たとえあなたが亡き人だとしても
一体あなたが旅立って、どれくらい経つのだろう。
もうあなたの表情が、声が、ずいぶん遠くに思えてしまう。それくらいに愛していたから。
私を置いて行ったことを恨みはしない。恨んだって仕方がないし、別にあなたのせいではないのだ。
飛行機が墜落したと聞いた瞬間、目の前が闇に包まれたように錯覚した。
だってそれにはあなたが乗っていたのだ。あなたが巻き込まれていないはずがない。
でもあなたが一体どこにいるのか、私には皆目見当がつかなかった。
大丈夫だと信じていた。だってあなたには佐藤くんがいる。
佐藤くんはあなたのお友達なんだってね。あまり知らないけれどいい人のようだったし、あなたからどれほど頭が良いのかは聞いていたから。
だから、信じていた。心から神に願っていた。
けれど願いは叶うことなく、数日後に知らせが届く。
――佐藤くんが死んでいた。
死体の状態は他のものよりずいぶん良かったらしい。もちろん虫は集っていたけれど、折り重なるようにして亡くなっていたのとは違い、彼だけは機内の一室で静寂の中横たわっていたのだそう。
でもあなたはどこを探してもいなかったのだと聞いた。おそらく他の死体に紛れていたのではないかとも言われたが、けれど死体の数が一つ足りないと聞いた。
その時は私はピンときた。あなたは飛行機の中ではなく、別の場所にいるのだと。
もちろんあなたの生存は絶望的であることくらいはわかっている。
もう水も食料も尽きているだろうし、あの砂漠は広大らしいから、当然ながら人の住む地に出ることは難しいだろう。
それでも私は、たとえあなたが亡き人だとしても、あなたを見つけたいと強く思った。
どうしてだろう。……それはきっと私が、あなたにお別れを言いたいからに違いない。
あの時、「行ってらっしゃい。楽しんできてね〜」と言った私に、あなたは言ってくれたのだもの。
「すぐに戻ってくるよ」と。
だから私の腕の中に戻ってきてほしい。
どんな姿であってもいい。だからもう一度だけあなたの感触を胸に収めたい。
そして、私ははるか西の地へと向かって、まるであなたの形跡を辿るかのように飛び立ったのだった。
私とあなたが出会ったのは大学時代。
私が偶然に立ち寄ったカフェにあなたがいて、話しかけたのが全ての始まりだった。
すぐに私とあなたは関係が深まり、オシドリのごとく互いを心から愛するようになった。
婚姻の約束だってしていた。だから、あなたと結ばれることを信じて疑っていなかったのに。
「――あなたは今、どこにいるの?」
砂漠のある大陸へ着陸し、そこから徒歩であなたのいるであろう砂漠へ入った。
私は単身だったが、備えはちゃんとしてある。水や食料をリュックいっぱいに詰め込み、連絡手段もきちんと整えてあった。
……あなたに会いたい。
私は幾日も幾日も、母親の匂いを求める獣のように、あなたを探し続けた。飛行機墜落事故の現場には旗が立っており、ここが佐藤くんが死んだ場所なんだと妙な感慨に耽ってしまった。
でもあなたは、この近くにはどこにもいない。
この砂漠には何の動物もいなくて、時が止まったかのような静寂に包まれている。
死んでいるみたいだと思って、私は苦笑を漏らした。どう考えてもこの地は息絶えている。動物も植物も、そして人も。
やがて私は何のために動いているのかもよくわからなくなってきた。だってあなたは、どれほど探しても見つからないのだ。
神様が魂ごと体を天まで持ち去ってしまったのではないかなんていう考えまで浮かんでしまう。きっと私も暑さにやられているのだ。
こんな中で一人でいたあなたはどんな気持ちだったのだろう。
死にたいと思った? 生きたいと思った?
私に会いたいと、少しでも思ってくれていたなら嬉しいが、そんなことは望みすぎだろう。
人間、愛情よりも生存本能。そんなものだろうから。
あなたは、私がこの地まで訪れてしまったことをどう思うだろうか。
嬉しいのか、悲しいのか、それとも怒りすら抱くのか。
ごめんなさい。こんなところまで来てしまって。でも私はあなたを好きだったから、愛していたから。
もうすぐ砂漠に入ってから、一年が経とうとしている。
何度も人の住む街に戻り、食料などを確保して、また戻りを繰り返した。
こんな若い女のくせに、自分は一体何をしているのだろうと思う。
他の男を作って愛していれば、きっとこんな空虚な思いはしないで済んだ。なのに私はあなたを諦め切れない大馬鹿者。
大馬鹿者と呼ばれても構わない。だから早く、あなたと会いたい。
……それは、突然だった。
ただただ砂の上を滑るように歩いていた私の目に、白いものが飛び込んできた。
その白い石のようなものはこの砂漠にとってはとても異質で、だからこそ、私はそちらへ駆け寄って砂をほじくった。
……それは人間の掌の骨だった。
もっと掘り返せば、腕が出てくる。胴体や脚も、日の元にあらわになっていった。
私は夢中で掘り返し、掘り返して、白骨化した頭部を見つける。
それは、間違いなく。
「――鈴木くん」
あなたの名前を呼んだ。
空虚なあなたの瞳が、私をまっすぐに見つめてくる。
眼球なんて溶けていて、ただがらんどうの穴が空いているだけ。
歯だって剥き出しであるし、普通の人間であればなんとも悍ましいと思うだろう。
けれど私は、それがあなただとわかったから何も恐ろしくはなかった。
あなたのドクロに頬擦りをする。ずっと触れたかった温もりはないけれど、あなたの匂いがした気がした。
あなたはここで何を思い、どうしてこのような姿になってしまったのか。
私にはそれはわからない。もはや知る術はないのだろう。
でもあなたはここで私を待っていてくれたのだから、それだけでいい。それ以上は何もいらない。
涙を流しながらあなたを抱きしめる。ああ、ああ。この腕の中に帰ってきてくれた。どれほど待ち望んでいただろう。
一年間以上押さえつけてきた喪失の悲しみが一気に湧き上がってくる。
私の喉からはいつしか、嗚咽が漏れていた。
「ありがとう……、愛してたよ」