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大影帝国記【完結!】  作者: aberia
第三章 後宮編
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第二十七話 偽物

第二十七話 偽物



 ————皇子宮・鶯俊の宮。



「長いこと御苦労だったな」

「……いえ、結局真相は分からず仕舞いで、申し訳ありません……」



 季翠は、鶯俊と顔を合わせていた。

 


 悲しいのか、辛いのか、気まずいのか、緊張しているのか、はたまた怖がっているのか。

 少なくとも、皇宮で初めて顔を合わせた時などと比べ物にならないほど、落ち着かない心持ちなのは確かだった。

 


 四狛は特例を解かれた為、すでに後宮に立ち入ることができなくなっていた。

 皇子宮は後宮の外にある為一緒に来ても良かったが、季翠が断ったのだ。



 久方ぶりに訪れる皇子宮は、相変わらず閑散としていた。

 その不自然さの理由が、今は確信を持って分かるような気がした。



「張翠媛の里下がりが、先ほど張家から正式に伝えられた。清麗辰も、同じ頃に後宮を去るだろう」

 貴妃が宿下がりしてから随分経っているが、漸く正式に決まったのか。

 元々季翠は、張貴妃の里下がりの原因を調べる為に後宮に派遣されたのだ。



 しかし開けてみれば、一人の里下がりの理由を明らかにするはずが、もう一人妃がいなくなる結果となってしまった。



 一度に二人の妃の里下がり。



 しかも該当の妃達は、片や歴代皇后を多数輩出してきた縁戚の姫君と、片や鶯俊の後ろ盾の家の姫君である。

おまけに片方に至っては、毒やら人死にやら、何とも血生臭い理由による。



 今後を考えると、彼にとって、かなり喜ばしくない状況だろう。

 何せ有力な後ろ盾候補を、一度に二つ失ったも同然なのだから。



 両家が代わりの妃を新たに入内させてくる可能性はないわけではないが、正直すぐには無理なはずだ。

 どちらも鶯俊と年が釣り合った年齢の直系の姫は、今回入内させた二人だけのはずだからだ。


 

 養女を迎えて代わりにするというのも数年前に禁止されている為、適当な娘を教育して妃に立てることもできない。



 そして残った妃は……。

 季翠は思わず生唾を飲み込んだ。



 結果として、彼女は張貴妃の里下がりの原因が分かったと言えた。

 清徳妃が里下がりする原因となった事件の真相も。

 しかしどうしても、それを鶯俊に言うことができないでいた。



 それを話すということは、すべてを話し、すべてを明らかにすることを意味する————。



「徳妃の件は、面倒を掛けたな。賢妃も、肩身の狭い思いをしただろう」

 思黎を慮る言葉を言うのは、一応季翠の口利きで入宮したと思っているからだろうか。



 先の騒動——鶯俊は直接口出しも手出しもしなかったが、他でもない彼の妃達のことだ。

報告は逐一受けていただろう。



「清徳妃は……」

「お前が気に病むことではない」

 淡々とした言い方だった。

 清麗辰は幼馴染と聞いていたが、惜しんでいる様子は見受けられない。



 それを冷たいと取るか。

 後宮とは、皇子とはそういうものだと取るのか、どちらで取るかは難しい話だと思う。

 


 しかし、結局季翠は、彼女とはあんな最後となってしまった。

そればかりは、いつまでも心残りだった。 



「清家には、後宮の警備はどうなっていると詰問されたがな」

 掌中の珠である末娘が心を病んだのだ、それも無理はないだろうがな。



 伯夫人も言っていたが、清家は思っていたよりも鶯俊の後見として機能していないように見受けられた。

 侍女や侍従の手配もそうだが、せっかく入内させた妃を、掌を返すようにすぐに里下がりさせたのも気になる。



 ————それもこれも理由は。

 


「……あ……に、……うえ、あの……」



 本当は。

 この人をこう呼び続けていいのか、分からなかった。



「あの……」



 どうしよう。

 なんて言えば。

 そもそも、何を言うというのだ。



 口篭もる季翠に、「兄」は困ったように眉を顰めた。

「悪いが、仕事が立て込んでいる。急ぎなら」

「……いいえ」



「何でも、ありません……」

 消え入るような声だった。







 ———自分は一体、どうすればいいのか。



 このまま紅蕣のことを黙っていれば、いずれ必ず鶯俊の身に危害が及ぶだろう。

 彼女の殺意は根深い、必ず命を狙ってくる。

 しかしそれは、この国の皇統を守る為とも言えた。



 鶯俊が偽物である以上、本来彼はその場所に居続けてはいけないのだ。



 でも……。

 唇を噛み締める。



 皇宮で最初に挨拶した時。

 厳しそうで、保護者だと言われたが、果たしてうまくやっていけるのか不安だった。

 やっぱり自分には姉しかいないと、そう思った。



 しかし、彼は彼なりに、妹として季翠を可愛がってくれているようだった。

 鶯俊の手には、いつもさり気ない優しさがあった。

 季翠だって……。



 季翠は、すでに鶯俊を兄だと思っていた。

 きちんと顔を合わせるようになって、一年にも満たない。

 皇宮でお互い過ごすようになったのだって、ここ半年程度の話だ。

 それでも————。



「(私に、「兄」を見殺しにしろと言うのだろうか……)」



 それにそもそこの人は、自分の本当の出自を知っているのだろうか。

 知らないでいて欲しいと、心からそう思った。



「————兄上」

「なんだ」

「私、兄上に似ていれば良かったのに」

 馬鹿な話だった。



 それを聞いた鶯俊の顔を、季翠はわざと見ないようにした。



 鶯俊の宮を辞した季翠は、足早に後宮への道を戻っていた。



 とにかく姉に会いたくて堪らなかった。



「(姉上、姉上、姉上っあねうえ……‼)」

 すいはどうすればいいのですか。

 わからないのです。


 

 どうすればいいのか、教えて欲しかった。


 

 苦しかった。

 これ以上何かを知りたくなかったし、考えたくなかった。

 誰かに……姉に決めて欲しかった。



 他でもない碧麗の言うことなら、季翠は納得できるはずだから————。





 ……しかし、そもそも季翠が今の心境に至ったのは、紅蕣の言葉が最大の切っ掛けだった。

 季翠の頭からはこの時、碧麗がどこまで承知なのかということが、すっかり抜け落ちていた。



 足早に回廊を進む季翠の視界の端に、突如として碧麗の姿が映り込んだ。

 通り過ぎかけたのを、慌てて足を止める。



 場所はまだ外廷だった。

 季翠が姉と個人的に会うのは専ら彼女の宮だった為、宮を訪ねようと思っていたがその必要はなかったようだ。

 一体こんな所で何をしているのだろうか。



 庭先で、こちらに背を向けている姉に駆け寄りながら呼ぶ。

「姉上!」

 


 「彼女」は、ゆっくり振り返った……。



 


 ————しかし振り返った碧麗と顔を合わせた瞬間、反射的に立ち止まってしまった。

最初はなぜ自分が立ち止まったのか、自分でも分からなかったが……。



 目の前にいるのは、確かに姿形は碧麗だ。

 しかし、何なのか分からないが、なぜか本能的に”違う”と感じた。

 妙な確信があった。



 あまりの事態に、呆然と呟く口を閉じることができなかった……。 

「誰だ、あなた……」



 ————これは、誰だ。



 驚愕の目を向ける季翠に、その人物は————笑った。

 


 碧麗と同じ顔で、天女のように美しい笑みのはずなのに、季翠は。

 ……その笑顔が、酷く恐ろしいものに見えたのだ。



 ぞくりと。

 得体の知れない悪寒と気持ち悪さが、全身を駆けたのを感じた瞬間逃げ出したのは、最早条件反射だった。



 一方、季翠の宮では。



「”玉璽(ぎょくじ)”……」



 なぜかすでに後宮への立ち入りができなくなっているはずの、四狛の姿があった。

 


 ————彼は、季翠の元に届けられた金塊を、その手にしていた。

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