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スペシャルオプション! 祓井モーター 後編

作者: 碑文谷 藤治郎(ニャンモ)


 走り出した車内で、健太はようやく頭の中を整理する事が出来た。


 このクルマは元々事故車であり、販売前に除霊を一通り行ったものの、後部座席にはまだ亡くなった前オーナーの霊が居る。万が一除霊が出来ていない場合、なんとかしてくれる「サービス」というのが、「特殊清掃料」という物だ。


 だが、まだ分からない事がある。


 今からどこへ行くのか?なぜリアタイヤを2本交換したのか?


 そして、その「特殊清掃」とは何をするのか?


 一通り聞きたい事の内容を纏められた健太は、運転している怜美さんに問いかける事にした。


 「あの・・・・今からどこへ行くんですか?お寺かどこかですか?」


 怜美さんは、チラっとこちらに目線を配る。


 「お寺じゃないよ。もう住職さんだって寝てるだろうしね。」


 神社仏閣の類ではない事を、怜美さんはハッキリ否定した。


 「それじゃぁ、一体・・・?」


 「え~っとねぇ・・・・。あんまり口外したくない場所・・・・かな?」


 怜美さんの口が、少し濁る。ハッキリと伝えられない場所に行く事だけは間違いなさそうだ。

 

 (・・・となれば、宗教施設か?)


 成程。それならお客さんを一緒に連れて行くことは、決してお勧めしないだろう。万が一勧誘なんかされよう物なら、人によっては怖い体験とも言えなくも無い。

 ある程度納得のいく推測が出来上がった健太は、次の疑問を口にする。


 「あと、何故リアタイヤを交換したんですか?」


 「え~・・・・それは秘密。」


 「秘密って・・・。それが分からないと、俺も安心出来ないんですけど。」


 「これは一応企業秘密だから、教えられないんだ。ゴメンね。」


 この内容は、企業秘密だという。となれば、秘密はこのリアタイヤにあるのだろう?

 でも、「除霊」と「リアタイヤ」の関係性は、全く見当もつかない。考えれば考える程、脳の中がグチャグチャになって来る。


 再び深淵に叩き落されたような混乱に見舞われた健太は、一旦考えるのを辞める事にした。

 もうクルマは目的地へ向かって移動しているし、もう少し経ったら、全てが解明されるのだから。


 諦めの決意なのか、「ふーっ」と大きなため息をついて、健太はふと窓の外に目をやった。

 

 クルマは、少し街から離れた山間の峠道を、頂上へ向けて登っている様であった。



       ~~~~~~~~~~~~~~~~


 「着いたよ。ここがその場所ね。」


 峠の頂上と思わしき、小さな展望台の横に、怜美さんはクルマを停めた。


 おおよそ30分は走っただろうか。遠くには自分の住んでいる街の明かりが、運転席の怜美さんの後ろで煌々と光っているのが見える。かなり高い所まで登って来たのだろう。


 (・・・これが彼女とのデートだったら、どれだけ楽しかっただろうか。)


 深く考える事を放棄した健太には、少しの冗談が浮かぶ程の余裕が出来た上に、隣には怜美さんという女性が居た事もあったのだろう。

 突然脳内に浮かんできた皮肉に、健太は思わず「フッ」と軽く笑みを浮かべてから、運転席の怜美さんに目を向ける。夜の薄暗さに、デートスポットの様な景色も相まって、運転席で携帯をイジり出した怜美さんの横顔が、なんだかすごく奇麗に見えて来た。



 (おいおい!何を考えてるんだ俺は!今から除霊作業するんだぞ!)



 健太がシートベルトを外そうとすると、怜美さんは携帯をポケットから取り出しながら


 「あ。待って。降りないからベルトはそのまま付けといてね。」


 怜美さんが冷静な声で健太を引き留めた。その冷静な声に、ふと抱いていしまった軽い気持ちを、健太は引き締める。怜美さんは弄っていた携帯をダッシュボードに置いて、ルームミラーを少しこちら向きに弄ってから振り向いた。

 

 「じゃぁ、今から清掃作業を始めるんだけど・・・・。」


 そう言うと、怜美さんはグイっと体を運転席から伸ばしてきた。


 「大神さん、ちょっと・・・見て欲しい物があるから。右手出してくれない?」


 怜美さんからの突然のお願いに、健太は少し困惑する。

 

 「え?何するんですか?」


 「今から『清掃対象』を、大神さんにも確認して貰おうと思って。きちんとした結果が見たいから、わざわざ同行したんでしょう?」


 「え・・・?」


 「い!い!か!ら!」


 少しムっとする怜美さんの気迫に押されて、健太は右手を差し出す。先ほどガレージで交わした握手とは違い、怜美さんは健太の手の甲を包み込む様に、手を握る。


 奇麗な女性に手を握られて心拍数が上がるのは、健全な大学生男子の証拠である。


 「そしたら、目ぇ瞑って。」


 「え?目・・・ですか?」


 「いいから!目ぇ瞑って!」


 怜美さんに言われるがままに、健太は目を瞑る。気のせいか、怜美さんの手からはポカポカした体温が伝わって来るのがよく分かる。


 ポカポカ・・・


 

 いや、違う。




 明らかに『熱い』。



 怜美さんの手が、まるでホッカイロを当てているかのように熱くなっているのが分かる。そして次の瞬間、眩暈の様な気分が健太を襲う。だがそれは、気のせいとも言えない程一瞬の出来事だった。


(なんだ・・コレ?)


 再び不安と恐怖に苛まれた健太の耳に、怜美さんの声が届く。


「オッケー。目ぇ開けていいよ。」


 健太は恐る恐る目を開ける。ゆっくりと開けた視界には、怜美さんと奇麗な夜景が目に入る。特に変わった様子は無い様に見える。


 「コレ見て?」


 怜美さんは左人差し指で、ルームミラーを指さす。言われるがまま、ルームミラーに目を配る。






 『いる。』




 

 俺の座る助手席


 その真後ろに青白い顔をして、こちらを凝視する


 『女』


 その姿がハッキリと見えた。



 「うわぁぁぁっ!!」


 思わず叫び声を上げる。本能的な反応か、健太の体が大きく弾んだ。

 間違いない。大学の帰りに見た『女』が、まるで生きた人間が座っているかのように、ハッキリとルームミラーに映り込んでいる。


 「大丈夫よ。一時的に見える様にしてるダケだから。」


 ガタガタ震え出した俺の手を、優しく握っている怜美さんが、微笑みながら話しかけて来る。


 「まぁ・・・普通はそうなるわよね。でもね、これは重要な事なの。ちゃんと貴方に、『彼女』が消える瞬間を、ハッキリと確認して欲しかったの。」


 怜美さんは、そっと握っていた右手を離す。


 「いい?大体5分位は、大神さんも『彼女』が見えるわ。これから5分間、怖いとは思うけど、しっかりとルームミラーを見ていてね。そうすれば、ココからの怖さは『半減』するハズよ。」


 半減?何を言っているんだ?

 今現在でも十分に怖い状況なのに、『半減』ってなんだ?


 恐怖と混乱で軽いパニックに陥った健太をよそに、怜美さんはダッシュボードに投げた携帯を手に取って、何か操作をし始める。カチカチという爪が画面に当たる音がする。

 

 手の動きを止めた怜美さんが携帯から顔を上げて、今度はクルマのオーディオを操作する。タッチ画面からBluetooth画面に切り替えて、携帯をリンクさせている。


 すると、足元のスピーカーから「チーン」という音がしたかと思うと、続いて『お経』が流れて来た。最初は一人の声で経を読み上げていたが、少しすると複数人の声で、経典を読み上げる声が聞こえて来た。怜美さんはエンジンを掛けると、その排気音に負けない位にボリュームを上げる。車外に漏れるような大音量で、スピーカーからお経が流れる。


 その状況に圧倒されて、動く事すらできない健太を横目で確認した怜美さんは、


 『ちゃんと掴まっててね!』


 と大きな声で伝えて来た。


 すると、怜美さんはアクセルを踏み込んで、エンジンを吹かし始めた。レブリミットギリギリの高回転で、まるで何かを確認する様に何度も吹かしている。街乗りではそうそう聞くことは無い、野太い重低音がクルマを包み込む。


 『怜美さん!一体何して・・・』


 俺の声を遮る様に、怜美さんが叫ぶ。


 『良い?大神さん!幽霊も人間も、普通ではありえない事が怖いのよ!』


  

 健太がその言葉の意味を問い返す前に、怜美さんはエンジンを吹かしつつシフトを一速に入れてから、乱暴にクラッチを繋いだ。



 キュルルルルルルルル!


 後輪が凄い勢いで空転を始めたかと思うと、勢いよく車体が飛び出していく。


 その状況に、助手席の健太は、ドアについた取っ手に手を掛けようとする。しかし、その取っ手に手が掛かる前に、車体はいきなり右へのスピンターンを始めた。


 予期せぬ挙動に、健太の体はドアの内装に飛ばされそうになる。


 180度ターンを終えた怜美さんは、そのままアクセルを床まで踏み抜く。ターボで加給されたSR20エンジンはその全力を発揮して、グングン加速していく。


 健太はただのクルマ好きだ。自分でサーキットを走った事も無ければ、まだ高速を自分で運転したこともない。そんな健太にとってこの速さは、完全に未体験の領域だ。暗く、木々に囲まれた1車線道路で、どんどん加速していくシルビアの中、健太はただ前を見るしか出来ない。

 だが余りの速さゆえか、もうコーナーが目前に迫ってきている。急な右カーブとは言えないが、それでも今のスピードのままでは壁に突っ込んでしまう。


 「ちょ・・・ちょっ!怜美さん!危ない!」


 必死に声を上げる。そんな健太を他所に、シフトアップして更にクルマを加速させながら、怜美さんは叫ぶ。


 『優しく成仏できないんなら、荒療治で追い出すしかないの!』


 絶叫と似た声と同時に、怜美さんがサイドブレーキを思いっきり引いた。

 タイヤが路面を擦る音が聞こえたかと思うと、車体はいきなり横を向いて、そのままコーナーに向かって滑って行く。


 「うわぁぁぁぁぁ!」


 健太は腹の底から絶叫する。間違いなく死ぬと思った。



 だが健太の予想に反して、怜美さんが操るシルビアは一気にそのコーナーを横に向けたまま抜けていく。ジェットコースターの様な強烈な横Gに、健太は声を出す事さえできない。目の前では恐ろしい速さで次のコーナーが迫って来る。今通過した右カーブより、明らかにキツイ左カーブだ。


 だが怜美さんは、見事な減速とシフト操作で、奇麗にテールを流しながら次のコーナーに向けて車体を向けていく。今まで掛かっていた遠心力は、少し威力を減衰させてから、今度は逆向きに作用しては、健太の体を弄ぶ。



 バァァァァァァァ! ギュルギュルギュル!



 ついさっきまの静寂が嘘のように、健太の周りに騒音が響き渡る。

 野獣の様なエンジンの咆哮に、タイヤが滑る音。左右に揺られる強烈な遠心力。

 眼前に広がる景色は左右に振られ、ヘッドライトに照らされるガードレールが有り得ない角度でナナメに流れていく。


 ふと運転席に目をやると、怜美さんはまるで楽しむかのように、このクルマを運転している。


 ハンドルを半周分切り込んだかと思うと、車体は勢いよく流れ、同時に自然にハンドルが逆向きにクルクル回っている。適度な所でハンドルを握ぎり直して、少しだけ修正舵を当てていく。エンジンは常に5000回転を下回らず、常に高回転を維持しながら、速度を落とさす滑らし続けている。



 いくつかのコーナーを、華麗なドリフトで抜けた後、少し長めの直線に入った。


 当然、怜美さんが速度を落とすことは無い。



 『そろそろ剥けたでしょ!大神さん!ルームミラー見ててね!バルサン炊くから!』



 怜美さんがそう叫ぶ否や、スピーカーから流れるお経の音が更に大きくなった。怜美さんが音量のツマミを回している。

 

 いくつもの刺激に晒された健太の耳と脳は、もう限界直前だった。限界状態では人のいう事を聞いてしまうのが性である。


 健太言われた通り、恐怖を抑え込みながらルームミラーに目を向ける。


 まだ後部座席に『女』は座っている。だけど、どこか少し怯えている様に見える。


 (あれ?・・・さっきと何か違う)

 

 そんな違和感を感じた次の瞬間、怜美さんは次のコーナーに向けて後輪を滑らせて、車体の向きを変えた。登坂車線のある広いコーナーのせいか、今までより速いスピードでコーナーに侵入したのが、健太の体に掛かる遠心力の強さから、ハッキリと実感できた。


 強烈な横Gが健太を襲う。次の瞬間、今まで左に延びていた側壁が健太の真正面に見えた。クルマは70度近い角度で、次のコーナーへ向かってすっ飛んでいた。


 (怖い!この状況から逃げたい!早く降りたい!)


 次の瞬間、横に掛かっていた遠心力が少し弱まり、前に向かって進む加速度に変わって行く。

 怜美さんは、エンジンをレブリミットに当てながら、正確にドライブしている様だ。


 コーナーを抜けるか否か、そんな時だった。

 どこからかともなく『煙』が車内に入って来た。


 (何だ?この煙は?)


 その『煙』はゴムが焼ける様なキツイ匂いがする。ドリフト中のタイヤが、路面との強力な摩擦力を受けて、急激に溶けているのだ。



 しかしどことなく、どこか『お香』の様な香りも混ざっている様に感じる。



 間髪入れずに、怜美さんは奇麗な振りっ返しで次のコーナーに入る。エンジンは意図的にレブリミットに当てている様で、更に車内に入って来る『煙』の量が増えていく。

 だが『煙』は増えれば増える程、香の匂いが強くなり、3つほどコーナーを抜けると、車内はゴムの焼ける匂いより、香の香りの方が強くなっていた。


 目の前では、とてつもない速度と角度でコーナーを抜けていく様子が見えているのに、香の香りが強くなるにつれ、何故か健太は落ち着きを取り戻していた。


 ふとルームミラーに目を移す。



 後部座席の『女』は、後輪から発生する煙に包まれて、先ほどより薄くなっている様に見える。



 (そうか・・・この香りで弱って来てるんだ。)



 無意識のうちに、健太はその不可思議な状況を理解した。


 寺でのお祓いも効かなかった様なヤツに通常の方法は通用しない。暴力的な恐怖を与えるために、強烈なドリフトを加える事で、霊に恐怖心を与える。こんな状況は嫌だ!と霊に思わせた所に、お経と同時に安らぎの効果のある「香」を、霊の全身に纏わせる。こんな所に留まるよりも、もっと心休まる場所がある事を知らせて、霊の方から『逃げさせる』。



 (そういう事か・・・・。でも、こんなバカな事があるかよ)



 先ほどまでの恐怖は何処へやら。健太は左右に体を揺られながら、徐々に消えて行く『女』の姿を、ルームミラー越しに最期まで眺めていた。そのうち、『女』の口が開いたかと思うと、



 (なんで・・・なんでこんな事するの・・・・・・)



 どこからともなく『声』が聞こえて来た。

 

 『まだ分かんねぇのか!このクルマは、もうアンタのモンじゃないんだよ!』


 突然、怜美さんが叫んだ。怜美さんにもこの『声』が聞こえているのだろう。

 さっきまでの怜美さんとはどこか違う、どこか怒りを感じる様な口調に変わっていた。


 『アンタは死んだんだ!自分の意志で!』


 怜美さんは忙しくハンドルを抉りながらも、後ろの『女』に言い聞かす。


 

 (・・・・でも、私の・・・・私の好きな・・・・大切なクルマなの)



 再び声が脳内に響く。その声はどこか切なく聞こえる。


 『だったら!』


 サイドブレーキを引いてクルマを向きを変えた後、怜美さんは叫ぶ。


 『死ぬんじゃねぇよ!好きなクルマの為に生きれば良かったんだ!』


 エンジンはレブリミットに当たっている。凄まじい爆音と煙の中で、その声は続けて語り掛けて来る。



 (彼も好きなクルマだったから・・・・・一緒に居てくれると思ってたのに・・・・)


 届く声に、自分の感情が締め付けられる。彼女の悲しさや辛さが、直接心に伝わって来る。


 『うっせぇ!!』


 後輪を流しながらアクセルをより一層踏み込んで、怜美さんはタイヤスモークを上げる。


 『見ろ!こんだけ激しくしたって、クルマはアタシの言う事を聞いてくれる!』


 一層激しいブレーキングの後、逆フリからドリフトに移行させる。


 『人間は裏切るけど、クルマは裏切らねぇ!何があったか知らねぇけど、アンタは折角のチャンスを捨てたんだ!もうこのクルマと居れるチャンスは無いんだよ!』



 (・・・・でも・・・・でも・・・・大切なクルマなの・・・・・)



 悔しそうな、どこか泣きそうなか細い声に、怜美さんは答える。


 『でもじゃねぇ!どんなけ辛くても、こんな良い相棒が居たんだろ!だったらコイツの為に生きれば良かったんだ!』


 怜美さんは怒りに任せるかのように、アクセルを踏み込んだ。

 車内はすでに煙で充満していて、怜美さんの姿も霞んで見える。だが、必死に霊と会話する怜美さんは、とても真剣な顔をしている様に見えた。


 『でもな!』

 

 クラッチを蹴ったのか、クルマは素早く向きを変える。


 『隣のコイツは、あんたと変わらない位、このクルマを大切にしてくれる!』


 峠のわずかな直線に差し掛かった時、怜美さんは僅かにアクセルを緩める。

 それまで響いていた、エンジンの唸り声が一時息を潜めた。



 『だから・・・・・。アンタは安心して逝きな。』


 

 ハッキリと怜美さんの声が聞こえた。



 叫ぶのではなく、まるで



 優しく諭すように。


 

 


    ~~~~~~~~~~~~~~~~



 

 麓にある道の駅まで降りて来ると、ルームミラーの中の『女』の姿は、完全に消えていた。


 気のせいかもしれないが、健太自身も確信を持って、あの『女』がいなくなった事を感じていた。

 

 安心したのも束の間、急激に揺さぶられた胃袋から急激に何かが込み上げて来て、健太は思わずクルマから飛び出した。トイレまで行こうなどと、考える暇さえ無かった様で、汚い嗚咽が夜の道の駅に響き渡る。

 

 「大丈夫?少し休憩していく?」


 クルマから降りた怜美さんは、少し離れた場所から心配そうに、健太を眺めている。

  

 「いえ・・・大丈夫です。」


 車内で戻さなかった事に、少しの安堵感さえ感じていた健太は、ハァハァ言いながら答える。

 

 「どうだった?特殊清掃は?かなり過激だから、あんま見せたく無かったんだけどねぇ。」


 怜美さんは飄々と言い放つ。

 あれだけ過激な走りをして、なお怜美さんは平然としているのだから、驚きである。

 近くの水道で口を濯いでから、クルマの前に戻って来た健太は、クルマの近くで待っていた怜美さんに、こう声を掛けた。


 「怜美さん、ありがとうございました」


 「へ?何が?」


 突然の感謝の言葉に、怜美さんは目を丸くする。


 「あの人が消えた直後、声が聞こえたんです。『もう私のクルマじゃ無いんだ』・・・・って。なんか・・・・納得したような・・・・そんな感じの声でした。」


 怜美さんは少し神妙な面持ちに変わると、ため息をつく。

 ポケットから電子タバコを取り出して、一息吸い込んでから、盛大に吐き出した。


 「ピットからクルマ出す時に、一瞬だけど、彼女の記憶がアタシの中に流れて来たんだ。気になってた彼の為に、気を引くためにこのクルマ買ったんだって。でも運転している間に、このクルマを相当気に入ったらしいよ。」


 怜美さんは再びタバコを吸いこむ。


「でも、結局は彼にとっては『足』としか見てもらえなくて、最終的には盛大にフラれたんだって。理解は出来るぜ。好きな奴にフラれる辛さはさ。」


 胸の内を吐き出すかのように、勢いよくタバコの煙を吐き出す。カートリッジを弄りながら、怜美さんは言い放つ。


「でも、到底納得は出来ねぇ。理由が下らなさ過ぎて、少し感情的になっちまった。」



 どこか哀愁を感じる表情をした怜美さんは、パチンと音を立てて電子タバコの蓋を閉じる。

 

 今まで霊の声を聴いたことも無かった自分でさえ、彼女の『声』を聞いていて、心が締め上げられる様な気持ちになったのだ。より霊と繋がれる怜美さんなら、もっとその影響は強かったのかもしれない。霊の声が聞こえてから、怜美さんのドライビングスタイルが少し変わったのは、その影響に負けない様にしていたのかもしれない。


 そんな事を考えていたら、心の底から強い想いが浮かんできた。



 「怜美さん。俺、このクルマ、大切に乗ります。彼女の分も、大切にしようと思います。」



 これは、絶対に怜美さんに伝えないといけない。何故かそう思った。



 「ああ。宜しく頼むよ。大神さん。」


 その言葉に怜美さんは、どこかスッキリしたような満面の笑みを浮かべていた。


 


  ~~~~~~~~~~~~~~~~



 

 あの「出来事」から1週間後、「祓井モーター」から電話が来た。内容は、整備作業の予約だった。

 かなり激しい走りだった事もあって、チェックして貰いたかったタイミングだったので、早急に予約した。


 店舗へ向かうと、なんと店長と怜美さんが、店舗の前で並んで待っていた。


 店長からは、「掃除」が不完全だった旨の謝罪を受けた。今回の件で、特別サービスとして、クラッチとブレーキパッドを新品に取り換えてくれるらしい。


 怜美さんの方は・・・・相変わらずだった。


 今聞くしか無い!と思って、あの交換したリアタイヤについて聞いてみたが、怜美さんは


 「企業秘密!」


 と言って、教えてくれなかった。


 ピットに入れる前に一度、怜美さんが状況確認してくれると言う。

 運転席に座り込んで、少し目を瞑った怜美さんは、


 「今回はバッチリ!」


 といって、自信満々にグーサインを出して来た。



    ~~~~~~~~~~~~~~~~



 その後はこのクルマに乗っても、頭痛や眠気などの体調不良は生じなくなった。

 心なしか、クルマの中の空気もスッキリした様に感じれる。


 今では毎週末にこのクルマに乗っては、色々な所へドライブへ行って、思い出を増やしている。


 自分の為だけじゃなく、彼女の為にも。

 




                           ~~~ fin ~~~  

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