3 女神のような盗びと
番兵の男性が話していた飾りランタンは、様々な動物の形を模した張り子の内側で蝋燭を灯したものらしく、色は同じだが、かえって統一感があって差異が面白い。
池のほとりには白鳥。あっちは子鹿。どっちもよく出来ている。木々の間からこちらを見ているポーズが愛らしかった。
それに、向こうは……。
「ん? 動いてる?」
驚いた。思わず声に出してしまった。
きょろきょろと見回すと、辺りに人影はない。注意深く白い『何か』が見えたところに近づくと、そこは植え込みだった。
ただし、大人ひとりが通れるほどの細さで剪定されたトンネルがある。庭師が手入れのため、わざと開けているのかもしれない。
が、ふつう、そんな業務用の通路を一般来場者に気づかせるかな……? と首を傾げるものの、一度疼いた好奇心は抑えられない。
ガサガサと茂みの葉を鳴らしつつ進むと、なんと、小ぢんまりした四阿を発見してしまった!
しかも、藍色の夜闇にぼんやりと浮かぶ白い石材でできた柱の向こうには、先ほど動くカンテラと勘違いした『先客』が座っている。貴人のようだった。
「おや。見つかってしまった」
「すみません。あの……たまたま、あなたがここに入るのが見えて。気になって」
「いや、いいよ。座る?」
「はあ」
――内心、おっかなびっくり。
通常であれば、初対面の人間とこんな風に夜中に一対一で差し向かうことはない。しかし、今夜は特別な祝祭。相手が不埒なことをやらかしそうな男性ならともかく、相手は古代のドレスをまとう精霊めいた佇まいの女性だ。
そして、いまの自分は銀狐の精霊。男装は板についているようだし、まず、危険はないと思われた。
さっき、少女たちに走り去られてしまったときのように「失礼します」と相席を断るが、こちらの御仁はゆったりと頷くだけ。
そのことに安堵しつつ、ふと、相当身分の高い女性なのでは……? と、どぎまぎした。
すると、おもむろに長い袖が動き、裾から覗く指にこちらを差された。
「そのカード」
「……はい?」
「胸のポケットから端が見える。トーナメントの出場者に配られるカードだね。出るの? 君が」
「は、はい。すごいですね。この……魔法照明かな? ほんの少しの明かりで、こんなに小さなものを見分けられるだなんて。カードをご覧になったことがあ
「わからないかな。わからないなら、いい」
「?? え? どういう……」
「ふふっ。それにしても」
「わっ!?」
半円を描く石の長椅子に並んで腰掛けたため、相手の接近を許してしまった。
頭には名前の知らない、色とりどりの花冠。女神のように優雅なドレープを作る、白い長衣。体つきは花冠から垂れるふわっとしたベールで分かりづらかったが、これは。
やんわりと後頭部に片手を添えられ、押し倒されている。華奢な飾環に付随する布型の仮面が揺れて、精悍な顎と頬を覗かせた。――――男!!
「やっ、やめろ! 僕は」
「大丈夫。今宵、祝祭で出会った者の正体は明かしてはならない。その決まりを私みずからが破ることはない。君の衣を暴いたりはしないよ。いまは。でも」
「!!!」
ゆっくりと声が近づいた。
なぜか、抗うことができなかった。うなじの下に添えられた長い指に気持ちがざわつく。相手の胸は固くて、両手で押してもびくともしない。
こんなのは、初めてで。
ふさがれた唇を割って熱いものが入って、いいように蹂躙されている。
息が止まり、目を開けていられない。熱くて、とろりとした時間が溶けだす。
やがて意識が朦朧として、相手のもう片方の手が腰のあたりに伸びるのを止められなかった。
それから。
――かわいいひと。約束ごとだからね。いいね? 君は、夢を見ていた。
――夜が明けたら必ず迎えに行くよ。さあ、行って。
まどろみが押し寄せて為すすべもなく、低い囁き声が闇に消えた。
◆◇◆
ゆさゆさ、遠慮がちに体を揺すられて焦った声がする。
石の椅子でも、あのひとの手でもない。草の感触を頬に感じてハッとした。
「君っ! 大丈夫か。どうした、こんなところで倒れるなんて……気分が?」
「い、いえ。すみません。何も……………!! あの、いま何時ですか!?」
「いま? ええと。あれから半刻も経っちゃいないが」
「ありがとう! ごめんなさい! 行きます、やばい、ぎりぎりだ!!」
「え、あ、うん……? き、気をつけて」
番兵に謝り、勢いよく起き上がって門へと走る。
なぜか茂みの手前で寝ていた。寝かされたというほうが正しいだろう。くそっ、あいつめ……!
(〜〜ううっ、だめだ、忘れる! 忘れた!!!)
カードに記されたエントリー時刻はもうすぐだった。
唇と口のなか。体のあちこちに残る甘さと疼き。違和感の正体に、私は全力で気づかないフリをした。




