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第一章 ⑦
「よければどうぞ。」
その手には傘を持っている。
違う。僕は傘が欲しいわけじゃない。
もしそうだったとしても、こんなにずぶ濡れの人から傘を奪うようなことはしない。
「あっ…そうだ。」
僕は急いでリュックからフェイスタオルを出した。
汗かきな僕の夏の必需品だ。
「雨で少し濡れてるかもだけど…どうぞ。傘は、大丈夫です。」
そう断って彼女にタオルを差し出した。
「ありがとう…ございます。」
傘を置いた彼女は、頭を下げながらタオルを受け取り、ゆっくりと顔、髪に押し付けた。
水分のなくなった顔にもう涙はなかった。
僕はほっとした。
女性に涙の訳を聞くのは、僕にはハードルが高すぎたからだ。
このまま立ち去りたい気持ちにも駆られたのだが、雨はまだ止みそうにないし、授業にももう間に合いそうにない。
「座っても…いいですか?」
僕は彼女の隣を指差した。
「あ…はい、どうぞ。」
こくりと小さく頷く。