9話 クラーケン
クラーケン討伐隊を乗せた船はハーラの港を出発した。港からクラーケンの現れる近海までは一日程かかるようだった。
そこに着くまでブレイズたち討伐隊は、船から見える景色を楽しみながら船に揺られていた。
海は凪いでいて、船の周りには海鳥が飛んでいた。また船上には心地よい風が吹いていた。しかしヘルガにはそれを楽しむ余裕はなかった。
内地に住んでいたヘルガは船に乗るのが初めてだった。そのため最初ヘルガは大はしゃぎだった。
「すごいわね! 海がとっても綺麗だわ!」
海の青さや広さに感動していたのは最初だけで、ヘルガの顔色は徐々に悪くなっていった。ヘルガは初めての船酔いを経験していた。
最初のはしゃぎっぷりが嘘のように、ヘルガは虚ろな目でただ静かに遠くの景色を眺めていた。そして時折我慢の限界を迎え、甲板から海に向かって嘔吐していた。
ブレイズはそんなヘルガの背中を優しく擦ることしか出来なかった。その様子を見ていた他の討伐隊の面々は、ヘルガは役に立つのか不安に思っていた。
「おいおい嬢ちゃん、そんなんで大丈夫かよ」
一人の傭兵がヘルガをからかった。ヘルガは何か言いたそうな目で傭兵を睨んだが、船酔いのせいで何も言えなかった。
それから数時間、ヘルガはようやく船酔いを克服した。そしていつもの感じに戻って、夜には食事も喉を通るようになっていた。
※
港を出発して一日、討伐隊を乗せた船はクラーケンが出没しているという海域に着いた。そこはまさに船の墓場といった感じだった。
壊れた船の残骸や積荷などが散乱しており、クラーケンの脅威を測ることが出来た。特に船などは真っ二つに折れているものもあり、クラーケンの大きさ、そして力の強さを想像させた。それを見た討伐隊は今一度、気を引き締めた。
そして船がその近辺を移動していると、突然船が大きく揺れて動きを止めた。
「なんだ、岩礁にでも当たったか?」
「ここは岩礁があるほど浅くねえよ」
船を操舵している乗組員が原因を話し合っていた。
「来たんだろ、クラーケンがよ」
討伐隊はそれぞれ武器を取り、臨戦態勢に入った。そして乗組員たちは急いで船内に隠れた。船が止まって少し待っていると、船の下に大きな影が現れた。
そしてその海の影から大きく太い触手がせり上がってきた。触手は船の側面を撫でながら、徐々に甲板に上がってきた。
そして一人の若い魔術師が触手に向かって炎の魔法を放った。
「爆ぜろ! クラーケンが!」
炎の当たった触手は大きく震え、海の中へ戻っていった。そして次の瞬間、船が一際大きく揺れ、クラーケンが攻撃を始めた。
クラーケンは甲板にいる討伐隊に触手を叩きつけた。それを食らった傭兵は痛みで動けなくなった。クラーケンの一撃は重く、一振りで人間の命を奪うことが出来た。
またクラーケンは触手で討伐隊を巻き取り、そのまま海に引きずり込もうとした。
「うわぁ! 助けてくれーっ!」
ブレイズとヘルガは討伐隊に巻き付いた触手を、大太刀と槍で切断して引きずり込むのを阻止した。
「大丈夫か?」
「あぁ、何とかな。助かったよ!」
討伐隊は甲板で触手の相手をしていた。そして魔術師は海の中のクラーケンを直接狙って魔法を放った。
しかし水の抵抗で魔法の勢いが落ちて、致命傷にはならなかった。それを見たブレイズは船に積まれていた巨大な銛を手に取った。
そしてそれを海中のクラーケン目掛けて、全力で投擲した。銛はクラーケンの奥深くまで突き刺さった。しかしそれはクラーケンを怒らせただけだった。
怒ったクラーケンは狙いを人から船に変えた。船を破壊しようとし始めたのだ。触手を船全体に巻き付け、船が軋むほどの力で締め上げた。
「船を破壊されたら、一溜まりもねぇ! 全力で船を守れ!」
ブレイズは討伐隊に船を守るよう発破を掛けた。それを聞いた討伐隊は触手を切断し、船を守り始めた。
しかし切っても切っても、触手は海の中から現れた。無数の触手に討伐隊は防戦一方だった。
「これだとジリ貧だ! 俺たちがクラーケンを海から引き出す! 少しだけ守ってくれ!」
この状況を打破するために魔術師たちは強力な魔法を使おうとした。魔法を使って海からクラーケンを引きずり出すというのだ。
しかしその魔法は集中して詠唱する必要があるため、その間魔術師を守る必要があった。
「わかった! 野郎共、魔術師と船を触手から守るぞ!」
作戦を聞いたブレイズは討伐隊に指示を出した。指示を聞いた討伐隊は結束して魔術師と船を触手から守りだした。
ブレイズたちは迫り来る無数の触手を斬りながら、クラーケンの猛攻を耐えた。そして耐えること数分、ようやく魔術師たちの詠唱が終わった。
「このクラーケンが! 出てきやがれ!」
魔術師たちが呪文を唱えると、巨人のものよりもさらに大きな手が顕現し、それが海中にいるクラーケンを捕まえた。
そして巨大な手は海中からクラーケンを引き上げた。海中から出たクラーケンは触手を振るって抵抗した。
討伐隊は銛を投げたり、魔法を撃ったりしてクラーケンを弱らせた。そしてクラーケンが触手を振れなくなるほど弱ったところで、ブレイズはクラーケンに向かって飛びかかった。
ブレイズは大太刀を大きく振りかぶると、それを力一杯振り下ろした。切れ味の増した大太刀はそのままクラーケンを一刀両断した。
真っ二つになったクラーケンはそのまま絶命した。そして辺りの海と船はクラーケンから出た墨で真っ黒に染まった。
クラーケンが動かなくなったことを確認した討伐隊は、勝利の雄叫びを上げた。そして船はクラーケンの死骸を引っ張って、ハーラの港へと戻った。
※
討伐隊を乗せた船が戻ると、大勢の人が港に押しかけた。討伐隊の無事、そしてクラーケンの討伐の報告を聞いた人たちは大きな歓声を上げた。
クラーケンの死骸は港に打ち上げられ、それを見た漁師や商人はその姿を恐れるとともに、もうクラーケンに悩まされることがないと安堵した。
ブレイズたち討伐隊が船を降りると、大きな拍手と歓声で迎えられた。まるで英雄が凱旋したかのような扱いだった。
ブレイズはその反応に懐かしい気持ちになっていた。ブレイズが王宮に勤めていた頃は、怪物討伐をした後、今回のように歓声と拍手で迎えられることが多かったからだ。
そしてクラーケンの恐怖から解放された街はお祭り騒ぎになった。これでまたいつも通り商売が出来るようになるからだ。
怪物に脅かされずに、普段通り過ごせることは、とても嬉しいことだったのだ。
街はお祝いムードになり、討伐隊は酒場に案内された。そしてそこで昼から酒や豪華な料理が振る舞われた。
今回のクラーケンにトドメを差した功労者であるブレイズにも、もちろん酒が勧められた。ブレイズは酒を断るのも失礼だと思い、仮面を少しずらして酒を飲んだ。
仮面の下の素顔が晒されたが、すでに街の人も討伐隊の面々も酒が入っており、ブレイズの素顔を気にする人はいなかった。
ブレイズは久々に素顔を晒して酒が飲めた。そしてもともと酒と宴会が好きなブレイズは、今回のお祭り騒ぎを楽しんだ。
「ブレイズ、あんまり飲み過ぎちゃダメよ」
「わかってるって」
ヘルガはブレイズに飲み過ぎないように注意した。そんなヘルガはジュースを飲みながら、料理を楽しんでいた。
ブレイズは久々の宴会と酒で気が大きくなり、浴びるように酒を飲んだ。
そしてその宴会は夜まで続いた。
※
日が暮れ始め、ブレイズが宴会を楽しんでいると、酔っ払ったブレイズに近づいてくる女性がいた。その女性は闇夜に溶けるほど黒い髪をしており、かなり顔が整っている美人だった。
「ねぇ、お兄さん。今回のクラーケンを倒したのはお兄さんなんでしょ?」
「あぁ、そうだぜ! ま、俺一人の力じゃなかったけどな。他の奴らがいたから討伐出来たんだ」
「あら、謙虚なのね。素敵」
女性はブレイズに酒を注いだ。そしてブレイズに体を擦り寄せた。女性の豊満な胸が腕に当たり、ブレイズは思わず鼻の下が伸びた。
「私はマリー。お兄さんの名前は?」
「俺はレイだ」
「お兄さん、相当強いんでしょ? お兄さんのこともっと知りたいなー」
「そうか、なら教えてやるぜ! 俺は他にも色んな怪物を倒して来たんだぜ!」
マリーにおだてられたブレイズは、自分の武勇伝を語り出した。それを聞いたマリーはいちいち大袈裟に反応してみせ、ブレイズを喜ばせた。
マリーはブレイズの話を聞きながら、ブレイズの太ももを擦ったり、体を押し当てたりして、あからさまにブレイズを誘惑した。
「ねぇ、こっそり二人で抜け出さない? 良い宿を取ってあるの」
「お、いいねぇ。でも俺はあっちの方もかなり強いぜ?」
「それはいいわね! 朝まで楽しみましょう」
女性との行為がご無沙汰だったブレイズは、これをチャンスだと思った。普段はヘルガがいるため、女性を抱くことが出来なかったからだ。
マリーの誘惑に乗ったブレイズは、二人でこっそりと宴会を抜けだし、マリーが泊まっているという宿へと向かった。
マリーの泊まっている宿はかなりランクが高めのものだった。豪勢な宿なため防音もしっかりしており、外の喧噪もほとんど聞こえなかった。
マリーの部屋に入ったブレイズはマリーにキスをした。そして服の上からマリーの豊満な胸を揉んだ。
「やんっ、そういうのは服を脱いでからね」
そう言われたブレイズは急いで服を脱ぎ始めた。そしてその隙にマリーはブレイズの背後に回り込んだ。
ブレイズの背後を取ったマリーは引き出しから鈍色に輝くナイフを取り出した。そしてそれを振りかぶり、ブレイズ目掛けて振り下ろした。
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