2 貰いものには裏がある
(しまった。もう、こんなに……!?)
黒山の人だかりを前に、アウロラは棒立ちになった。
◆◇◆
目当ての会場はロスディアン城の門前広場。ここから放射線状に路が広がっていることもあり、隅に設置されたトーナメント受付は参加希望の若者でぎゅうぎゅう詰めになっている。
こんなに人気のあるものだったなんて……と、途方に暮れていると、誰かから気安く肩を叩かれた。
「やあ、君も出たいの? トーナメント」
「え? あ、はい」
振り返り、ぱちっと目を瞬く。
黒く豪華な鍔広帽が印象的な少年がいた。目元のみを隠す最低限の黒い仮面は、整った顔を全然隠せていない。詰め襟をきりりと着こなした美形だ。
長い髪も黒。全身黒尽くしだが、不思議と圧迫感はない。細身なせいか。
(地毛? 鬘かな)
ぼんやりと見つめるアウロラに、少年はふわりと笑んだ。
「銀狐の精霊さん。良かったら、これをあげよう」
「……“第三ブロック、六番”……?」
「受付済みエントリーナンバーだよ。友人の分なんだ。でも、出たくないっていうから」
「ええっ!? そ、そんな。悪いです」
「いいから、いいから。このままだと欠番になってしまう。それこそ勿体ないからね」
そう告げると、何とも手慣れた様子で片目を瞑る。
呆気にとられる私の手に白い金縁カードをねじ込み、少年は軽やかに離れて行った。
「じゃあね。がんばって」
「あ……っ、もう! せめてお礼を」
幾らか、と告げようとしたところで人垣の向こうに消えてしまう。追いかけたが、まったく見つからない。諦めて嘆息する。
友人の分、ということは彼も出場するんだろうか? 勝ち進めばまた会えるかもしれない。
カードの裏には第三ブロックの開戦時刻と運営委員会の印が押されている。まだ時間はたっぷりあった。
私は、それまで広場の周辺を散策することにした。
「――へえ。一般開放?」
「そうだよ。こんな時じゃなきゃあ、お城になんて入れないからね。折角だし見ていけば? 狐の兄さん」
「うん! ありがとう」
立ち寄った屋台のおじさんからの有益情報(※時間つぶし)に、笑顔で応じる。
金平糖を注文すると、色とりどりの星の形の砂糖菓子を小袋に詰めてくれた。
「良い夜を。精霊さん」
「良い夜を。隣人どの」
祝祭の挨拶で別れ、ドキドキしながらお城の通用門をめざす。遠目にもわかる。たしかに、ひとの出入りがあった。
ちょうど可愛らしく着飾った仮面の少女たちが出てきたところに出くわし、「失礼」と一旦身を引くと、きゃあっと小さく叫ばれた。彼女たちはそのまま、ろくな返事もなく互いをつつき合って去ってしまう。
(??)
不可解な表情は仮面越しにも出てしまったらしい。側で見ていた正装の番兵がくすり、と笑って教えてくれた。
「狐の貴公子くん。あの精霊の姫君たちは、君があんまり格好いいから照れちゃったんだよ」
「へ? …………あ。ええっ!?」
「どうぞ。一般開放区域はここから見える範囲の庭だけど。あちこちで飾りランタンを展示してるからね。わかりやすいし、綺麗だよ」
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
会釈で鉄柵の隙間を通らせてもらう。
そういえば、自分が男装なのをすっかり忘れていた。危ない危ない。ちゃんと、男っぽく振る舞わないと――
しっかり心で言い聞かせ、気持ちを落ち着けてから、城内へと足を踏み入れた。