4 精霊王の卵たち
ゆ、る、し、が、た、い。
ゴゴゴ……と、我ながら怒涛のオーラ(※羞恥を含む)を振りまく姿は一般的に近寄りがたかったようで、ごった返す広場も何のその。第三ブロックトーナメントの開始前には余裕で集合場所にたどり着けた。
目のすわる(※仮面の魔法ガラス越しにも拘わらず)私に、審判をつとめるウサギ耳をつけた女性は、おっかなびっくり金色の腕輪を付ける。左手首だ。
「これは?」
「え……ええと。試合に出られる方には全員、付けてもらっています。強力な守護魔法がかかっています。あのフィールド内にいる限り、一度だけ装備者の代わりに攻撃を受けて砕けます。ですから、これを壊されるか、あるいは降参を申し出たほうを負けとします。くれぐれも外さないでくださいね」
「わかりました」
フィールド、というのは受付からでも見える。広く正方形に区切られた敷石の部分だろう。ふだんは四方を緩やかな階段に囲まれた門前広場の、およそ中央。
現在は誰も立ち入っていないし、すり鉢状の階段がうまい具合に観客席となっている。すでに第一・第二ブロックを終えたこともあり、見物客たちは独特の熱気と祭の空気で湧き立っていた。なかにはメモ帳を手に、真剣に何かを書きつけている人びとも。仮面を被った賭博屋だ。
(……たしか、希望者は予選リーグを見てから券を買って、本トーナメントの優勝者を賭けられるんだっけ。公式胴元もあるって話だし、一夜でとんでもない大金を稼ぐひともいるとか……。すごいわよね。何でも商売にしちゃうの)
人間、いくら精霊のふりをしたところでお金には目が眩むもの。自分だって、最終的には将来の仕事を勝ち取るためにメダルを欲している。
……ちょっと、いや、かなり不慮の事故はあったものの、もう忘れてしまったことだし。目の前のドリームに邁進せねば(※うっすら涙ぐんでる)
そこまで考え、ハッとした。
ドリーム。夢。そういえば。
――――これは夢だ、とあいつには何度も囁かれた。
よくよく考えると、もの凄い精度の催眠魔法だった気がする。どこまでが現実だったか定かではなく、頭に霧がかかったようにぼんやりしていた。抵抗を試みることすらできず、眠る直前の不確かな覚醒状態での…………あれこれ。
忘れようとした感触がふいに蘇り、心もとなく不安が募るのを必死に堪えて飲み下す。気の迷いとしか思えない、出どころのあやしい感情も何もかも。
きっちり着込んだ衣装の首元や胸元に乱された形跡はなかったし、もちろん、念入りに巻いた体型補正の布もそのままだった。
(大丈夫。きっと、夢を見させられただけ。受付嬢からも、行き合った女の子たちからも『男』として見られた。平気……バレてない、バレてない)
半ば言い聞かせ、気分転換にと買っておいた金平糖の袋を取り出す。
爽やかな薄荷色のそれを選び、口に含むと、しゃり、と優しい甘さがほどけた。
すう、と深呼吸する。
よし。やれる。
城の庭から慌てふためいて駆けたときとは大違いの落ち着きを一旦取り戻し、第三ブロック開始の知らせを受けてフィールドへと向かう。
予選リーグとは名ばかりの総当たり戦で、ちょっとびっくりしたが、これくらいならエーセルブランシュの学園での実技訓練時間と、光景としてはさほど変わらない。
危うげなく流れの魔法を食らわないように注意し、相手を怪我させないよう転倒の魔法で体勢を崩させてからの、魔法の氷槍による牽制。(※脅しとも言う)
総勢二十名からなる激戦を、気がつけば勝ち残っていた。
本選出場者として審判員から名を聞かれ、そこでようやく用意していた偽名の『銀』を名乗る。
やんやの喝采と降るような拍手を受け、ちょっと照れながらフィールドを出ると、入れ違いに入ろうと控えていた一団のひとりから声をかけられた。
高くも低くもない軽やかな声は聞き覚えがあり――
「やあ、おつかれさま」
「! 貴方は!」
目をみはる。忘れもしない、黒尽くめの鍔広帽の少年だった。思わず笑顔で駆け寄る。
「あのときはありがとう。これからですか?」
「うん。見てたよ。シルバって通り名、ぴったりだね。戦い方も綺麗だった。おめでとう」
「あ、ありがとう……」
「じゃね。そこに魔力回復水を渡してくれるところがあるから、休んでたら」
「そうなんですか。どうも」
「どういたしまして」
おだやかな会釈を見送る。
黒い仮面だからか、白い肌が余計に際立つ美貌だった。にこりと笑む口元が印象的で、手を振る彼にこちらも振り返す。
ずいぶんと慣れていた。常連参加者なのかな……と、教えられたテントで回復水の瓶をもらう。特徴のある清涼感と薬草っぽい苦味をちびちびと味わいながら第四ブロックを観戦した。すると。
「すごい」
圧巻の一言。
黒衣の少年は火炎連撃を応用した円状波を放ち、他の参加者を一網打尽に帰していた。一斉に腕輪の壊れる音が鳴り響く。
ぽかん、と見入る先で、少年は『金緑石』と名乗っていた。