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21話 岩のアーロン

 ブレイズとヘルガ、ミモザが伯爵領の街を出て数日後、同じ街にソルランド王国の侯爵家に仕えるマリーも到着していた。


 マリーはブレイズの暗殺に失敗した後、一度侯爵家に戻っていたが、再びブレイズを暗殺する命を受け、ネクス王国にやって来ていた。


 この街に来るまでも、ブレイズの痕跡を追って来ているため、ブレイズがこの街に寄っているのは確実だった。


 街に入ったマリーはブレイズについての聞き込みを行った。ブレイズの容姿は目立つため、すぐに情報は手に入った。


「ブレイズ? それなら知らない人はいないんじゃない? 何たってこの街の英雄だからね!」


「英雄? どういうことですか?」


 マリーはブレイズの評判を聞いて驚いた。そして詳しく話を聞いた。


「少し前までこの街で連続殺人が起きていたんだけど、それを解決したのが彼なのさ!」


「本当ですか? 人違いではないのですか?」


 ブレイズの良い評判が気にくわないマリーは、本当にそれがブレイズのしたことなのか問い詰めた。


「本当さ。伯爵直々に彼を讃えるパーティーを開いたほどなんだから!」


「そうですか……。お話ありがとうございました」


 ブレイズについての情報を聞いたマリーは、お礼を言うとその場を離れた。


 マリーはこの街に来るまでも、ブレイズの情報を収集していた。それらの情報によると、ブレイズは盗賊団を退けたり、関所の怪物を倒したりと、善行を積んでいるようだった。


 そしてこの街では怪物を倒し、平和をもたらしていた。


(罪滅ぼしのつもりなのか? しかしいくら善行を積んでも、イザベラ様を傷つけた罪はなくならないぞ)


 マリーはいくらブレイズの善行を聞いても、心の中で燃える憎悪の炎は消えなかった。


 そしてマリーはブレイズがすぐ最近までこの街に居たことを知った。その情報を得たマリーは、ブレイズを殺すための刺客を雇おうと決めた。


 ブレイズに顔が割れているマリーはハニートラップをすることも出来ず、また正面からではブレイズには敵わないからだ。


 マリーは荒くれ者や傭兵が集まる裏路地の酒場に行った。そこは薄暗く、たばこや酒の匂いが充満していた。


 マリーはフードを目深に被って顔を隠し、ブレイズを殺してくれそうな人物を探した。しかし誰も街を救ってくれたブレイズに刃を向けようという者はいなかった。


 ブレイズの名声が邪魔をして、なかなか目当ての人物が見つからなかった。マリーが諦めかけていると、一人の男がマリーに話しかけた。


「よう、お姉さん。こんな場末の酒場に一人でどうしたんだい?」


「ナンパならお断りだ」


「そんなんじゃないさ。お姉さん、ブレイズを殺したいんだろう? それなら俺に任せな」


 マリーはブレイズを殺してくれるという人物が現れたことに驚いた。


「やってくれるの?」


「あぁ、やってやるよ」


 マリーは男を連れて酒場の端の席に着いた。


「どうしてブレイズを殺してくれるの? この街の救世主なんでしょ?」


「簡単な話さ。俺はこの街の人間じゃない。だから英雄だろうが救世主だろうが関係ないのさ」


「なるほどね」


「それに俺もちょうどブレイズを狙ってたんだ」


「どういうこと?」


 どうやら目の前の男は、最初からブレイズを狙っていたようだった。


「俺は名を上げたくてね。ブレイズくらい名声のある奴を殺せば、俺の名が広まると思ったんだ」


「そういうことね」


 マリーは一旦男の不純な動機には目を瞑った。相手を選り好みできる状況にないからだ。


 マリーはさっそく男と交渉を始めた。


「これは前金よ。報酬の半分を先に払うわ。残りはブレイズを殺したのを確認出来たら渡すわ」


「おいおい、こんなに貰っていいのか?」


 男は法外な量の報酬に驚いた。


「ええ。ブレイズを殺してくれるなら、もっと渡したいくらいよ」


「あんた、相当ブレイズに恨みがあるんだな。まあいい。理由までは詮索しないさ」


 男は前金を懐に入れた。


「ブレイズの特徴を教えてくれ」


「かなりの大柄な男で、赤い髪に、背丈ほどの大きな刀を背負っているわ」


「よし、それだけ聞けりゃ十分だ。後は任せておきな」


「期待しているわ」


 ブレイズの容姿について聞いた男は、さっそくブレイズを追って街を出た。男を見送ったマリーはブレイズの死を想像して笑みを浮かべていた。



          ※



 『氷霜の魔女』を引き渡したブレイズとヘルガ、ミモザが村を出発して一日が経っていた。三人は地図を見ながら、次の補給のために寄る村の場所を確認していた。


 すると背後から大きな声が響いた。


「見つけたぜー!」


 三人が振り返るとそこには、馬に乗った男が向かって来ているのが見えた。男は近くまで来ると馬を飛び降りた。着地した男は大声で名乗り出した。


「俺は『岩のアーロン』! てめぇがブレイズだな!」


 アーロンと名乗った男は黒髪を短く刈り上げており、片手に大きな戦槌を持っていた。アーロンの言い分から、ブレイズは自分に用があると理解した。そのためブレイズはヘルガとミモザを下がらせて、一歩前に出た。


「俺がブレイズだ。何の用だ?」


「ブレイズ! 俺と勝負しろ!」


「勝負だと? 何が目的だ?」


「お前を殺してくれって頼まれたんだよ! しかしそれだけじゃねぇぜ! お前を殺して俺は名声を稼ぐんだ!」


 アーロンはブレイズに挑む理由を話した。それを聞いたブレイズは、すぐにアーロンが侯爵家の寄越した刺客だと理解した。


 アーロンの目的がわかったブレイズは、一対一で戦うことにした。しかしそれをヘルガが止めた。


「ブレイズ、あたしも手を貸すわ!」


「大丈夫だ、ヘルガ。俺はあんな奴に負けるほどヤワじゃない」


 ブレイズは手を貸そうとするヘルガをなだめた。自分の実力に自信があるからでもあるが、それ以上に男の勝負に助けは要らないという矜持が理由だった。


「わかったわ……。でも危なくなったらすぐに助けるからね」


 ヘルガは渋々といった表情で了承した。


 そしてブレイズは荷物を置くと、大太刀を構えてアーロンに近づいた。そしてブレイズとアーロンは十分に近づくと、戦闘が始まった。


 先に攻撃を仕掛けたのはアーロンだった。アーロンは地面を強く蹴ると、一気にブレイズに肉迫した。そしてアーロンは戦槌を振るい、ブレイズを叩き潰そうとした。


 ブレイズは大太刀で戦槌を逸らして攻撃をいなした。地面に打ち付けられた戦槌は、そこに大きなクレーターを作った。


 アーロンは攻撃を逸らされたことに怯まず、続けてブレイズに攻撃をした。ブレイズはアーロンの攻撃を受け流しながら、アーロンの戦い方を分析していた。


 アーロンの攻め方はかなり無茶なものだった。まるで反撃を想定していないかのようなインファイト戦法で、かなり隙のある戦い方だった。


 攻撃は大振りで、回避や受け流すのが簡単で、素人の様な戦い方だった。


(わざとか? それとも実戦経験がないのか?)


 ブレイズはアーロンの戦い方に疑問を持ったが、早々に決着を付けるために反撃することにした。


 アーロンの大振りの攻撃を避けたブレイズは、大太刀を振りかぶり斬撃を与えた。


 しかし刃がアーロンを傷つけることはなかった。アーロンの肌に当たった刃は、なんと弾かれてしまったのだ。


「何っ!?」


「隙ありだぜ!」


 刃が通らなかったことに動揺したブレイズは大きな隙を晒してしまった。その隙を待っていたアーロンはブレイズに戦槌の一撃を与えた。


「ぐっ!?」


 戦槌の重い一撃をもらったブレイズは大きく吹き飛ばされた。


「ブレイズっ!?」


「ブレイズさんっ!?」


 戦いを見守っていたヘルガとミモザは、ブレイズに駆け寄ろうとした。しかしそれをブレイズは止めた。


「大丈夫だ、二人とも」


「でも……」


「いいから、来るな!」


 想定外の一撃を食らったブレイズだったが、その目は依然として闘志を燃やしていた。むしろ闘志はさらに燃え上がってすらいた。


(何故攻撃が弾かれた? 魔法か? だが戦う前にそんな動作は見せなかった? ならどうしてだ?)


 ブレイズは自身の攻撃が通らなかった理由を考えた。そして一つのことを思い出した。それはアーロンの名乗りだった。


「なるほど、だから『岩の』アーロンなのか……」


「気付いたみてぇだな! そう、俺は岩の様に頑強な肌を持つ! だから『岩のアーロン』なのさ!」


 アーロンの説明を聞いて、ブレイズはアーロンの不自然な戦い方の理由がわかった。避ける気もなく、大きな隙を晒すような攻撃、それは自身がダメージを負わないとわかっているから出来た芸当だったのだ。


 重い攻撃を食らったブレイズだったが、まだまだ戦えそうだった。相手のタネがわかったブレイズは、それに適応した戦い方をした。


 ブレイズはアーロンに近づくと、戦槌を剣で弾き、がら空きになった胴体に渾身の拳を与えた。


 ブレイズの渾身の打撃は、肌の奥、内臓を揺らしてダメージを与えた。拳を打ち込まれたアーロンは久方ぶりの痛みに悶えた。


 しかし攻撃したブレイズの拳も無事では済まなかった。ブレイズの拳からは血が流れていた。それでもブレイズは構わず拳を打ち込み続けた。


 さらにブレイズはアーロンの服を掴むと、投げ技でアーロンを地面に叩きつけた。アーロンは肌を貫通してくる痛みに怯んでいた。


 そうして戦うこと数分、防戦一方だったアーロンは痛みで起き上がれなくなっていた。そしてブレイズは大太刀を握ると、息を整え、大太刀を上段に構えた。


「何か言い残すことはあるか?」


「こんなに強え奴がいるとは知らなかったぜ……。はは、楽しい勝負だったぜ……」


 アーロンの最後の言葉を聞いたブレイズは、大太刀を渾身の力で振り下ろした。するとアーロンの体は真っ二つに切断された。


 アーロンを倒したブレイズは地面に膝を付いた。かなり体力を消耗したのだ。また岩のような肌を殴り続けたため、拳が少し変形していた。


 戦いが終わったことを確認したヘルガとミモザはブレイズに駆け寄った。


「ブレイズさん、大丈夫ですか?」


「あぁ、何とか大丈夫だ……」


「すぐに回復魔法を掛けますね」


「ありがとう、ミモザ」


 アーロンとの戦いでボロボロになったブレイズに、ミモザは回復魔法を掛けて治療をした。淡い緑色の光がブレイズを包み込み、傷が治っていった。


「もう、ブレイズ、無茶し過ぎ!」


 治療が終わったブレイズに、ヘルガは怒り心頭といった感じだった。いくら負けないとわかっていても、見ている側はハラハラしたのだ。


「心配かけて済まないな、ヘルガ」


 謝られたヘルガは今回だけだからと、ブレイズを許した。


 そして三人は地面に穴を掘り、アーロンの遺体を丁寧に埋葬した。簡単な墓を作り、そこにアーロンの戦槌を置いた。


 アーロンを埋葬し終わった三人は、その場を去り、次の目的地に向けて歩き出した。



          ※



 アーロンとブレイズの戦闘から数日後、マリーは伯爵領の街にある酒場である噂を聞いた。それは『岩のアーロン』が倒されたというものだった。


 その噂を聞いたマリーはアーロンがブレイズの暗殺に失敗したことを理解した。マリーは悔しそうに唇を噛んだ。


 そしてすぐに街を後にして、ブレイズの足取りを追った。

読んでいただきありがとうございます。

次回更新は6月25日の0時です。

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