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大影帝国記【完結!】  作者: aberia
第四章 玉璽争奪編
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第一話 虚像に向けた愛

「――――で?お前は姉の身代わりになり、情けなくも皇宮から逃げ出してきたというわけか」



 馬鹿なのか?



 言葉の主は、伯虎雄。

 ここは、帝都・麟翠(りんすい)にある伯家本邸である。



 劉宰相の手を借りて皇宮から脱出した季翠は、彼の馬車でこの邸に連れて来られた。

 劉炎の馬車から恐る恐る姿を見せた季翠を見た、虎雄の嫌そうな顔ときたら。



 しかし近衛から身を守るのに最も安全な場所――――それが本当に、伯家(ここ)だと言うのだろうか。

 


 季翠をここに連れてきた張本人、劉宰相はというと……。

 ――――邸到着直後。



「旦那様、伯家本邸に到着いたしました」

「む」

「……え?」



 伯家……本邸……⁉

 御者が告げたまさかの到着地に仰天する。



「りゅ、劉宰相、安全なところという話では……」

「それがここだ」


 

 どこが安全だと言うのか。

 むしろ季翠にとっては、どこよりも危険なところと言えるのだが。



 当然のようにしている劉宰相が理解できない。

 いや、彼としては正しい判断を下した結果なのだろうか。

 伯虎雄は季翠の後見人だった為、無条件で味方になってくれるとでも思っているのかもしれない。



 しかしながら生憎と、そんな関係性ではない。

 むしろ今の状況で虎雄に相対すれば、彼は嬉々として季翠を皇太弟殺害の罪で処刑するように進言するかもしれない。

 悲しいことにそんな信頼だけは、人一倍ある。



「(と、とにかく見つかる前に逃げ——「爺……こんな夜更けにぼろ馬車を人様の邸に横付けするとは、何様のつもりだ」)」


 

 一足早く、邸の主が来てしまった。



 就寝前だったのか、寝衣に羽織を一枚纏っただけの簡素な姿だ。

 とはいえ仮にも宰相の前に出るのだから着替えるくらいはしても良さそうだが、そこは伯虎雄という男である。

 というか、寒くないのか。



「客人を御案内してきたのだ」

「客人だと?」



 劉宰相に促され、もう諦めの境地で馬車から顔を出した季翠。

 虎雄はほんの一瞬目を見開いた……後、油虫でも見るような顔になった。



 なぜ劉宰相は、ここが近衛から身を守れる唯一の安全地帯などと言ったのか。

 そもそも。



「(烏竜将軍は、伯大将軍の養子のはずだ。それに近衛には、伯系武官が多くいる)」

 何より、虎雄は季翠のことを嫌っている。

 


 季翠はこのまま近衛に突き出されるか、良くてこのまま寒空の下追い返されるか。

 


 ……しかし。

 信じられないことに、彼は季翠を邸に入れたのだ。

 渋々、本当に渋々。

 心底嫌そうに、蔑んだ目で見られたが。

 


 一体どういうつもりなのか。

 客間に通され寝台に横になったが、結局一睡もできず一夜を明かすこととなった。



 そして翌朝、卓を挟んで元後見人と顔を合わせているわけであるが……。



 まともに顔を合わせたのは、半年以上前だ。

 二度とその顔を見せるなと言われた手前、気まずいことこの上ない。

 がしかし。



 心底不愉快だという顔を隠しもしない虎雄の顔を、改めて見る。

 正直今はその顔に怯え、委縮するというよりも。



「(……この人は変わらないな)」

 その変わらなさに、むしろ安心すら感じた。





 —―――そして冒頭に戻る。

「……なぜ、知っているんですか」

 季翠は彼に、何一つ話していないというのに。



「一夜明ければ、粗方の事は出回る」

 つまらないことを聞くなと言わんばかりだった。



 どの高官も、あちこちに配下を散らばらせて情報収集をしているというわけか。

 しかし。



「……出回っているのは、皇太弟が殺害されたということと、第二皇女()がいなくなったということくらいのはずでしょう」

「ふん」



 そうだ。

 碧麗のことを知っているのは、間違いなく季翠ただ一人のはず。

 それともあの場に、誰か他にいたとでも言うのか。



「今この状況で、蒼旺を殺す理由がある人間など限られる」

「お前が皇宮から逃げ出した状況を考えれば、犯人は自ずと一人に絞られる」

 まるで、すべて知っているかのような口振りだった。



 しかしその通りだった。

 犯人が碧麗だったからこそ、季翠は逃げ出したのだ。



「……」

「”綺麗で優しい碧麗姉上”は、()()()()()()()()都合のいいまやかしだったと、ようやく分かったか」



「っ伯大将軍……‼」

 季翠は思わず反射的に声を上げた。


 

 しかし虎雄はそれに対して、心底軽蔑しているというような鋭い眼光を向けてきた。

「俺はお前のそういう甘ったれなところが、昔から反吐が出るほど気に入らんかった」



 久方ぶりに感じた威圧感だった。

 


 呆れ、失望、落胆、すべてを含んだ目。

 その目を向けられた途端身を縮こまらせたのは、体に染み付いた癖だった。



 虎雄は吐き捨てる。

「すべてが美しい女がいてたまるか」

「同じように、優しい面しか持たぬ者もいなければ、清廉潔白な面しか持たぬ者もいない」



 そうかもしれない。

 しかし碧麗は、そんな不特定多数の人間達とは違うのだ。



「違う……」

「きっと、何か事情があったのです」 

 優しい姉が、人を殺さなければならなかった何か大きな理由が。



「(そうだ。そうに決まっている)」

 姉上がすることは正しいはずなんだ。

 そもそも蒼旺は、帝位を狙っている人物の一人だと官吏たちも言っていたではないか。

 姉上はきっと、蒼旺から陛下や兄上を守ろうとして……。



「お前は俺を、陛下以外どうでもいい不寛容な人間だと思っているだろうが、俺からしてみれば、お前の方が余程不寛容で冷たい奴だ」



 季翠の思考を、虎雄の厳しい言葉がぶった切る。



 —―――自分が、不寛容……?

 意味が、分からなかった。



 呆然とする季翠に、虎雄は続けた。

「否定するというのは、許さないと同義だろう。これを不寛容と言わず、何と言うんだ」



 どういう意味なのか。



「つまりお前は碧麗に、”綺麗で優しい姿”しか許さないと言っているんだろう?それ以外の存在に、なるなと」

 それは本当に愛していると言えるのか?



「……‼」

「お前は本心では姉の行動を認めたくないんだ。お前が望む綺麗で優しい姉は、人殺しなどしないからな」



 だから、姉の行動を正当化する理由を必死に考えている。



 そんなはずはない。

「ちがう、あねうえは、ほんとうにやさしいひとで、天女みたいにきれいで……」

 だから、だから。



 幼子のように拙く言葉を紡ぐ季翠に、虎雄は冷たく告げる。

「お前が知ろうとしなかっただけだろう」



「理解しようとすらしなかったくせに、いざ見たくない相手の一面に遭遇した途端、そんな人ではないはずなどと自分勝手にも程がある」


「お前は一度でも考えたことがあるのか?碧麗がどう思っているか、何を考えているか、鶯俊が偽物と知ればどう行動するか」



 そんなの……。



「(私は……考えたこともなければ、聞こうとすら思わなかった)」

 だって、もし返ってきた言葉が……。



「お前は姉のことを何も見ていないし、知らないのだ。自分の見たい姿だけ見るのは、さぞ楽だっただろうな」



「っ……」

 そうだ、季翠は何も知らない。


 

 だって……。

 碧麗に鶯俊のことを聞き、もし姉が紅蕣と同じように兄のことを考えていたら……。



「お前は姉を、兄を、慕っていると言いながら、自分の見たい一面しか見ていない。それで愛しているなどと、笑わせる」







 季翠は、顔を上げられなかった。

 ただただ、己が恥ずかしくて堪らなかった。

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