6話 クリスタという魔女
ハーラという海沿いにある交易都市を目指して歩く、ブレイズとヘルガ。二人はその道中にある小さな街にやって来ていた。
この街には食糧などの補給の他に用事があった。この街にはブレイズの知り合いが住んでいるのだ。そのため国を出る前に、挨拶をしていこうとしたのだ。
ブレイズは商店に寄ると、そこで少し高い酒と肉を買った。これをお土産にしようと考えたのだ。
そしてブレイズは買い物ついでに、その商店で知り合いの家の場所を聞いた。
「この辺にクリスタっていう魔女がいると思うんだが、家の場所を知らないか?」
「魔女のクリスタさんですか? それなら知ってますよ。この街を流れる川の上流にある森の中に住んでいます。川沿いに行けば迷わず行けると思います」
「そうなのか、ありがとう」
知り合いの魔女、クリスタの家の場所を聞いたブレイズは礼を言って店を後にした。そしてブレイズとヘルガは川沿いを歩いて、クリスタの家を目指した。
歩きながらヘルガはブレイズに、その魔女との関係を聞いた。
「ねぇ、ブレイズ。そのクリスタって人とはどんな関係なの?」
「友達だな」
「ふーん、どこで知り合ったの?」
「昔俺が王宮で働いてたって話しただろ。その時に知り合ったんだ。クリスタは占いが得意でな、その評判を聞きつけた貴族が晩餐会に呼んだことがあったんだ」
ブレイズはクリスタと出会ったときのことをヘルガに説明した。占いが得意と聞いたヘルガは興味津々といった様子だった。
「占いなら私も好きよ! せっかくだし、何か占ってもらおうかしら!」
「そうだな、この旅のことでも占ってもらうか」
そんな話をしていると、川沿いに大きく立派な家があるのが見えてきた。そこがクリスタの住む家だった。
ブレイズが扉をノックすると、すぐにクリスタは出てきた。クリスタはブロンドの髪を持つ美しい魔女だった。
「良く来たわね、待ってたのよ」
そう言うとクリスタはブレイズとヘルガを家に中に招き入れた。家に入るとそこは香草が焚かれており、良い香りがしていた。また家の中には魔法に使う素材などが所狭しと並んでいた。
いかにも魔女の家という見た目に、ヘルガは楽しそうだった。クリスタは二人を椅子に座らせると、すぐに紅茶を持って来た。
紅茶を一飲みしたブレイズは、持って来たお土産をクリスタに渡した。
「あら、お土産を持ってきてくれたのね。ありがとう!」
「手持ちが少ないから上等なものじゃないのは許してくれ」
「全然いいのよ」
お土産を渡されたクリスタは嬉しそうだった。
「急に来て悪かったな、クリスタ」
「いいのよ、占いで来るのはわかっていたから」
クリスタは今日客人が来ることを事前に知っていたのだ。そのため紅茶の準備をしたり、ノックにすぐに反応出来たりしたのだ。
「それで今日はどうしたの? こんな若くて可愛い娘まで連れて」
「実は、別れの挨拶をしに来たんだ」
「あら、そうなの。王宮勤めは辞めたの?」
「クビになったんだ。それに訳あってこの国を離れなきゃ行けなくなったんだ」
「大変ね、何をしでかしたのよ?」
理由を聞かれたブレイズは王宮でやらかしたことを説明し出した。
「いつも通り、怪物を倒した後に宴をしてたんだが、そこで酔いすぎて侯爵の娘を傷物にしちまったんだ」
「ふふっ、本当にそんなことをしでかしたの?」
ブレイズの説明を聞いたクリスタは思わず噴き出した。
「笑い事じゃないんだ。それで今までの功績で命だけは取られなかったんだが、王宮を追放になったんだ」
「それぐらいで済んで良かったじゃない。それで、どうして国を出ることになったの?」
「侯爵の怒りがそれでは収まらなかったらしく、俺の首に懸賞金を掛けたんだ」
クリスタは件の侯爵とも面識があった。侯爵はとても娘を愛していて大事に育てていた。それが傷物にされたとあれば、その怒りは想像を超えるものだろうと推測した。
「だから取りあえず、侯爵の手が届かない隣の国に行くことにしたんだ」
「そうだったのね」
一通りの流れを聞いたクリスタは、大笑いしたいのを我慢するために紅茶を飲んだ。
「それで、そろそろこの娘のことを説明してもらえるかしら?」
「あぁ、ヘルガのことか。ヘルガは命の恩人なんだ。ある街のギルドで懸賞金目当ての奴に襲われたときに助けてくれたんだ」
「そう、私が助けたの!」
ブレイズの説明にヘルガは胸を張った。その様子にクリスタは微笑んだ。
「ずいぶんと大変な旅をしているみたいね」
「そうだな」
王宮を追放されたこと、そして隣の国に行くために旅をしていることを説明し終わったブレイズは、もう一つの用件を話した。
「それで頼みがあるんだが、この旅のことを占ってくれないか?」
「あら、あなたが占いに頼るなんて珍しいこともあるものね」
「今は藁にでもすがりたい気分なんだ」
「ふふ、いいわよ、特別に無料で占ってあげる」
「いいのか?」
「友人の頼みですもの、それぐらいいいわよ」
クリスタの占いはかなり高額なのだが、今回は友人からの頼みということもあり、無料で占ってくれるという。
「ただちょうど占いの素材が足りなくて、それを採ってきて欲しいの」
「それぐらいなら、任せろ。何が必要なんだ?」
「生け贄用の兎に、怪物の血、それと清らかな水が必要ね」
「兎と怪物の血は良いとして、水はどこか当てがあるのか?」
「この川の上流の水で大丈夫よ」
「わかった」
占いに必要な素材を聞いたブレイズとヘルガは立ち上がると、早速森の中に入って行った。
※
ブレイズとヘルガは森の中を歩いた。するとすぐに兎を見つけることが出来た。ブレイズは反応されるより早く兎に近づき、その首根っこを掴んで捕まえた。
そしてブレイズとヘルガは兎を三匹ほど捕まえた。二匹は生け贄用に、もう一匹は怪物を呼び寄せるために使うのだ。
ブレイズとヘルガは絞めた兎を森の中に放置して、怪物が寄ってくるのを待った。少し待つと、グールの群れがやって来た。
ブレイズとヘルガはグールが餌に食いついたのを見て、草陰から姿を現した。そしてブレイズは大太刀を、ヘルガは槍を構えてグールに肉迫した。
戦闘は一瞬で片が付いた。歴戦のモンスタースレイヤーである二人にとってグールは敵ではなかった。
グールの群れを倒した二人はグールから血を採取した。そして次に必要な清らかな水を採りに川の上流へと向かった。
ブレイズとヘルガは目的の場所に着くと、そこで水筒一杯に水を入れた。
「これだけあれば十分だろ」
そして目的の物を全て手に入れた二人はクリスタの家へと戻った。
※
ブレイズとヘルガがクリスタの家に戻ると、陽が傾きかけていた。
「クリスタ、戻ったぞ」
「待ってたわよ」
クリスタは二人が戻ってくるまでに占いの準備をしていた。家の庭に魔方陣を描き、その中心に火を焚いていた。
ブレイズは採ってきた素材をクリスタに渡した。占いの素材を貰ったクリスタは、それを火にくべた。そして占いを始めた。
素材が火にくべられると、紫色の煙が立ち始めた。クリスタの占いはその人の未来をこの煙の中に見るのだ。
ヘルガは初めて見る占いの光景に目を輝かせていた。ブレイズも久々に見る光景を凝視していた。
そして煙が立ち始めて少し経つと、クリスタは未来を見終わったらしく、清らかな水を掛けて火を消した。
占いが終わったのを察したブレイズは、結果をクリスタに聞いた。
「どうだった、クリスタ?」
「そうね、まず今回の旅だけど、数多の怪物や人に阻まれたものになるわね。でも安心して。それを乗り越えた先には、良い未来が待っているみたいよ」
「それは良かった」
クリスタは煙の中に怪物や人が立ち塞がるのが見えた。しかしその先には栄光の光が見えていた。そのため困難の先に明るい未来があると予見した。
「それからブレイズ、あなたに女難の相が出ていたわ。女性関係には気をつけることね」
「まだ俺は何かやらかすのか……」
それからブレイズにはたくさんの女性の手が絡みついていた。これは女難を表すものだった。ブレイズはすでに女難に遭っているが、これから先にもそれがあると思うと少し憂鬱になった。
「さ、占いも終わったことだし、食事でも取りましょう」
占いと終えたクリスタはそう言うと、ブレイズとヘルガを食事に誘った。森の中を歩き回り、腹を空かせていたため、その申し出は嬉しいものだった。
三人は食事をしながら、雑談を楽しんだ。そしてブレイズは一足先に眠り就いた。残ったヘルガとクリスタはまだ話し足りないようで、そのまま二人で会話を続けた。
ヘルガはクリスタにブレイズとの関係を聞いた。
「ねぇ、クリスタはブレイズとどういう関係なの? かなり仲良さそうだったけど」
「そうね、友人かしらね。ただ昔にブレイズに抱かれたことがあるの」
「そうだったんだ!」
「かなり昔の話よ。二人とも今より若くて、色々持て余していたの」
昔クリスタが王宮の晩餐会に招かれた日に、そこに酔ったブレイズがやって来たのだ。ブレイズは端正な顔立ちをしているため、口説かれたクリスタは一夜だけの関係を持ったのだ。
「私より、ヘルガはブレイズのことをどう思っているの?」
「あたし? そうねー、兄みたいな感じかな」
「そう、健全な関係で良かったわ」
クリスタはヘルガの答えに安心したようだった。そしてクリスタはヘルガに一つお願いをした。
「ねぇヘルガ、ブレイズを支えてあげてね」
「もちろんよ!」
ヘルガは初めて出来た仲間である、ブレイズから離れるつもりはなかった。
そして二人は夜中までガールズトークを続けた。
※
翌朝、ブレイズとヘルガはクリスタに泊めてもらった礼を言った。
「泊めてもらって悪かったな。助かったよ」
「いいのよ。それに当分会えなくなるんですもの、話せて良かったわ」
クリスタはこれを今生の別れとは思っていなかった。
「そうだ、少し待って」
そう言うとクリスタはブレイズの仮面に魔法を掛けた。
「何をしたんだ?」
「認識阻害の魔法を掛けたのよ。これで正体がバレにくくなるはずよ」
「ありがたい、助かる」
クリスタはブレイズの仮面に認識阻害の魔法を掛けた。これにより、仮面を付けている限りはブレイズの正体がバレにくくなった。
「ブレイズ、ヘルガを、仲間を大切にするのよ」
「あぁ、わかってるよ」
「それじゃあね、二人の旅に幸がありますように」
クリスタは家を去るブレイズとヘルガに祈りの言葉を送った。
そしてクリスタの家を発った二人は、ハーラという交易都市に向かって歩き出した。
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次回更新は6月10日の0時です。