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2.あなたのそばにいるために

 有言実行、善は急げ、急がば回れ。……あれ、最後のは違う? まあとにかく、やると決めたからには取り掛からないといけない。

 目指すところははっきりしていた。だってとっても助かる働きをしてくれて、手放しがたい存在だったら毎日近くにいる。


 ……とりあえず、リオに頼らなくても大丈夫なくらい、一人で身の回りのことをできるようにならないと!


 リオも、今までやってくれているのをいいことに全部任されて、さぞかしうんざりしていたことだろう。これを期に、ちょっとでも見直してもらおう。


『ネネ……お前、実はこんなにしっかりしていたんだな……! 見直したぜ! 一生俺の小間使いにしてやるよ!』


「ふふふ……」


 リオにそう言われるのを想像して、私は顔面をゆるゆるにした。よし、そうと決まれば……うん、まずはご飯からだ! ずっとリオに作ってもらっていたけれど、私の料理の腕を披露して喜んでもらおう!




「……おいネネ、珍しく早起きして何かしていると思えば……なんだこれ」


「……あ、朝ごはん……」


「この……玉虫色の物体、が……?」


「あのねリオ、炭の色とかじゃないのが、また凄く怖くて……」


 皿の上に乗った玉虫色の球体に、私は戦慄していた。普通に、ぜったい普通に作ったはずなのに。一周回って料理の才能があるということにならないかな。無理かな。


 しょんぼりしながら捨てようとしたけれど、リオはなんと青ざめた顔で全部平らげてくれた。

 百回くらい止めたけれど、なんならスプーンを持つ腕にぶら下がってもみたけれど、リオは止まらなかった。


「……あの、お味のほどは……」


「……無味無臭だな。食感はこう……ぶよぶよとしている」


 怖すぎる。私は二度とキッチンには立つまいと決意した。

 ……リオが玉虫色になったらどうしよう。





 ──料理がだめなら、次はお洗濯だ! リオの鮮やかな手つきに感心して眺めてたことがあるから、やり方は大体分かるし大丈夫なはず!


「ええと、桶に水を入れて……この洗剤、一回一本でいいんだっけ? とりあえず全部入れてみよう」


 ……結果。


「おいネネ! どこだ!! 無事か!? クソッ何も見えない……なんなんだこの泡!!」


「リオぉ……ごぼごぼごぼ……うぇ、にがい……」


「ネネ!! 今助け……ごぼ、ぺっ、ぺっ!」


 後から知ったけど、あの洗剤は一滴でいいものだったらしい。泡に溺れる私をリオが懸命に救出してくれたものの、家の中のものが全て泡まみれになってしまったので、その日の業務は全停止になってしまった。あと泡まみれのリオにめちゃくちゃ怒られた。


 ……私、まだご主人様のはずなのに、どうして正座させられて泣きべそかいてるんだろう。





 めげない懲りないへこたれない! が座右の銘の私。炊事洗濯ときたら、次はお掃除と相場が決まっている。

 ……でもいきなり全部はちょっと怖いから、まずは自分の部屋で練習しようかな。決して前二つの失敗に怖気付いたわけじゃない、ないったらない。


「リオー、しばらく私のお部屋に入らないでくれる?」


「は? どうして」


「えっと、……リオにはちょっと、見られたくないものがあるというか」


「……お前が? 俺に、今更か? 裸も平気で晒すくせに?」


 ぐうの音も出ない。何せ十年近く、下着の洗濯から部屋の掃除まで全部やってもらってたんだから。

 いいから! とゴリ押して慌てて踵を返したけれど、私の背中を追う薄青い瞳にふと仄暗い色が宿ったことには気が付かなかった。




「っあ~~! リオ、入らないでって言ったでしょ! しかもなんかいつもより隅々まで綺麗にされてるし……!」


「……すまない、うっかり忘れていた。でも、お前が今更隠したがるようなものなんて何もなかったけどな。……なあ、結局何だったんだ」


「うう……もういいよ今更だもん……っあー!! ベッドの下で飼ってたアレキサンドロスまでいなくなってる!!」


「カビたパンに名前を付けるのはやめろ」



 お掃除作戦、やる前から失敗。……なんだろう、流石にちょっと落ち込んできたかも。



 テーブルに突っ伏して、私は重いため息を吐いた。


 ……私、本当にリオがいないと何にもできないんだなあ。リオはいっつも呆れた顔とか怒った顔してるし、最近は心配そうな顔ばっかり見てる気がする。笑って欲しいんだけどな。

 そういえば最初も最初、一緒に暮らし始めた頃はまだリオも家事とか慣れてなくて、私も一緒にやるよって言ったのに、全部断られていたような。


 ……できないって分かってるからやるなってことかな。ずっと信用されてなかったのかなあ。


 もう一度重いため息を吐いた時、ふと影がかかって、コト、と音を立てて顔の横に何かが置かれた。

 ふわりと湯気を立てるそれは、甘い香りのココア。私の大好物だ。顔を上げれば、優しい色をたたえた薄青の瞳と目が合った。


「リオ……」


「最近、何か疲れてるみたいだったからな。……なあネネ、何かあったのか?」


 少しへたれた耳に、胸がきゅうと締め付けられる。お礼を言って口をつけたココアは、いつもよりほんの少しほろ苦く感じた。


「何かっていうか……あのね、家事とか、できるようになってみたくて」


「ああ、あれはそういうことだったのか……できなくたっていいだろう、別に。お前は魔女なんだから」


「でも……」


 口ごもれば、ふとリオが薄青の瞳をゆっくりと細めた。綺麗な顔が近づいて、一緒の洗剤を使っているはずなのにすぐに分かるリオのいい香りがふわりと広がって。

 目を瞬いていれば、リオがうっそりとした笑みを浮かべてそっと囁いた。


「ネネはできなくていいんだよ、だって、俺がいるだろう? 料理も洗濯も掃除も、身の回りのこと、煩わしいことは全て、俺に任せておけばいい。ネネはいつも通り、傍で笑っていればいいんだ」


「……リオ……」


 ココアよりも甘い声に、無意識に全部預けて頷いてしまいそうになる。けれど、次のリオの言葉で私ははっと我に帰った。


「だって──俺はこれからもずっと、お前の使い魔なんだから」



「……っ! だめ!!」


 叫んで、私はガタンと椅子を倒して立ち上がった。半端に手を上げた状態でリオは目を丸くしていたけれど、構わず私は必死に首を横に振った。


「だめ、それじゃだめなの……」


「……は? 駄目って、何が。何に対して? どういうことだ」


「~~~っもう、だめったらだめなの! リオ、暫くお師匠様のところに行ってて! 手紙は飛ばしておくから!」


「はあ? おい、ちょっと待て……!!」


「発動、流星直通魔法便! さあ、この者をお師匠様のツリーハウスまで!!」


 杖をかかげてそう叫べば、小屋がもごもごと咀嚼するように大きく揺れたあと、リオの身体をぺっと外へ吐き出してしまった。

 そのあと、びゅん、という風を切るような音と共に、リオの声が遠ざかっていく。リオは酔いやすいからちょっとかわいそうかもしれないけど、背に腹は変えられない。


「……それじゃ、だめなんだよ、リオ。それじゃ一緒にいられないもん……」


 ぽつりと呟いてから、私はぺちんと両手で頬を叩いた。お師匠様はこの間うっかり見つけちゃった秘蔵本の件で脅すとして、リオが戻ってくるまでに、全部一人でできるようにならないと。


 大好きなリオと、ずっと一緒にいるために──ぜったいぜったい、理想的な小間使いになってやるんだから!





 ……けどまあ、意気込んだところで急にできるようになるわけもなく。


「い、生きていけない……できるようになる前にしんじゃうよ……」


 もう何がどうなっているのかも分からないくらいぐちゃぐちゃな家の中で、私はいつの間にか生えていた巨大キノコのかさの下、膝を抱えてめそめそ泣いていた。

 テーブルにはぎっしりと玉虫色の球体が並び、自室は泡にまみれ、よく分からない菌が立派なキノコになって顔くらい大きな胞子を放っている。お店はもう何日も臨時休業中だ。

 リオがこの有様を目にしたら、全身の毛を逆立てて烈火の如く怒るに違いない。


「お師匠様の秘蔵本、目の前で音読するぞって手紙で脅したから、どうにかリオを留めてくれているみたいだけど……それももう限界みたいだし……」


 ケモノ、オリコワス、ゲンカイチカシ、という何故かカタコトのお師匠様からの手紙をぺらりと指先で弄んでから、私はまた膝を抱えるとぐずぐずと鼻を鳴らした。


「もうだめ……寂しい、リオのご飯が食べたいよ……でも……」


 ここで泣き付いたら、遠くない未来に今度こそリオを失うことになってしまう。それだけは絶対にいや。


 本当に、どうして私はこんなに壊滅的に家事ができないんだろう。例えば興味のある魔法、お師匠様の座学から逃げたり隠れたりする魔法だったら、とってもうまく使えるのに──と、そこまで考えて、私はん? と首を傾げた。


 今、何かすごく大切なことを掴みかけたような──



「っっあーーー!! そうだ!! 魔法!!!」


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