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1.魔女と使い魔

「ん? ああ、お前があのオオカミ坊主にかけた隷属魔法なら、そろそろ期限切れるぞ。だってもう十年近く前だろ?」


「えっ」


 ぽろ、とティーカップが指から滑り落ちる。お師匠様が杖をかざして魔法で受け止めてくれたけど、それどころじゃない私はえええええええ!? と甲高い悲鳴を上げながら椅子を薙ぎ倒して立ち上がった。

 フードの下、銀の短髪から覗くお師匠様の新緑の色の瞳が非難を込めてこちらを見たけれど、とても構っていられない。


「な、なになにどういうことお師匠様!? リオにかけた隷属魔法が期限切れって! 聞いてないよ!?」


「どうもこうも……隷属魔法はかけた時、その時の魔女側の魔力量で継続時間が決まるんだよ。あの時お前ほんのガキだっただろ、十年保っただけで奇跡だっつーの」


 僕は教えたことあるぞ、お前座学ちゃんと聞いてなかっただろ、とぴしゃりと言われ、うっと言葉に詰まる。

 路傍に捨てられた孤児だったところを、何年経っても見た目が青年から一切変わらないこの不思議な魔法使いに拾われ、見習い魔女となってから早十数年。


 ネズミのような色の癖っ毛から情緒までそっくり子供の頃から成長できていない、不肖ネネ。眠くなる座学やお師匠様のお説教から逃れるための魔法ばかり得意になってしまった、立派な落ちこぼれ魔女である。


「そ、そうだ! もう一回かけなおしたら……!」


「隷属魔法は同じ対象に二回はかけられない、言っとくけどこれも教えたからな」


「じ、じゃあせめて、今度はお師匠様の使い魔にリオを……っ」


「はあ? あんなおっかない、しかも野郎の使い魔なんかいるかよ。会うたび殺意を込めた目で僕を睨んでくるんだぞ」


「じゃあじゃあ……どうしろって言うの~っ!!」


「僕が知るか馬鹿弟子! もう帰れ!!」


 ぽーん、と魔法のツリーハウスの窓から放り出され、挙句にぴしゃりと窓を閉められてしまう。

 慌ててほうきに飛び乗りながら、なんて酷い師匠なんだ、と私は散々に心の中であたり散らした。


 けれどそうやって気を紛らせても、頭に浮かんでくる姿はたった一人。


 金色の綺麗な毛並みの、ふわふわの耳と尻尾。おんなじ色のさらさらの髪の下から覗く、鋭い薄青色の切れ長の瞳。

 出会った時からはっとするくらいに綺麗だったけれど、最近は見上げるほどに背が伸びて、身体もがっしりとして……たまに、知らない男の人みたいで。


 出会った時は、あんなに痩せ細っていて、この世の全てを敵だと思っているみたいに真っ暗な目をしていたのに。


「……リオ……今更離れられるわけないよ……」


 ぽろ、と溢れた涙が、遥か下の地面に落ちて消えていった。






 出会いは十年前、人でごった返す街の中だった。魔法の座学が嫌で逃げ出した私を、お師匠様があっという間に見つけ出して引きずって帰っていた時のことだ。


『何だァテメエ、奴隷の分際で俺に逆らおうってのか!! オマエの命は俺の裁量ひとつなんだぞ!!』


 ばちん、という音と、街の喧騒なんて吹き飛んでしまいそうな大きな声に、一瞬周囲が静まり返る。それから、ひそひそと囁き声だけが漏れ聞こえてきた。


(傷だらけ……子供のオオカミ……奴隷が……)


 お師匠様は面倒ごとか、と舌を打って足早に通り過ぎようとしたけれど、好奇心旺盛だった私は顔を突っ込むようにして、声のした方をこっそりと覗き込んでしまった。


 真っ先に目に入ったのは、頬をおさえてうずくまるぼろぼろの布切れを纏った男の子。その金色の毛に包まれた三角の耳と尻尾が陽の光をはじいて、キラキラと光っていた。

 そうしてその前にいるのは、目を血走らせた、真っ赤な顔をしたきたならしい男。


 思わず息を呑めば、ふと男の子が顔を上げてこちらを向いた。ばちりと音を立てて目が合って、例えようがないくらい綺麗な薄青い瞳が、まっすぐに私のことを射抜いて。


 その瞬間、気がつけば私はお師匠様の手を振り解いて駆け出していた。


 おいネネ!? と素っ頓狂な声をあげるお師匠様の声を置き去りにして、無我夢中で駆けて、二人の前へと躍り出る。

 目を丸くしているきたならしい男には目もくれず、男の子のことだけを一心に見つめて、私は息せき切って叫んだ。


『ねえ、私あなたのことが欲しい! お願い、一緒に来て!』


 薄青い瞳が大きく見開かれて、そこに私が映り込んだのが嬉しくて、私は満面の笑みを浮かべた。

 けれどさあ連れて帰ろうとぐいぐい男の子の腕を引いたところで、呆気にとられていた男が瞬間湯沸かし魔法みたいに顔を真っ赤にして怒鳴りつけてきた。


『オイ、ガキ!! そいつは俺の奴隷なんだよ!! 見てみろ、腕に焼き印があるだろうが!!』


 言われて見てみれば、私が引いた痩せ細った腕には痛々しい蔓のような紋が焼き付けられていた。微かに魔力を感じるそれは、見るからにいたいたしい。

 眉をひそめていれば、諦めたように薄青の瞳が伏せられて、微かに腕を引かれる。やめておけというようなその仕草に、けれど私はむきになった。


 他の人のものだっていうこの印があるから、この男の子は私と一緒に来られない。……だったら、上書きしてしまえばいい!


『……うん、ちょうど昨日、お師匠様の本に書いてあったのをちょっと読んだから、きっとできるはず! 大丈夫、私に任せて!』


『オイ盗人のガキ、何をごちゃごちゃと……』


 男には目もくれず、懐からもらいたての杖を取り出すと、私は高く掲げて叫んだ。


『星の光よ、月の導きよ。この者は、魔を司る私の道の塵を払う者! 今ここに、隷属の証を与えたまえ!』


『おいネネ! やめっ……』


 追いついてきたお師匠様の静止も虚しく、掲げた杖の先がぱあ、と眩い光を放つ。自分でやったくせに驚いて、私は後ろに転げてしまった。


『わあ! っいたた……』


 言いながら起き上がれば、男の子が信じられないような表情で自分の腕を見つめていた。


『あ! ほら見て、模様が変わってる! 成功だよ、やったあ!』


 男の子の痩せ細った腕に刻まれた蔓のような模様は消えて、代わりに淡い光を帯びた五芒星の紋様が浮かび上がっている。この模様は、お師匠様の魔法の流派の模様だ。


『俺は……』


 声が出たことに驚いたように、男の子は薄い青色の目を見開いて喉に手をやった。その掠れた声にどきどきして、聞けたことが嬉しくて、私は男の子の手を両手で取って笑いかけた。


『私、ネネ! ねえ、私の使い魔になってくれる? あなたの名前は?』


 金色の毛に包まれた三角の耳が戸惑ったようにぴこぴこと揺れて、綺麗な薄青の瞳が瞬かれる。けれどその唇が開かれる前に、怒り狂った男が割り込んできた。


『テメェ……何してくれてんだ!! このクソガキ、ただで済むと思うなよ……!!』


 目を血走らせた男がつばをまき散らしながら喚いて、勢いよく腕を振り上げて。馬鹿な私がぽかんとそれを見つめていたら、男の子が焦ったように私の腕を強く引いて、庇うように抱え込んでくれた。


 けれど、結果的にその男が拳を振り下ろすことはなかった。男の子の腕の隙間から見えたのは、割り込んだお師匠様が杖をかざして、ぴくりとも動けなくなった男が驚愕の表情を浮かべている姿。


『面倒なことをしてくれたな、この馬鹿弟子』



 ……ここから先の記憶は、私にはない。後から聞いた話によると、急激に大量の魔力を消費したせいでふっつりと倒れてしまったらしい。

 場合によってはそのまま死んでもおかしくなかったと聞いて、ひぇ~と思ったのはよく覚えている。


 けれど、そんなことよりも。目が覚めたとき、私の手を握ってくれていた男の子の手のぬくもりと、真っ直ぐにこちらを射抜く薄青い瞳の方がよっぽど鮮明で、私にとって大切な記憶だった。


『……俺の名前はリオ。ネネ、俺の魔女、俺の主人。これからよろしく頼む』


 お師匠様には、後始末が本当に面倒だったとか、あの男が珍しいオオカミ獣人の孤児を違法に奴隷にしていたからどうにか穏便に済ませられたものの、そうじゃなかったら云々と散々にお説教を喰らった。

 でもそんなことどうでもよくなるくらい、あの時ゆるりと尻尾を振りながら、微かに浮かべられた笑みは、今でも私のいちばんの宝物だ。



 ……とはいえ、あの眩しいものを見るような穏やかな笑顔は一緒に暮らすうちにすぐに鳴りを潜めてしまうのだけれど。



『おいネネ、どうして靴下が全て片方しかないんだ、おかしいだろ。お前は足が二本あるはずだろう』


『ネネ、庭の花が不気味な声で斉唱しているのはお前の魔法のせいか』


『おいネネ、ニンジンが嫌いだからって魔法で手足を生やして庭に放逐するな、生態系が崩れるだろう!!』



 日を追うごとに呆れた顔か怒った顔か、圧のある笑みばかり見るようになって、お師匠様がそっと背後からリオを拝む姿が度々目撃されて。

 それはリオに任せておけば安心とばかりにお師匠様が単身で魔法のツリーハウスに引っ越してしまってからも変わらず、とうとう出会って十年経った今日、私は細々と魔法薬を販売しつつ、生活のほとんどをすっかり面倒見のいいリオに依存している有様だった。




「ただいまぁ……」


「ああ、おかえりネネ。食事できてるぞ」


「……リオ……」


「? どうした……何か疲れてるな、あの陰険な師匠にしごかれたのか」


 先に風呂でゆっくりするか、と甲斐甲斐しく申し出てくれる姿に、思わずじわりと視界が滲む。三角の耳に長い尻尾。綺麗でさらさらな金色の髪と、切れ長の薄青い瞳。

 ちびのまま成長が止まってしまった私と違って、リオはぐんと背が伸びた。ずっと目を合わせていたら首が痛くなってしまいそうなほどに。


 だけど瞳の奥の優しい光だけは、私を主人と呼んでくれた日からずっと変わっていない。


「……ネネ?」


 心配そうな声と共に大きな手が伸ばされて、慎重な手つきでそっと灰色のくせ毛をすかれる。その腕には、あの日から変わらない五芒星の隷属の証。

 綺麗な薄青の瞳に映り込むネズミ色の私は、今にも泣き出しそうなひどい顔をしていた。


 あの時は本当に子供で、隷属魔法がどういうものかなんてよく分かってなかった。ただ、使い魔にしたらずっと一緒にいられるとしか考えてなくて。

 後から、使い魔になるということは主人の言うことに逆らえば酷い苦痛を伴い、命令されればその命さえも明け渡す一方的な契約なのだと知って、ちょっとだけ悩んで……それでも解放なんてしてあげられなかった。


 だって、リオは格好良いだけじゃなくすごく強くて頭もよくて、一人でだって生きていける。隷属魔法がなかったら、落ちこぼれの私のそばになんてきっと居てくれない。

 初めて見たときから、ずっとずっと、本当にリオのことが大好きだから、どうしても一緒にいたかった。


 魔女の世界では、無理矢理だってなんだって、手に入れたもの勝ち。隷属魔法さえあれば、リオはずっと私のそばにいてくれる──なんて。

 綺麗なリオに相応しくない、醜いことを考えていたから、とうとうバチが当たってしまったんだ。


 お風呂にするね、と呟いてふらふらと浴室に向かう私の背中を、リオの薄青の瞳がじっと追いかけていたことには気が付かなかった。




(……リオと、ずっと一緒にいたい。諦めるなんて絶対絶対無理だよ……でも、どうしたらいいんだろう……)


 お湯の中でぶくぶくと呟いて、ない頭をぞうきんみたいに必死に搾る。私がもっとデキるすごい魔女だったら、リオも使い魔でいることを誇らしく思ってくれるかもしれないけど、実際はリオがいないと人としてまともな生活も送れない始末だ。

 せめてもうちょっと身の回りのことを自分で……いや、リオの手伝いくらいできたら──と、ここまで考えたところで、ピキーン! と天啓が降りてきた。


 ──そうだ、何で気が付かなかったんだろう。


 リオが私の使い魔じゃなくなるなら……代わりに私が、リオの使い魔になったらいいんだ!


 ばしゃ、と盛大に水をはねさせながら浴槽から立ち上がる。実際にはリオは魔法使いじゃないから強力な隷属魔法は結べないけど、もう少し軽い上下関係だったり、それこそ奴隷契約なら結ぶ事が出来る。

 リオだって、ずっと私の面倒を見続けて、言わないだけで鬱憤が溜まっているに違いない。そんな私を今度は好きにこき使えるとなれば、きっと喜ぶはず。


 デキる魔女になることは難しくても、手放しがたい小間使いくらいにだったら、頑張ればなれるかも……! そうしたら、ずっとリオの側に置いてもらえる!


 天才的な発想が嬉しくて、私はざぶんと波を立てると意気揚々と浴室を飛び出し、リビングまで一直線に駆け抜けた。


「リオー!! 待ってて、私頑張るから!!」


「は?」


 湯気を立てる食事を並べてくれていたリオは、こっちを振り返ると薄青の綺麗な瞳をいっぱいに見開いた。途端、ぼんと耳と尻尾の毛が逆立って、肌がぶわりと真っ赤に染まる。

 どうしたんだろう、と私が首を傾げるのと、リオが耳がもげそうなくらい大きな声を上げたのは同時のことだった。



「ッッッ服を!! 着ろ!! このバカ魔女!!!」



 バカって言われた。私、一応ご主人様なのに。……やっぱり、隷属魔法がもう切れかかってしまっているのかもしれない。


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