第三十二話 散らばった玉璽
第三十二話 散らばった玉璽
「第二皇女を始末しなかったのはなぜだ‼四狛!」
四狛は近衛将軍の執務室で、主の副官である伯廉に厳しい叱責の言葉をかけられていた。
「申し訳ありません」
直立不動で口だけ謝罪する態度は、我ながらいい度胸だと思う。
伯廉の米神に、ビシリと青筋が浮かぶ。
元々、四狛はこの上官が得意ではない。
恐らく伯廉の方も、四狛を気に入っていないだろう。
四狛が元々傭兵崩れのような存在だったのもあるが、一番は直接の上司が伯飛であるからだ。
伯廉は常日頃から、何かと伯飛に張り合っていた。
二人共同じ副官だが、やはり主君の乳兄弟である伯飛は、他とは一線を画す存在であったから。
しかし、そもそも自分は監視役であって、暗殺者ではない。
取り逃がしたとて、役目は果たしているはずだ。
……直接言われていないだけで、そう望まれていたのは明白ではあったが。
悪びれもしない四狛の態度に、更に怒声を続けようとした伯廉だが。
「――――玉璽は手に入りました」
「!」
執務机にいる主君――近衛将軍・烏竜が、手の中の物に目を落とす。
彼の手にあるのは、四狛が季翠から奪ってきた物だ。
季翠の元に届けられた謎の金塊。
—―――その正体は、皇帝の証である印・玉璽が無残にも四つに切り分けられた内の一つであった。
四狛も皇女宮で見た時は目を疑ったが、報告したところ、どんな手段を使っても手に入れろとの命が下った。
その為、正体を明かしてまで持ち帰ることになったのだ。
「今はこれで十分です」
そう言うと、烏竜は玉璽の欠片を巾着に入れると、大切そうに懐に仕舞った。
「しかし殿‼」
「伯廉」
窘めるような目に、伯廉はぐっと押し黙る。
「四狛、長期任務御苦労でした」
烏竜は副官から視線を外すと、四狛に目を向けた。
四狛は元々、監視役として西の地に送り込まれていた。
数年前から西の兵に紛れ、密かに伯虎雄及びその周辺の動向を帝都へと伝えていたのだ。
元々西の出身ではあったが、帝都で近衛としての基本的な能力や知識を叩きこまれた後、再度西に送られた。
そこからずっとの為、確かに長期と言えるかもしれない。
「三嵐が”離宮”の警護に当たっています、明日からは彼に合流するように。今日はもう下がりなさい」
「はっ」
伯廉への態度と打って変わり、丁寧に礼を取って退出する。
主は先ほどの言葉通り、これ以上何かを問うつもりはないようだった。
宿舎への道を歩きながら思うのは、仮初の主だった少女のことだ。
……あの子は、無事に逃げられただろうか。
四狛ははっきり言って、季翠を裏切っていたこと自体については、何の罪悪感も持ってはいない。
彼にとっては正しい行いをしただけであり、後ろめたさを感じるようなことではないからだ。
だから、季翠の前でとりたてて演技をしていたわけでもない。
話した言葉も振る舞いも、感じた感情もすべて嘘ではない。
彼には彼の正義があり、返すべき恩と忠義があっただけの話だった。
しかしだからと言って、進んで季翠を殺そうなどとは思わなかった。
……それと同じように、手助けに近いことを自分がするなどとも、思っていなかったけれど。
まだ、十四歳の女の子だ。
主がなぜあの子を排除したいと思うのかは分からないが、表舞台から消えさえすれば、もしかしたらそのまま放って置いてもらえるかもしれない。
その方が、あの子には幸せだろう。
「情が湧いたのかね、俺も」
仕事は仕事と、割り切らなければいけないというのに。
しかしそれはそうとして、気になることがあった。
「(姫様は随分と、様子がおかしかった)」
室に入って来た時、てっきり裏切りに気づいたのかと思ったが、どうにもそういう訳ではなさそうだった。
それにあの血塗れの姿……。
「……うまく逃げてくださいよ」
*
—―南・雀家本邸。
「殿、紅蕣妃より文が届いております」
さっと目を通す。
「……流石だな」
中身は、”雀家本邸に届けられるはずだった物”を代わりに預かったという内容だった。
そしてそのことについて、知らぬ存ぜぬを貫き通してほしいと。
やはり息子よりも……いや、もしかしたら父の紅松よりも、義娘のほうが遥かに上手かもしれない。
しかし。
「(……やはり雀家の娘だな)」
皇后にと思って入内させたが、義娘はその立場に甘んじる気は毛頭ないようだ。
己の野望の為に手段を選ばないところは、正しく「野心家」と称される我が家の血筋だ。
父は保険を掛け、皇子と皇女のどちらにも孫を一人ずつ側仕えに出した。
どちらに転んでもいいようにとの狙いだろうが、果たして吉と出るか、凶と出るか。
――東・清家本邸。
「辰貴を呼び戻せ」
「かしこまりました。――――雄辰様」
恭しく拱手した家僕が、足早に室を出て行く。
帝都で皇子の側近をしている弟に、確実にこれを届けさせなければならない。
「(どこぞで掠め取られでもしたら、首がいくつあっても足りないな)」
雀家など、うかうかしていたら家族内で取り合いが起こりそうだ。
その点我が清家は、父がとち狂った真似をしない限りは安心だ。
情けないことに我が父・辰淵は、自身の立ち位置を今だ決めかねているようだった。
このまま真実を隠したまま、帝位争奪戦に加担して良いものかと。
愚かなことだ。
勝敗など、目に見えているというのに。
「雄辰様、母君様が三の若様のことで御相談したいことがあるとお越しですが」
「手が離せぬと伝えろ」
父も父なら、母も母だ。
まったく、自分の子のことだろうに。
生憎と雄辰は、生母だから、同母弟だからという理由だけで、彼女らを優遇する気は毛頭ない。
ああそうだと、母の来訪を断りに行こうとするのを留める。
「”音”はどうしている?」
「姫様はお后教育のお時間かと」
「そうか」
—―――さて、十数年前に蒔いた種はうまく芽吹いてくれるものかな。




