10話 ハニートラップ
酔っ払ったブレイズが服を脱ごうともたついていると、マリーは静かにブレイズの背後を取った。そして机の引き出しから鈍色に輝くナイフを取り出した。
そのナイフは良く研がれており、とても鋭利で、人の命を簡単に奪えるものだった。ナイフを持ったマリーはそれを大きく振りかぶった。そしてナイフはブレイズの心臓目掛けて振り下ろされた。
しかしそれがブレイズに刺さることはなかった。酔っ払っているブレイズは服を脱ぐ途中に体勢を崩してよろめいた。そのおかげでナイフによる一撃を、意図せずして避けることが出来たのだ。
そしてナイフは勢いをそのままに床に突き刺さった。床にナイフが刺さる音で、ブレイズはマリーが後ろにいるのに気付いて振り返った。
「ん? 何の音だ?」
振り返ったブレイズは床にナイフを突き立てているマリーを見て驚いた。
「マリー!? 一体何してんだ!?」
「ちっ!」
マリーは初撃を避けられたことに舌打ちをした。一方でブレイズは酔いで頭が回らない中でもマリーを危険だと判断し、マリーから距離を取った。
マリーはゆっくりと床からナイフを抜くと、ナイフを構えてブレイズと対峙した。ブレイズを睨むマリーのその眼光は冷酷だった。
「どうしたんだ、マリー!? 何か気に障ることでもあったか!?」
状況を理解出来ていないブレイズはマリーにナイフを持つ理由を聞いた。
「これはイザベラ様を傷つけた報いだ!」
マリーが名前を出したイザベラという女性。それはブレイズが酔った勢いで抱いてしまった侯爵の娘の名前だった。
マリーはイザベラの侍女兼ボディーガードだった。イザベラを深く尊敬していたマリーはイザベラが傷つけられたことを許せなかったのだ。そのためハーラまでブレイズを探しに来て、殺そうとしているのだ。
イザベラの名前を聞いて事情を察したブレイズは、自分の軽率さを嘆いた。また酔った勢いで女性を抱こうとしたのだ。
そんなブレイズに対し怒りで満ちているマリーは、ナイフを持ってブレイズに肉迫した。マリーはナイフを振るいブレイズを殺そうとした。
しかし相手が悪かった。その辺の傭兵やモンスタースレイヤーだったら酔っていることもあり、簡単に殺せたかもしれない。
だが相手は百戦錬磨のブレイズ。酔っているとは言え、ナイフでの攻撃を避けることくらい訳なかった。
またマリーはブレイズへの憎悪で攻撃が大振りになっているため、ブレイズは簡単にナイフを避けることが出来た。
繰り出されるナイフでの攻撃を避け続けるブレイズ。攻撃を避け続ける内に徐々に酔いも覚めてきており、ブレイズの動きは洗練されてきていた。
一方でマリーは時間が掛かりすぎていることに焦りを感じていた。時間が経てば経つほど、ブレイズはマリーの動きに対応してきており、殺すことが難しくなってきていた。
そしてナイフを避けるブレイズは、ついにマリーのナイフを奪い取ることに成功した。これにより形勢が逆転した。
「クソっ!」
ナイフを奪われたマリーは窓際へと逃げた。
「これで終わったと思わないことね! 必ずお前を殺してみせる! 首を洗って待っていろ!」
捨て台詞を吐いたマリーは窓から飛び降りて、そのまま街の暗闇に逃げていった。残されたのパンツ一丁のブレイズだけだった。
※
マリーとの交戦のあと、すぐに服を着たブレイズはマリーの宿を後にして自分の宿へと帰っていった。帰りの道中、ブレイズは警戒を怠らなかった。
夜の闇に消えていったマリーがまた襲ってこないとも限らないからだ。そんなブレイズに声を掛ける人物がいた。
「あ、ブレイズ! どこにいたの? 途中で抜けるならちゃんと言ってよね」
それはヘルガだった。ヘルガは宴会が終わって、宿に帰る途中だったのだ。
「ブレイズがいなかったらから、酔っ払いに絡まれて大変だったんだから!」
「それは悪かった」
ヘルガは自分に何も言わずにいなくなったブレイズに文句を言った。
「それでどこにいたの?」
「ちょっと、そこまでな」
ヘルガの質問にブレイズは答えを濁した。今襲われたことを話すと、ヘルガに余計な心配をさせると思ったのだ。
「ま、いいわ」
ブレイズの曖昧な答えにヘルガはそれ以上詮索をしなかった。そして二人は並んで宿へと帰っていった。
宿に着くと二人はそれぞれの部屋へと入っていった。ブレイズは部屋に入ると、まず部屋に誰かが侵入した形跡がないか、誰かが隠れていないかを確認した。
そして部屋の安全を確認したブレイズは大太刀を抱えて、警戒しながら眠りに就いた。ブレイズは物音一つでも起きられるほど神経を尖らせていた。
そしてその夜は何事もなく更けていった。
※
小鳥のさえずる音が聞こえたブレイズは目を覚ました。何事もなく朝になったことでブレイズは安心した。
そして部屋を出たブレイズはヘルガと合流した。
「おはよう、ブレイズ」
「あぁ、おはよう」
ヘルガと合流したブレイズは朝食を取りに露店へと向かった。ヘルガと並んで歩くブレイズは辺りを警戒しながら歩いた。すれ違う女性には特に警戒した。変装したマリーが襲ってくるかもしれないからだ。
そんな警戒するブレイズにヘルガは不思議そうな目を向けた。
「どうしたのブレイズ? ずいぶんと殺気立ってるみたいだけど」
「ちょっと色々あってな」
「もう! またはぐらかそうとするの? 私達は仲間なんだから素直に相談してくれていいのよ!」
はぐらかそうとするブレイズにヘルガは、素直に話すように問いただした。
「わかった。話すよ」
露店で朝食を買ったブレイズとヘルガはベンチに座った。そしてブレイズは朝食を食べながら昨日あったことを話し始めた。
「昨日宴会を抜けたら、俺を殺そうとする奴に会ってな。そいつと戦ったんだが、逃がしちまったんだ」
「えぇー!? また襲われてたの!? 怪我はないの!?」
ヘルガはブレイズが襲われたと聞いて驚いた。
「あぁ、怪我はない。ただまた襲ってくるかもしれないから、警戒してたんだ」
「そうだったんだ……」
ヘルガは自分の知らないところでブレイズに命の危険が迫っていたことを知った。
「何かあったらあたしがブレイズを守るわ! だから安心して頂戴!」
「頼りにしてるよ」
力になると言ってくれたヘルガに、ブレイズは感謝した。そして二人は隣の国行きの船が出航するまでの数日間、暗殺者に警戒しながら過ごした。
※
マリーの暗殺未遂から数日経ち、ようやくハーラの港から隣の国行きの船が出航することになった。ブレイズとヘルガはその船の船長に路銀を払い、一緒に乗船させてもらった。
たくさん溜めてきた路銀は一瞬でなくなってしまった。しかし船で行くのが一番早くこの国を離れられる方法だったのだ。そのため路銀がなくなってでも乗る価値はあった。
そしてブレイズとヘルガを乗せた船は隣の国、ネクス王国に向けて出港した。ブレイズはようやくソルランド王国から離れることが出来た。
これでようやく侯爵の追手から、そして懸賞金目当ての傭兵などを撒くことが出来る。ブレイズは暗殺に怯えずに、安心して眠ることが出来るようになった。
そして船に揺られること数日、船の先に陸地が見えてきた。
「見て、ブレイズ! ネクス王国が見えてきたわ!」
陸地が見えるとヘルガははしゃいでブレイズに報告してきた。育った街を出たことがないヘルガは、初めての外国に興奮していた。
「ネクス王国はどんなところなのかしら! 楽しみだわ!」
「あぁ、楽しみだな」
こうしてブレイズとヘルガは、無事にネクス王国に辿り着いた。
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次回更新は6月14日の0時です。




