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6 声なき盟約〜シルバ、第一戦〜

 春浅い夜。運河の都ロスディアンは、どこもかしこも宴(たけなわ)。白く丸い月は貴婦人のような(おもて)を楚々と向け、しずしずと藍色の空を昇っている。星々が飾る彼女の天道は高すぎず低すぎず、春とは対になる秋の祭日――収穫祭のころとほぼ同じ軌道とのことだった。


 その月が中天に差しかかるより少し前。各所に点けられた魔法灯の光が広場を照らすなか、会場めざして動く人出の数は頂点(ピーク)に達した。いよいよ魔法トーナメントの本戦が始まるのだ。


 第一試合は「一」のくじを引いた私と、「二」のくじを引く羽目になった第八リーグの勝者。観客席は超満員。貴賓席も外国からのお客様でいっぱいだった。


 そのためだろうか。トーナメントの前には、なんと国王陛下より直々の式辞があった。観客席に影響のないよう厳密に張られた結界領域(フィールド)は、貴賓席よりも後背、王族専用バルコニーを正面に見上げる位置にある。


(王様。あのかたが)


 金髪で中肉中背。もちろん仮装はしていない。

 おだやかな紳士を絵に描いたような男性で、年齢は五十代半ばほど。声は伸びやかに張り、隣のすらりとした妃殿下同様、とても健やかそうだ。これには、ふだん都に暮らさない民としてもホッとした。何よりだ。


 聴衆を見回してみれば、非仮装の大人のほうが多い。彼らは王族のお出ましに恭しく(こうべ)を垂れたり、口々に王家を称える(いわい)ことばを叫んでいた。

 いっぽう、仮装者らは基本的に『我関せず』。今もあちこちで固まり、小声のお喋りや屋台のホットワインを楽しんでいる。

 しかし、それらは特に不敬とは見なされない。今宵、仮面を被る若者は全員、精霊とみなされるからだ。


 何しろ、宮廷規範――ロスディアン城の正式なマナーとして、祝祭日は仮面さえ着けていれば人間の王を前にしても膝を折る必要はない。むしろ、うっかり頭を下げてしまう粗忽者は「私は人間です」と言っているようなもの。逆に、興ざめとされている。


 よって、フィールドに佇む選手たちもめいめいの所作で王の挨拶を聞く。

 が、内容が進むにつれ、ちょっとおかしな文言が耳につくようになった。


「――皆も知っているように、私は娘の結婚相手をこのトーナメントで募っている。もう、三年になるか」


(!?!? は? 娘? 結婚相手…………?? 初・耳、なんですが!!)


 さぁっと血の気が引く思いがした。狐の仮面では隠せないほど、ぽかんと口を開けてしまう。

 群衆もざわざわと揺れている。「おいおい、王様、とうとう婿ぎみ探し、公にしちゃったぜ」などと聞こえるくらいなので、どうやらこのことは以前から公然の秘密だったらしい。


 王の子どもは、たったひとり。名をクリソベリル。王女殿下だ。

 貴族の端くれとして知識はあったものの、顔や背格好は知らない。なるほど、アレクが変な顔をしたのはこのせいか……と、合点がいった。慌てた自分を落ち着かせ、再びスピーチに耳を傾ける。広場も、やや鎮まった。そのタイミングを見計らったかように王も嘆息する。


「友好国の賓客がたも迎えての席ではあるが、今年はあえて言わせてもらおう。……娘よ、そこに。精霊の(なり)で立っておるのは知っている。よいか。もし、そなたが()()優勝したとしても、しなかったとしても。二位までの若者に婿となる権利を与える。これは王の決定である」


「「「…………!!!」」」


 明らかに参加者の数名が息を呑んだ。

 それは。

 つまり。


(この中に王女殿下が……? ひょっとして、参加者は姫の婿になりたいひとばっかりなの?? みんな!?)


 ――どうしよう。

 おそろしく自分が場違いな気がしてきたが、ちょっと待て、と諫める声も脳内(インナースペース)で聞こえた。トーナメントの本来の主旨は違うはずだ。

 起源は古く、建国よりも先になる。ロスディアンの地に住まう精霊とひとが、種別の垣根を越えて純粋に魔法の技を競ったもの。常連選手のアレクもそう言っていた。


 ………………アレクは。

 『アレキサンドライト』を名乗った彼は、十中八九『クリソベリル』王女。同じく男装出場者である可能性が高い。私と体格が近いのはアレクだけだった。ほかの選手は気づいているんだろうか……?


 ちらっと参加者の列を盗み見ても、彼、もとい彼女はこことは反対側の端。うつむきがちな帽子の鍔しか見えない。どうしたものか。けれど。


(聞くことはできない。今は)


 腹を括り、前を向いた。



   ◆◇◆



 挨拶を終えた国王は着席。進行役の女性が、とうとうトーナメントの開始を告げる。

 歓声、口笛、期待に満ちた拍手の雨。

 それらを全身に降るように受けとめ、フィールドに残った私は、ふたりぼっちで残った初戦の相手をひたと見据えた。相手もまた、品定めをするようにこちらを見ている。開始の鐘は鳴っている。気迫が凄すぎて互いに動けないのだ。


 相手の男性は第八リーグで魔法と体術の半々を駆使していた。名はディアーノ。仮装というより、古代の拳闘士のような服装をしている。

 体躯、膂力(りょりょく)……。有利な点があるとすれば、相手はリーグ戦を終えたばかりであること。体力は回復しきれていないはずなので、攻め入る隙があるとすればそこだろう。


 じっと機を伺う私に、顔全体を覆う白面姿のディアーノは声をひそめて話しかけてきた。


「王女殿下でいらっしゃいますか」

「……」


 む、と口角を下げる。こんな質問に意味はないとも思う。もしも私が王女(アレク)だったとして、きっとまともに答えはしないだろう。

 無言の答えをどう汲んでか、ディアーノから戸惑いが滲んだ。どう戦うべきか迷ったのだろう。

 その隙を逃すほど、私はお人好しじゃなかった。すばやく魔力を練り上げる。


「“氷よ。夜に満ちる、凍てつく精霊よ”」

「!! はッ――! しまった!!? や、やめっ」




 キィィィン!

 

 バキッ。パキパキパキ……



 男性の足元を霜が伝う。這い登り、瞬く間に腰のあたりまでを氷結させる。狙いは。




 ――――キンッ!!!




 ひときわ甲高い音をたて、男性の左手の守護の腕輪が砕けた。すかさず技を解く。男性の戒めが消える。


「勝負あり! 勝者、銀狐のシルバ!!」

「なっ……? そんなぁ!!」


 男性の悲痛な嘆きを飲み込み、開始の比ではない大歓声が降り注ぐ。

 まずは一勝。

 精霊王のメダルに近づきつつ、なぜか王女の花婿候補までなぎ倒してしまった。なお、後悔はしていない。していないが……。


 ちょっとばかり複雑な思いで選手席のアレクを。

 次いで、城のほうへと目を泳がせた。



「(……なぜかしら。魔法の効きが良すぎる?)」



 呟きは、もちろん声にしていない。




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