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7 仮面の下は人間とは限らない

 金緑石(アレキサンドライト)こと、クリソベリル王女にとって魔法は身近なものだった。それこそ息をするように。

 彼女が初めて魔法を行使したのは三つのとき。当時、凝りに凝りまくっていた積み木遊びに夢中になった折り、どこまで積めるかを試したくなったときのことだった。


 王女は立って積める限界までもぷるぷると震えながら積み上げ――そして、限界を越えた。

 『おねがい』のひと言で空気の精霊(エアリアル)たちを従えさせ、危うい均衡を保っていた塔の補強はおろか、天井までもどんどん積ませたのだ。


 こうして、奇跡の塔の完成を目の当たりにした王妃によって彼女の才は見出され、以降、すくすくと育つことになったのだが。



 人間社会で『精霊に愛される』ことは、恵みであると同時に強い戒めでもある。

 現在でこそ自在に炎を操り、何なら炎以外の元素も使役できるクリソベリルだが、彼女はれっきとした王のひとり娘。

 いずれは王配を得て女王となり、都の民を慈しむことこそが本分と求められた。いたずらに魔力を発動させて周囲を損壊したり、誰かを攻撃するなどあってはならない。


 ところが、王女は長ずるにつれて、かなりのお転婆気質を発揮させていった。成人前に婚約者を得られなかったのはそのためだ。


 血統、性質、相性。それらを考慮して引き会わされた様々な幼児に少年。果ては、ちょっと年上に部類する青年たちまでが、見合いのあとで丁重に辞退を申し出てきた。まだ十を越えたばかりのクリソベリルの突出した魔力に恐れをなしたのだ。


 困り果てた王と王妃は、国守りを司る(たっと)き精霊に『姫の守護』を頼み込んだ。

 正確には『姫から周囲を守る』こと。及び、力を持て余す彼女の『全力での遊び相手になる』ことを。


 強大でうつくしく、ひとと同じように振る舞うこともできる偉大な精霊は、これをふたつ返事で引き受けた。内容が、大昔に誓った範囲から逸れるものではなかったからだ。


 やがてクリソベリルは精霊(かれ)と親交を深め、無二の親友と認めるまでに至った。

 いっぽう、おそろしく年長者である彼は、自身を保護者と見るきらいがあったものの、この二年は王女の提案に乗って魔法トーナメントにも出場している。(※徹底した人間のフリで、二度とも予選リーグの適度な頃合いで降参した)



 が、今年は違う。

 こうなったらと業を煮やして割り切り、トーナメントでは王女に次ぐ強者を探すことに切り替えた国王夫妻からの嘆願で、女装一式を渡されてしまった。

 「手を貸さずに見守ってほしい」という親心もまた、彼には無視し難いものだった。


 だからこそ、今年は仮装を済ませたクリソベリルから「裏切り者!」と罵られつつも、のほほんと彼女を見送った。

 ぷんぷんと肩を怒らせて背を向ける彼女は、どう見ても凛々しい精霊若君だった。


 遠視でトーナメントを見守ったあとは、姫から戦果を。国王夫妻からは良い婿がねの報せを聞くつもりで庭園を散策した。

 精霊専用の“隠された四阿(あずまや)”に向かったのは気まぐれだ。ほんの一時(ひととき)のつもりだったのに。


 なんと、見つかってしまった。


 ――『すみません。あの……たまたま、あなたがここに入るのが見えて。気になって』と。

 控えめだが澄んだ響きの声音。凛とした佇まいの、()()()()()()()

 衝撃が走った。

 可愛い、と、ひと目で恋に落ちた。

 可愛いに理由なんぞは要らない、と、初めて知った。


 魔法のガラスで遮られてはいたが、彼女本来の夢みるような紫の瞳はうつくしかった。銀狐の仮面も、青と白を基調とする装束も、瞳と揃いのリボンも髪型も何もかも、とても似合っていた。


 ただし可愛すぎて、これを男と見紛う輩はすべて目を洗うべきでは、と真剣に憂慮し、かつ見抜けぬ輩ばかりなことに心底安堵した。


 二言三言(ふたことみこと)話すうちにも恋心は募るいっぽうで、正直抑えようがなかった。

 どうにか、彼女を――……自分だけのものに。

 こんな気持ちも初めてだった。


 気づけば彼女を、石長椅子の褥にそっと押し倒していた。手枕にかかる彼女の髪の感触も重みも、戸惑う視線も何もかもが好ましく、高揚させた。


(……惜しい。祝祭でなければこの場で奪うことも出来たのに……)


 まぼろしと眠りの魔法をかけ、抱き上げた彼女の花びらのような唇や、すべらかな頬に再度口づけた。ほかの、どの精霊にも目印となるように。


「最愛の君。見つけてくれてありがとう。私も、やっと見つけることができたよ。こんなにも心奪うものを」

「んん」

「………………」

 身動ぎして吐息をこぼす、彼女の破壊力抜群の愛らしさを鉄の理性でやり過ごす。こんな試練も初めてだった。


 そうして、今。







「やあ、盛況だね。今年も」

「おや! 精霊様。おいででしたか。お待ちを、ただいま席を……」

「いや、いい。まだ隠れていたいから」

「あらあら。仮面を着けられても、やっぱり恥ずかしがり屋でいらっしゃる」

「ごきげんよう、王妃」


 側仕えの者に椅子を運ばせようとする国王を宥め、ころころと笑うクリソベリルによく似た王妃に微笑みかける。

 この身は、今は女性に見えるだろう。そのことをちょっと可笑しく思う。



「“精霊王のメダル”はどこ? 私に、考えがあるんだ」





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[良い点] 一目惚れって尊い(人*´∀`)。*゜+好き!! [一言] ロスディアンという名前の響きも好みです♡
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