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大影帝国記【完結!】  作者: aberia
第四章 玉璽争奪編
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第五話 覚悟

「帝位争い……」



 そんなもの、自分達には無縁のものだと……思っていた。

 何も知らなかった頃の季翠は、兄である鶯俊が帝位を継ぐのだと、何の疑いも持たず信じていた。



 しかし、それは当然とも言えた。

 大影では皇女に皇位継承権はなく、彼は唯一の皇子であったのだから。



 でも、それが崩れた。



「本来なら、次期皇帝は第一皇子だが……」

 虎雄は、ここにきて今日一番顔を歪ませて見せた。



 ――――ああ、そういうことだったのだ。

 この表情の意味を、ようやく理解した。



「……貴方は、やはり知っていたのですね」

 この男は端から承知していたのだ。



 鶯俊が偽物だということを。



 だから、あれほどまでに嫌悪していた。

 季翠に男であればと、望んだ。

 それは、次期皇帝となるはずの皇子が、”正統な血筋を持たない存在”だったからだ。



 そもそも雀紅松でさえ知っているのだ、この男が知らないはずはない。

 しかしそれはつまり、()()()()()()()()()()()()ということだ。



「あなた方は……っ」

 季翠は、明確な怒りを感じた。



 この男も、紅松も、そして宰相達や他の将軍達も。

 彼らの沈黙が、今の状況を生み出したのだということを、本当に分かっているのだろうか。

 鶯俊を嫌悪する前に、自分達はどうなのかという話だ。



「貴方は、あなた方は、自分達がどれほど愚かな罪を犯したのか分かっているのですか‼」



 彼らがしたのは、つまりは隠蔽だ。

 よく考えれば、公然と帝国の皇子の出自が疑われているというのに、それに対して傍観を貫いていたというのがそもそもおかしな話だった。

 


 彼らは、それが正しいと知っていたが故に否定できなかった。



「やらかした当人に言え」

 —―――最も、すでにあの世だがな。



「は……」

 あの世?



「それは……赤子を取り替えた乳母のことですか」

「乳母……?ああ、そういえばいたな。そんな女も」

 一抹の興味もない言い方だった。



 やらかした、とは、赤子の取り替えのことだろう。

 ならばそれをした人物は、処刑された乳母のはず……。

 それなのに。



「(取り替えたのは乳母ではない……?)」

 他に死んだ者と言えば。



 亡き皇太弟妃?

 いや、しかし彼女は産後すぐに亡くなったとあったはず。

 彼女が子を取り替えるのは、現実的に考えて不可能だろう。



 誰かが代わりにしたとしたら別として。





 ……待て。

 つい最近、いたではないか。

 死んだ人間が。

 それも今日、葬儀が行われた。

 

 

 それに伯虎雄も劉炎も、彼が死んだと聞いた時、まるで当然だとでも言うかのような――――。



 ぽつりと、独り言のように言葉が出た。

「…………蒼旺皇太弟なのですか。赤子を取り替えたのは」



 それに対し、虎雄が返したのは。

「――――自業自得だ」



 それが、答えだった。



 ……私達兄妹は、どうなってしまうんだろう。



 一人は偽物。

 一人は叔父殺し。

 一人は追われる身。



 こんな中で玉璽の争奪戦など起ころうものなら。

「(簒奪者が現れても、おかしくはない)」



 玉璽を手に入れた者が、次代の皇帝である。

 


 つまりそれは、玉璽さえ手に入れれば誰でも皇帝足る資格があるとも捉えられる。

 そしてそれは簒奪ではなく、天命とされるだろう。



 特にあの、烏竜という男。



 官吏達の話では、彼は皇配の座を狙っているとの話だった。

 しかし、現に四狛を使って季翠から玉璽を奪った。

 


 碧麗の夫にならずとも、残り三つを集めれば彼自身が国の頂に立つこともできるのだ。

 それとも、それを使って彼女を女帝にするつもりなのだろうか。



 しかし。

「(姉上が叔父上を殺したという事実は、帝位を狙う者にとっては好都合な話だ)」



 鶯俊を例外と考えれば、碧麗が現時点では一番正統な皇位継承権者と言っても過言ではない。

 すでに性別における壁は、取り払われていると考えて良いだろう。

 紅蕣が望んでいる女帝は、不可能な話ではなくなったのだ。



 しかし、たとえ処刑されても当然な大罪人だとしても、肉親殺しは肉親殺しだ。



 叔父殺しは、肉親を殺害する罪の中でも上位に入る重罪だ。

 大影帝国では父系の血筋を尊ぶ風潮がある為、父方の叔父を殺した罪は母方のそれよりも重い。

 一番重い罪は、もちろん父殺しだ。



 帝位争いにおいて、碧麗の犯した罪はかなり不利な要因になると言えた。

 逆に他の者にとっては、突くことができる弱点になる。

 ……それはもちろん、鶯俊にとっても。



「(兄上と姉上が、争うことになるのだろうか……)」

 


 どちらかが勝ち、どちらかが負けるのだろうか。

 それとも、どちらも負ける……?


 

 そうなったら、負けた方はどうなるのだろう。



 ……死ぬ……?



 もう、会えなくなる……?



「っ……‼」

 何の前触れもなく、涙が自然と溢れ出そうになった。



 嫌だ。



 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

 嫌だ。



 絶対に、嫌だ。



 姉が死ぬと考えただけで、それだけで季翠はどうしようもなく泣きそうになった。

 想像するだけで胸が締め付けられるような、喉が苦しくなるような感じがした。



「……まも……らない、と」



 守らないと。

 守らないと。



 助けないと。

 助けないと。



「だって……」


 

 —―――私はあの人の妹で、あの人は私の姉なんだから。

 だから姉上は……。



 季翠にとって、(血縁)以上に優先すべきものはなかった。

 少女にとってはそれがすべてで、それを失うということは存在意義に関わることだった。



 両腕を顔に押し付けるようにして、乱暴に拭う。



 泣くな。

 泣いていたって、姉は助けに来てはくれない。

 助ける方は、守らなければならない方は、季翠なのだから。


 

 その為には……。



「……私は、知らなければならない」



 碧麗を。

 


 このままでは。

 彼女を理解しないままでは、守れない。

 きっと。



 虎雄はこうも言っていた。

 ――――今この状況で、蒼旺を殺す理由がある人間など限られる、と。



 それはつまり碧麗には、蒼旺を殺す何らかの理由があったということだ。

 いや、理由なく殺したりなどしないとは分かっているが。



 何となくだが、その理由はきっと……。



 自業自得。

 そう評した虎雄の言葉が浮かんだ。



 ――――二十年前。

 すべてはそこにあると、妙な確信があった。









 知らなければならない。

 たとえその結果知ることになるのが、悲しい真実だったとしても。

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