……爆発してくれないかな、この2人。

 ________________________________________

 次の日、翔夜はふかふかのベッドで目を覚ました。

 時計を見ると、9時近かった。ベッドから出てトイレへ行こうと部屋を出ると、廊下で綾華さんと鉢合わせた。

 綾華さんの服装は、下着に上着を羽織っただけ。翔夜は目のやり場に困りながら、声をかけられた。

 「おはよう、翔ちゃん。ちゃんと寝られたようでよかったよ」

 「おはようございます……って、なんでそんな格好ですか⁉」

 「ん? 私、裸じゃないと寝られないんだけど、龍ちゃんに怒られるから仕方なく下着着てるの。普通、もっと喜ばれるんじゃないの?」

 「たぶん恥ずかしいんじゃないですか?」

 「まあ確かに、龍ちゃんならありえるか……昔から一緒にお風呂だって入ってたのに、いい加減慣れてほしいよね。まあそんなことより、早くご飯食べてさっさと出かけないといけないところがあるから、行こう」

 「悪いんですけど、トイレに行きたいので先に行っていてもらえますか?」

 「そう、なら先に行ってるね」

 トイレを済ませて一階のリビングへ行くと、龍輝さんが朝ごはんをテーブルに並べているところだった。

 「おはようございます」

 「おはよう。朝はできてるから、綾華と一緒に先食べていていいぞ」

 席に座ると、綾華さんもすぐに座って食べ始めようとしたので、翔夜も合わせて挨拶した。

 「「いただきまーす!」」

 綾華さんがすごい勢いで朝ごはんを食べていると、龍輝さんが言った。

 「いつもより早く起きてるってことは、朝食べたらすぐ出るのか?」

 「うん。準備したらすぐ出るから」

 「俺は本家の方に戻って、母さんに翔夜のことを伝えておくよ」

 「え? 私も今日、翔ちゃんを連れて家の方まで行こうと思ってたんだけど、龍ちゃんはわざわざ行かなくていいよ?」

 「何言ってる。翔夜はまだ妖術師にもなってないのに、いきなり他の奴らに紹介したら変な噂が回る。ある程度ちゃんとした妖術師になるまでは、報告は待つべきだと思ってな。先に母さんにだけ伝えておこうと思ってる」

 「確かに、そっちの方が良さそうね。でも龍ちゃんに行ってもらうのは悪いな……」

 綾華さんが申し訳なさそうな顔をすると「今日は向こうで仕事も溜まってるから、どうせ行く予定だった。気にするな」と龍輝さんは答えた。

 そんな話をしているうちに食べ終わりそうになった頃、龍輝さんが翔夜の方を見て言った。

 「そういえば、昨日洗った服がまだ乾いてないから外出できる服がないな。俺の余った服を貸すから、今日はそれで出てくれ」

 「わざわざ服まで、ありがとうございます」

 「これくらいで感謝するな。とりあえず綾華、今日の外出中に翔夜の服とか必要なもの、全部買ってこいよ」

 「うん、そのつもりだったから大丈夫だよ」

 そう言うと綾華さんは残ったご飯を一気に口に入れて「ご馳走様!」と言った。

 ________________________________________

 綾華さんの準備を待ち、玄関前に立っていると「結構待たせちゃってごめんね」と言いながら綾華さんが来た。

 「そんなに待ってないから大丈夫ですよ」

 そう答えると、綾華さんは後ろを向いて頭を抱えた。

 「年下、しかもこれから息子になる子に気遣われるなんて……」

 すぐに立ち直って、こちらを向いた。

 「まあ時間も限られてるし、さっさと行こうか!」

 靴を履きながら「それじゃあ龍ちゃん、行ってくるね!」と綾華さんが言い、翔夜も「行ってきます!」と続けると、奥の方から「ああ! 行ってらっしゃい!」と龍輝さんの声が聞こえた。

 家を出てすぐ、綾華さんが言った。

 「それじゃあ、綾と手をつないでくれない?」

 差し出された手を掴んだ瞬間、綾華さんの足元に、細かくて大きな妖術の陣が展開された。翔夜が焦っていると、綾華さんが言う。

 「手は離さないでね。もし離すと、太平洋のど真ん中に落ちちゃうかもしれないから、そうなったら流石に助けに行けないよ?」

 「待って! 待って! 待って! 待って! 待って!」

 「大丈夫だよ。手を離さなければ、そんなことにはならないから」

 (なら最初から言わなくていいじゃないか)と翔夜は思ったが、陣の光はどんどん強くなっていく。

 「よし。それじゃあ——空間転移!」

 陣が輝き、目の前が真っ白になった。

 光が収まると——翔夜だけがその場に残っており、綾華さんの姿がなかった。

 (あれ、綾華さんどこに?)

 そう思っていると、綾華さんが術を使って戻ってきた。

 「良かった。翔ちゃんがどこにもいなくてジョークのつもりで言った太平洋のど真ん中が本当に実現するところだったよ。いいところ見せようと思ってあえて大きな陣まで出したのに、面子が丸潰れじゃん……」

 太平洋のど真ん中に行っていたら絶対呪ってやる、と翔夜は心の中で思った。

 「とりあえず、テレポートは綾一人しか使えないっぽいし、車で行くから少し待っていてね」

 しばらく待つと、車に乗った綾華さんが戻ってきた。

 「おまたせ。助手席に乗って」

 シートベルトをつけた瞬間、車が猛烈な勢いで飛び出していった。

 ________________________________________

 最初に止まったのは、スマホ店の前だった。

 「綾華さん、ここで用事があるんですか?」

 「翔ちゃんってスマホ持ってる?」

 「サービス終了間際のオンボロならあるよ」

 「あったんだ。でもそれなら、新しいスマホがいいんじゃない?」

 「買ってくれるんですか?」

 「全然いいよ。これからいろんなところに行く機会が多くなるから、ちゃんとしたスマホにしておかないとね」

 店に入ると店員がいて、綾華さんが声をかけた。

 「すみませーん。今日予約を入れた雹水なんですけど」

 「雹水様ですね。お待ちしておりました。データ移行のため、前のスマホをお預かりできますか?」

 翔夜はスマホを取り出して渡しながら「パスワードは✕✕✕✕✕✕✕✕です」と先に伝えた。後で聞かれてもめんどくさいと思ったからだ。

 「ありがとうございます。大切にお預かりしますね。待ち時間にアンケートだけお願いします」

 空いている席でアンケートを書いていると、翔夜は綾華さんに聞いた。

 「新しいスマホってどんなの買ったんですか? あの有名なリンゴ製品?」

 「りんご製品の結構いいやつで、さらに液晶や外枠を頑丈にした妖術師専用の特注品だよ。術師はスマホをずっと持ち歩くから、敵の攻撃で壊れないようにしてあるんだよね」

 「特注品って、結構お金かかったんじゃないですか?」

 「金額的にたいしたことないから、気にしなくていいよ」

 (※なお、このスマホの金額はおよそ30万円)

 しばらくすると、店員が新旧2台のスマホを持って戻ってきた。

 「お預かりしていたスマホと、ご注文の商品です。念のため最終確認をお願いします」

 翔夜が一通り確認して綾華さんに渡すと、綾華さんは謎の結界のようなものを展開してスマホを入れた。

 「何をするんですか?」

 「本物かどうかを確かめるには、妖術をぶつけるのが一番早いからね。見てたら分かるよ」

 そう言って、結界の中に大量の巨大な火の玉を打ち込み始めた。

 「ちょっと! 僕のデータが入ったスマホ⁉」

 綾華さんはまだ撃ち続けている。

 「いつまで打ち続けてるんですか! 確認なら、そんなに術を使わなくていいでしょ!」

 「だって、綾が注文したやつはこれくらいで傷つくものじゃないから。本物ならね……」

 「本物じゃなかったら、僕のデータはどうなるんですか?」

 「たぶん粉々になって原型も残らないから、データも一緒にお釈迦じゃない?」

 「なら止めて!」

 「本物ならこれくらいで壊れないようになってるから、もし粉々になって怒るなら綾じゃなくて店員さんに怒ってね。『何で偽物を渡してくれてるんだ』って、しばいてやればいいよ」

 横目で見ると、店員の顔色が明らかに悪くなっていた。翔夜は偽物でないことを祈った。

 やがて撃ち終わった綾華さんが「翔ちゃん、壊れてないか確認してみて」と言う。結界からスマホを取り出すと、傷は一切なく、ピカピカのままだった。

 「ほらね。本物なら傷ひとつつかないでしょ。電源もつけて確認してみれば?」

 電源をつけると、内部のデータもちゃんと無事だった。

 「それじゃあ、次行こうか」

 ________________________________________

 スマホ店を後にした翔夜たちは、市役所へ向かった。

 到着すると、綾華さんが言った。

 「それじゃあ綾は市役所で手続きしてくるから、翔ちゃんは来る途中にあった学校——これから通うところだから——先に行って見てきていいよ」

 「あの校舎、結構いっぱいありましたけど、どれに行けばいいんですか?」

 「小中高大で分かれてるだけで、全部学校名は同じだから気にしなくていいよ。高校っぽいところで待っていてくれれば。時間がかかるようなら大学の方で時間潰していてもいいよ。LINEもさっき追加したし」

 「大学の方で時間潰せるって言ってたけど、キャンパス内に何があるんですか?」

 「あの学校には6つの大きな建物があってね。3つが小中高用、1つが大学の授業棟、1つが技術職の研究所、最後の1つが娯楽施設なの。ゲーセン、UFOキャッチャー、カラオケ、大体のものはそこにあるよ」

 「大学にゲーセンがあるなんて初めて聞きましたけど、なんで作ったんですか?」

 「確かね、『この街に娯楽施設が少なくて、勉強も大切だけど、友達とゲーセンで遊んだのもいい思い出になるから作った』って言ってたと思う」

 「いいことを言ってますね。でもそのお金、どこから来てるんですか? あんな大きな建物を建てて、いろんなものを置くって、有名な私立でもお金が足りないんじゃないですか?」

 「私には金銭面はあまり分からないけど……私が大学一年の時に、依頼の成功報酬の一割を横領してたっぽいから、多分足りてないんじゃないかな?」

 「……横領? 問題になりませんか?」

 「普通に犯罪だけど、どうやら気づいたのが綾だけっぽいし、綾と龍ちゃんの分だけは横領しないことを誓わせて、問題になるまではそのままにしてるよ」

 「それって、全員分やめさせた方がよくないですか?」

 「それが一番いい結果だけど、綾と龍ちゃんの分だけ辞めさせれば最悪どうでもいいから、放置してるよ」

 (妖術師って正義のヒーローみたいなイメージが強かったんだけどな)と翔夜は思った。

 「だって、綾は正義のヒーローじゃないし。全ての人を助けることなんてできないから、自分と周りの大切な人だけ助けられれば十分だよ。まあそれと翔ちゃんも、これから妖術師になる訳だけど——思いやりの心は大切。でも、それ以上に自分を優先しないと術師の世界では生き残れないから。70%、いや80%くらいは自分、残りは他人。それくらいの気持ちでやっていかないと、精神が壊れるよ」

 そう言われて、翔夜は少し意外だった。でも気がつけば、口からは別のことが出ていた。

 「でも僕は、他人のことを守れるような妖術師になりたいです」

 本当にそう思っているんだ、と翔夜は自分で気づいた。ヒーローみたいな妖術師に憧れているから。

 それを聞いた綾華さんは微笑んだ。

 「そのためにも、まずは強くならないとね。生半可な強さじゃ、逆に足を掬われちゃうから」

 そう言ってから「そろそろ時間だからね、はい」と言いながら、千円札を10枚渡してきた。

 「こんなにいただけないですよ⁉」

 「余ったらそのままお小遣いにしていいから。ゲームを楽しむのはいいけど、綾が終わったら連絡入れるから、忘れないでね?」

 「え? ああ、はい」

 「それじゃあ、また後でね〜!」

 そう言いながら走り去っていった。

 (……とりあえず、言われたゲーセンに行ってみようかな)

 ________________________________________

 ゲーセンに着くと、まるまる1フロアがUFOキャッチャーで埋め尽くされていた。

 「うおー! スゲェー!」

 思わず叫んで、周りから変な目で見られた。でもそんなのはどうでもいい。とにかくUFOキャッチャーをやりたい。

 昔は家が貧しく、2〜300円で取った景品を定額で売っていた時期もあったほどUFOキャッチャーに打ち込んでいた翔夜だ。今回はただ遊ぶだけだから、欲しいものか大きなお菓子でも取ろうと景品を物色し始めた。

 各都道府県の郷土料理、キャラクターの人形、ゲーム機、いろいろと並んでいる。そうして景品を見ていると、同い年くらいの女の子が3人いることに気づいた。

 その中の1人が、幼い頃によく遊んでいた幼馴染、須井美雪すいみゆによく似ていた。

 美雪との出会いは1歳頃にさかのぼる。近所に住んでいて年も同じで、周りに他の子供がいなかったこともあり、2人でよく遊んでいた。だが小学校に入る少し前、美雪の家が引っ越してしまい、それ以来会っていない。

 雰囲気や顔が似ているだけで、根拠はない。それでも確信を持ちかけた翔夜の耳に、声が届いた。

 「美雪ー! 何か取れた?」

 翔夜は聞き逃さなかった。

 やっぱり美雪だったのだ。ただここで話かけに行っても他の人もいて変な空気になりそうだったから話かけに行きづらかった。でもここの学校に入れば美雪と同じクラスになれるかもしれない。それだけで少し頑張ろうと思った。

 景品を物色しながら翔夜は最新ゲーム機のスイッチ2を2000円で取り、次を狙っていたちょうどその時、用事を終えた綾華さんと出くわした。

 「あっ、翔ちゃん見つけた。LINE送ったけど既読がつかなかったから直接来ちゃった」

 LINEのことをすっかり忘れていた。

 「あ……あはは。UFOキャッチャーで夢中になっていて、LINE見るの忘れてました」

 「まあ、待ち合わせ時間まではまだ少しあるから大丈夫だよ。でも、LINEは定期的に見ないと大変なことになるから気をつけようね?」

 「は……はい。ごめんなさい」

 「別に謝らなくていいんだけど。ところで、何かいいの取れた?」

 翔夜の手の袋の中を見て、綾華さんが目を見開いた。

 「これスイッチ2⁉ あのアームの仕様で取れたの⁉」

 「UFOキャッチャーは結構得意なので。アームで取れないように挟み込んで取りましたよ」

 「それが出来るなら誰も苦労しないんだよ、翔ちゃん……」

 少し落ち込んだような表情をした後、立ち直って「そろそろ待ち合わせの時間も近いから行こうか」と言った。

 ________________________________________

 やがて2人は、高校の校舎の前に立っていた。

 「約束では、ここで待っていたら向こうから来てくれるはずだから、ここで待とうか」

 「分かりました」

 数分待っていると、スーツを着た女性がこちらへ歩いてきた。少し紫がかった黒色の長い髪で、綾華さんより背が少し低い。その姿を見た瞬間、綾華さんが猛ダッシュして飛びついた。

 「久しぶり、冥姉ちゃん!」

 「久しぶりね、綾ちゃん。でも、会うたびに飛びついてくる癖はやめてほしいなぁ……」

 「えー、久しぶりに会えたんだし、いいじゃん。冥姉ちゃんは綾と会えて嬉しくないの?」

 「そんな訳ないわ。嬉しいよ」

 2人で抱き合った後、綾華さんがこちらを手招きした。

 「翔ちゃん、来て来て!」

 駆け寄ると、綾華さんが紹介してくれた。

 「この人は綾のお姉ちゃんの友達で、この高校の校長。名前は夜道冥凛やどうめいりんっていうの。1回は聞いたことある名前でしょ?」

 ——七天の夜道冥凛。

 七天とは名前の通り、妖術師の中で最上位クラスの実力を持つ七人に与えられる称号だ。六属性(火・水または氷・風または地・雷・光・闇)に自由枠を加えたグループで、七天になれれば富も地位も名誉も欲しいだけ全部手に入ると言われている。なるためには六属性で一番になるか、自由枠で勝つしかない。だから七天になった者が出ると、胴上げで街を一周したところもあるというくらい、すごいことなのだ。

 「七天の夜道冥凛さんですか?」

 「まあ、ちゃんと言うなら元だけどね。よく覚えてたじゃん、えらいえらい」

 なんか子供扱いされてる気がする……。

 冥凛さんが手を差し出してきた。

 「私のことを知ってくれているなら話は早いわ。よろしくね、翔夜くん」

 握手しながら「よろしくお願いします」と返すと、翔夜たちは校長室へと案内された。

 ________________________________________

 校長室に通され、席に座ってお茶を出してもらうと、冥凛さんの雰囲気が切り替わった。

 「それじゃあ綾華さん、今回の用件を聞かせてもらえる?」

 口調が変わり、仕事モードに入ったようだ。

 「翔ちゃんをこの中学に籍を置いてほしいの」

 「理由は?」

 「翔ちゃんは最近まで一般人だったから、妖術に関することが何も分からない状態なの。高校の入試までに鍛えておきたいんだけど、そうすると学校に通ってる時間がなくなるから、その辺りをうまく融通してほしいんだよね」

 冥凛さんはしばらく考えてから言った。

 「言い分は分かったわ。でも——ダメね」

 「えー、なんで。お金の問題なら、綾はどうにかできるよ?」

 「お金も大切だけど、その子自身にそこまでする価値がまだない、ということよ。あなたからの推薦というだけで価値はある。でも、それだけでは足りない。その子自身の本当の価値が分からないと、私としても動けないわ」

 翔夜が何を言えばいいか分からずに綾華さんを見ると、(大丈夫大丈夫、ここは任せて)と言っているかのようなウィンクが返ってきた。どうやら何も喋らなくていいらしい。

 「確かに、まだその子の価値について話してなかったね」と綾華さんが言う。「でも、聞いたら冥ちゃん死ぬほど驚くと思うよ?」

 「そんなに言うなら聞かせてちょうだい」

 綾華さんは自信満々に言い放った。

 「翔ちゃんは多分、いや100%、今代の六原色だよ! 入学させる価値しかないでしょ?」

 冥凛さんはお茶を吹き出した。

 「ちょっと冥ちゃん⁉ お茶めっちゃかかったんだけど!」

 驚きすぎて、冥凛さんの口調が戻っていた。

 「綾ちゃん⁉ 六原色の詐称は死刑になってもおかしくないのよ⁉ それだけの根拠があって言っているのよね?」

 「根拠ならたくさんあるよ。まず、六原色が翔ちゃんの年齢と同じくらいの期間、不在していること。2つ目は、翔ちゃんのお父さんが先代の六原色で、亡くなってから生まれるのが早かったのは翔ちゃんのはずだし、これで翔ちゃんが六原色確定って言ってもいいでしょ。それに、天野のところで産まれていたら、もう公表されてたはずじゃない? あそこは六大家でそれくらいしかマウント取れないんだから」

 天野とは、六大家系のうち光属性を持つ家系だ。六原色が産まれるのは基本的にこの家系と言われているのは知っていたが、先代が死んでから最も早く産まれた者が次の六原色になるという条件は知らなかった。

 「六原色の産まれる条件って知らなかったんですが、どういう条件があるんですか?」

 綾華さんは少し驚いた顔をした。

 「知らなかったんだね。説明するとね、先代が死んでから最も早く産まれた、かつその人に近い血筋の人が次の六原色として産まれてくるらしいんだよね。それで先代の六原色だった翔ちゃんのお父さんが死んで、少し経ってから翔ちゃんが生まれてるから、翔ちゃんが六原色ほぼ確定ってこと」

 翔夜は驚いて思わず声を上げた。

 「えーーーーーーーー⁉ 僕のお父さんって六原色だったの⁉」

 「え? お母さんから聞かされてなかったの? あの人なら言ってそうなのに意外だな」

 「そんな重要なこと、もっと早く言ってほしかったんだけど……。」

 「だっていきなり『君は六原色だから今日から妖術師になってもらうよ、拒否権はないから』なんて言い出したらやばいでしょ。職業選択の自由がないじゃん。まあ本当の理由は、変に責任を押し付けてパフォーマンスが落ちてほしくなかったんだよね。最初は妖術や武器を使うのが楽しくて、自分から学んでいきたいって思ってもらうことが大切だし」

 バカっぽく見えて、結構ちゃんと考えているんだ、と翔夜は思った。

 「お話はよろしいかしら?」

 横から冥凛さんの声がした。翔夜は大事な取引相手のことをすっかり忘れていた。

 「ごめん冥ちゃん、続きをしようか」

 冥凛さんが口を開いた。

 「もし翔夜くんの六原色が本当なら、話を受けるわ。試験も全部免除してあげる」

 「本当に!? いいの?」

 「翔夜くんがちゃんと六原色だった場合の話よ。まずちゃんとした証拠を持ってきてちょうだい。綾華さんなら簡単でしょ?」

 綾華さんは一瞬頭に「?」が浮かんでいたが、すぐに意味を理解したようだった。

 「あー、あれのことか。確かに、綾なら持ってこられるかもね」

 こうして話は終わり、車へ戻る道すがら、翔夜は聞いた。

 「さっき言ってた『あれ』って何のことですか?」

 「翔ちゃん、六原色の見分け方って知ってる?」

 「確か、六原色のフォルムになって戦うから、それで分かるんじゃないですか?」

 「正解。でも、それだけじゃ六原色であることの証明には足りないんだよね。だから綾が必要なものを別の日に取ってくるよ。後は服だけ買って帰ろうか」

 「うん、分かった」

 そうして2人は、服や日用品を買い揃え、昼ごはんを食べて家へ帰った。

 ________________________________________

 家に帰り、ソファーでぐったりしていると、時間は18時を回っていた。

 「翔ちゃん、今からでいいんだけど、妖術師に関することをどれくらい知ってるか聞かせてほしくて。2階の部屋でいい?」

 そう言われて2階へ行くと、昨日見た部屋と様子が違った。壁にホワイトボードが掛けられていて、机と椅子が一組置いてある。

 「なんでこんな授業部屋みたいなところが?」

 「今日からここで、綾や龍ちゃんが勉強を教えるところだよ。ちゃんと翔ちゃんの部屋とは別の部屋だから安心してね」

 「2つの部屋を使っていいんですか?」

 「元々お姉ちゃんが使っていた余りの部屋だから気にしなくていいよ」

 そういえば、綾華さんにお姉さんがいると冥凛さんとの会話で言っていたのを思い出した。

 「綾華さんにお姉さんがいたんですね。どんな人なんですか?」

 「とても優しい人だったよ。アニメとかによく出てくる優しいお姉さんキャラって感じ。それと、綾のお姉ちゃんは結構前に歴史的快挙で一躍時の人になったから、翔ちゃんも名前は知ってると思うけど。雹水春ひょうすいはるって言う人なんだけど」

 「あの人が綾華さんのお姉さんなんですか⁉」

 雹水春。武器だけを使って七天になったという歴史的快挙で、10年ほど前にテレビやSNSで大々的に報道された人物だ。翔夜が妖術師になりたいと思うきっかけにもなった人でもある。上層部が「術も使えない者を七天にする訳にはいかない」と一悶着あった後、報道されなくなった覚えがある。

 ——でも、確か雹水春は7〜8年前に亡くなっていたはず。

 「あまり聞くのはよくないかもしれないんですが、雹水春さんって7〜8年前に亡くなってませんでしたっけ?」

 「……うん、そうだよ。だからあんまり気にしなくていいよ」

 言い終わると沈黙が流れた。気まずい空気になってしまった。翔夜が悪いのは分かっているが、それでも気まずい。

 しばらくして、綾華さんが気を取り直した。

 「そうだ、翔ちゃんが妖術師のことをどれくらい知ってるか聞こうとしてたんだった。でも、やっぱりめんどいから1から説明していい?」

 「え……うん」

 「分からないことがあったら、遠慮なく聞いてね?」

 そう言いながら、綾華さんはホワイトボードへ書き始め、解説を始めた。

 「まず、妖術師って何をする仕事かというと——街に出てきて人を襲ってる邪神や、人社会に潜伏してる邪神を炙り出して人間を守る仕事なの。たまに警察が対処できない犯罪者や、妖術師として強すぎる犯罪組織を相手にすることもあるから、そこも覚えておいてね。……質問がある人!」

 こちらを向いたが、翔夜は手を挙げなかった。

 「なさそうね。じゃあ次——妖術師の強さを表す等級は知ってる?」

 「確か5級・4級・3級・準2級・2級・準1級・1級・神級でしたよね?」

 「正解。非公式な呼び方だから気にする必要はないけど、神級の中にも下位・中位・上位って分けがあって、これから会う神級の人がそういうことを言ってくるかもしれないから、覚えておいてね」

 「分かった」

 「じゃあ次は邪神側の等級ね。こっちは5級、4級、3級、2級、準1級、1級、邪神、邪神王の順になっていて、妖術師側と違って準2級がないんだよね」

 「なんで準2級がないんですか?」

 「いい質問。2級と3級の邪神には明確な違いがあって、それが何か分かる?」

 「テレビとかでそんな話聞いたことないから、分からないです」

 「そっか。正解はね——2級以上の邪神は人型に近い見た目をしていて、3級以下は虫や動物のような見た目をしているの。3級以下の邪神は依頼場所で探すのも簡単だし、そんなに強くないんだけど、人型になると知性があるから探すのも面倒だし、戦う時も知恵を使ってくるから、他の級と比べて級差が大きいんだよね」

 翔夜がぼんやりしていると「前置きが長いのは分かってるから、もうちょっとだけ聞いて。ここから重要だから」と綾華さんが続けた。

 「それで、妖術師の学校の1年生の最上位クラスはだいたい2級くらいの強さを持ってるんだけど、経験の少ない子が多いんだよね。だから2級の依頼を一人でやると失敗したり死んだりすることが結構あって、そういう学校に通ってる経験の浅い術師のために準2級が作られたの。準2級の術師は、2級の依頼をする時は必ず2人でやるのが条件になってるよ」

 「なるほど、ちゃんとした理由があるんですね」

 「ちなみに翔ちゃんには、学校に入る時には最低でも準2級レベルになってもらうからね」

 さっき、1年の最上位クラスが2級レベルだという話をしたばかりなのに。

 「えっ……流石に嘘ですよね?」

 「嘘な訳ないでしょ。今日のご飯が終わったらみっちりしごくから、覚悟してね?」

 僕の人生はここで終わりかもしれない、と翔夜は思った。

 「次は邪神についてね。まず邪神というのは、だいたいのやつらは妖力を纏って肉体を手に入れた化け物で、基本的に人気のない場所に湧いてくるの。そして人を本能的に襲ったりするんだけど、嬲るために食べたりはしないんだよね」

 その話を聞いて、翔夜は疑問を口にした。

 「じゃあ、なんで僕の母さんは邪神に食べられてたんですか?」

 思い返してみると確かに変だ。妖術師が死んだ時に邪神が妖力を食べるために食うことはあるらしいが、母は妖術師ではなかった。

 「確かに! なんでだろう」

 綾華さんも驚いた顔をして少し考えたが「今のところはまだ分からないから、時間のある時に考えておくね……」と言った。

 一旦その話は置いておくことにした。

 「それで、妖力を持っていなかったり、持っていても妖術を知らない一般人からすると、5級の雑魚邪神ですら命取りになることがあるから気をつけてね」

 言い終えると、質問タイムが始まった。

 翔夜はいくつか疑問に思っていたことを聞いた。

 「母さんを殺したあの邪神は何級ですか?」

 「ん〜……多分ね、四季邪王の一体——夏を司っている紗炎しゃえんじゃないかなって思ってるんだよね」

 四季邪王。邪神王の中でもさらに上位の強さを持つと言われている4体で、初代六原色の逸話の中でも特に有名な邪神だ。逸話では昔は手当たり次第見つけた村を焼き討ちにしてそこにいた村人を皆殺しにしていた。と言われていて途中で清暙が訪れていた村を襲いそこで清暙と戦いになって封印されていたとされているが、最近全部の封印が解かれてどこかへ行ったというニュースを見た覚えがあった。まさかその四季邪王が母を殺したとは。

 「なんであれが四季邪王だって分かったんですか?」

 「逃げる時に使った妖術が、邪神王でも使うのに手間取りそうなやつを速攻で使ってたから、最近出てきた四季邪王かなって思って」

 「なら、四季邪王をあんなにボコボコにしてた綾華さんは何者なんですか?」

 「ん〜……神級の上位なら邪神王とサシでやり合って勝てる人もいるにはいるから綾もそんなところだよ。とりあえずの翔ちゃんの目標は紗炎を倒せるようになることだね。」

 「僕が紗炎を倒せるようになるにはどれぐらいかかりそう?」

 「どうなんだろうね。翔ちゃんの頑張り次第だと思うけど結構時間が掛かるんじゃないかな?」

 そう言われて少し心配な顔をすると綾華さんが「大丈夫だよ。翔ちゃんが頑張ればちゃんと倒せるようになるよ。その為にも明日からの修行頑張ろうね。」

 とりあえず僕は次の質問をした。

 「それとあんまり前から思ってたんですけど邪神級と邪神王の違いって何があるんですか?」

 「邪神級と邪神王の違いは基本的な神級が倒せるぐらいの強さかどうかの違いかな。神級になるには結構ちゃんとした決まりがあるんだけど、その中の1つに邪神級を倒すことがあるからそこの違いを出すために分けられているって言う感じかな。逆に邪神王は神級ですら倒せないぐらい強いからそう言ったのは七天とかの仕事になるよ。逆に言うなら七天へなりたいなら邪神王を独りで倒せるようにならなきゃダメってことだね。」

 「と言うことは七天が倒せるか怪しいぐらいの強さのやつを倒さなきゃいけないのか……でも妖術師になるならそれぐらい大きな目標の方がいいよね。」

 そう言うと綾華さんは驚いた顔をして「綾が言おうと思ってたこと言われちゃったね。でもその通りだよ。それぐらい大きな目標方が長続きしやすいからね。」

 そして僕は最後の質問をした。

 「なんで妖術や妖力って言うのに、邪神って呼ばれるようになったんですか? 妖怪とかで統一した方が分かりやすいんじゃないですか?」

 「それ、綾も子供の時に思ったことがあるんだけど——ちゃんと理由があるんだよ」

 「やっぱりちゃんとした理由があるんですね」

 「なんで妖怪って名前を使わないかっていうと、妖怪というのが邪神とは別に存在しているからなの。」

 「え? そんなのがいたなんて……」

 「まあ、分類的には邪神なんだけど、邪神のような危険性がないし、むしろ友好的なやつらだよ。雪女とか九尾とか、日本昔話に出てくる妖怪が大体いるよ」

 「思ったよりちゃんとした理由があるんですね」

 「でも、妖怪が関わる依頼は基本的に妖怪関連に強いお坊さんがやるから、妖術師に回ってくること自体が珍しいよ。今は気にしなくていい」

 「お坊さんがそんなことをするなんて聞いたことがないですけど……」

 「妖術師にならないと知らないことだしね。そもそも妖術師が一般的になったのも4〜50年ほど前だから、一般の人が知らないことも多いよ」

 そう言ってから「これである程度は話したから、ご飯食べてお風呂入ってゲームでもする?」と綾華さんが言った。

 時計を見ると、19時を回っていた。

 「そういえば、龍輝さんはまだ帰ってきてないんですね」

 「さっき実家の方で泊まるって言ってたから、今日は帰らないよ。仕事が終わらなかったんだろうね」

 「じゃあ、今日の晩御飯は綾華さんが作るんですか?」

 「綾は家事が丸っきりできないから、Ub◯rで頼もうと思うけど、何が食べたい?」

 「前に友達が奢ってくれて美味しかったけど、お金がなくてそれ以来食べられなかった吉◯家の牛丼が食べたいです」

 それを聞いた綾華さんは、泣き出した。

 「それじゃあいっぱい頼むから、お腹いっぱい食べなよ……」

 そうして翔夜と綾華さんは、牛丼をお腹いっぱい食べてさらにクソまずい羊羹を食べて、風呂に入り、2人でゲームをして眠った。

0章は④ぐらいまで書く予定です。全部書いた後は0章全部まとめる予定です。

ただ④まで書くのにいつまでかかるかは分かりません。割と不定期で書く予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ