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大影帝国記【完結!】  作者: aberia
第三章 後宮編
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第二十六話 二人の碧麗

第二十六話 二人の碧麗



「姫様、侍医殿が来られましたよ。起き上がれますか」



 寝台の傍らで礼をとるのは、上質な衣に身を包んだ初老の医官だ。

 先日の事件の調査で世話になった医官たちよりも、地位が上の者だろう。

 後ろには、若い医官を一人連れていた。



 四狛が支えてくれ、上体を起こして診察を受ける。

 いくつか問診を受け、侍医は持ってきた薬箱らしき物を探り、調薬を始めた。



 熱で朦朧としているのか、目も霞んでいる気がする。

 思わず目を擦ると。

「いけません!」



 医官の後ろに控えていた、まだ新人だろう若い医官が季翠を静止した。

「そのように擦られては眼球を傷つけます」

「皇族の方は特に、目は大事にされないと」



「え……」

 それはどういう。

「これ‼」

「差し出がましい口をきくでない‼」



 季翠がどういう意味かと聞く前に、凄い形相で侍医が彼を叱責した。

 上官の怒声に、彼は真っ青な顔になる。

「もっ申し訳ありません……‼」


 がばりと頭を下げた若者を厳しい目で一瞥した侍医は、季翠に向かって拱手した。

「皇女殿下、どうか御気になさらぬよう」

「は、はい……」



 さっきの言葉、それはどういう意味なのか尋ねたかったが、追求すれば若い医官が更に叱責されることになるかもしれないと思うと、安易に聞き返すことができなかった。



「もう熱は下がられたようです。きっとお疲れが出たのでしょう、近頃寒くなって参りましたので」

 温かくして暫くご静養くださいと、いくつか薬を処方して彼らは退室して行った。

 


 何となく、もうあの若い医官はここには来ないだろうと思った。



 本当にこのまま、主を残して北に向かって良いものか。

 伯飛は歩きながら、難しく顔を顰めた。

 


 彼の主は、数年前から医者にかかっていた。

 元々生来持病を発症する疑いがあり、数年前からその片鱗が見え始めた為だったが、現時点では有効な治療法はないと半ば匙を投げられていた。

 その主の体調が、最近殊に良くない。



 遂に病が進行したのか、それとも……。

「(げ……)」

「(嫌な相手が来たな)」



 前方から、お呼びでない輩がやって来た。



「伯飛殿ではないか」

「————これは、皇太弟殿下」

 御機嫌麗しゅうと、心にも思っていない言葉を吐きながら形だけ礼をとる。

 こんな時に遭遇するなどついていない。



「後宮に賊が侵入したそうだな。一体警備はどうなっているのか」

 烏竜将軍は、きちんと責任を取られるべきではないのか。



 やはり突っ込んできたか。

 適当な笑みで誤魔化す。

 わざわざ反論するのも面倒だ。

 


「聞けばそれが原因で、徳妃が里下がりをすると言うではないか。……余程追い出したかったと見える」

「……へえ、皇太弟殿下は”御心を病まれている”、と思っておりましたが、世俗に御興味が御有りでしたか」

 てっきり来世の平穏を願うので、頭がいっぱいでいらっしゃるのかと思っておりました。



「貴様っ‼無礼だぞ‼」

「たかだか近衛将軍の副官如きが、皇太弟殿下に何たる口の聞き方を‼」



 蒼旺の取り巻きが口を挟んでくるが、無視だ。

「最早政情は貴殿らが思っているようなものではない」

 伯飛の眼光に、彼らは簡単にたじろいだ。



 丁度いい。

 立場を分からせてやる。

 後で小言を言われるかもしれないが、どうせ自分は暫く帝都を留守にするのだから。



「蒼旺皇太弟殿下、陛下が貴方の意向に沿うことは今後絶対にない。————それは()()()()()、一番よく御分かりのはずだ」



 話しながら、ちらりと外に目を遣る。

 もうすっかり季節は冬だった。

 木枯らしが身を震わせる。



 北はもう雪に覆われているだろう、雪道に足を取られるかもしれない。

 帝都も今夜からか明日の夜からか、降り始めるだろう。



 主の望みを叶える為に、早く北に行かなければ。



 一方、蒼旺は。



 ―———これだから伯家の男は嫌いなのだ。

 


 彼は久方ぶりに、かつて感じていた苦々しい思いを噛みしめていた。

 どいつもこいつも、自分こそが主の一番の理解者であるという面をする。

 


 この目の前の青年。

 聞けば「あの虎雄」の親族だとか。

 道理で既視感を覚える不快さだ。 

 


 ふてぶてしい態度で啖呵を切ってみせた青年。



「…………そなたを憎たらしく思う者もいような」

 かつて自分自身も、そうだったように。

 


「本当に動いて大丈夫なんですか?」

「平気です」



 信用していなさそうな四狛を無理矢理納得させる。



 本当に体調は問題なかった、恐らく知恵熱のようなものだろう。

 ここ数日、あまりにもいろいろ、処理しきれない出来事がいくつもあったから。



「(しかし、本当にどうしたら……)」

 紅蕣とのことを思い出すと、問答無用で石を飲み込んだような重苦しい気分になった。



 鶯俊に報告すべきなのか……しかし。

 もう一つ、季翠の心に重く圧し掛かっているのは。



「(…………あの人は本当に、私の兄上ではなかったのか)」

 悲しかった。

 ただ、その事実が、酷く冷たいと思った。



 …………しかし同時に、やはりと思う気持ちが少しもないとは、言えなかった。



 紅蕣の言ったことを鵜呑みにするわけではないが、雀紅松が否定しなかったという事実は大きい。

 それに……。



 紅蕣の言っていた、赤子を取り替えたという侍女。

 それが真実だというのなら、季翠が府庫で見た記録とも辻褄が合う。



 あの乳母には、やはり子がいたのだ。

 ————そしてその子を、本物の皇子と取り替えた————。



 つまり鶯俊は、本物の皇子と取り替えられた乳母子、偽物なのだ……。







 ————しかし、だ。

 悲しみに浸る前に、疑問が生じる。

「(もしそうなら、なぜ兄上はまだ皇子の地位にいるんだ……?)」

 


 そう。

 当時、乳母は処刑されている。

 それはつまり、その時点で赤子の取り替えがばれたということではないのか。

 しかしそうなら、なぜ二十年前から今に至るまでずっと、鶯俊は皇子の地位に居続けているのだろうか。

 偽物だと、当の昔に分かっているだろうに。



 本来なら、母親同様処刑されているはずだ。

 取り替えたのは母親だとはいえ、国中を欺く大罪を犯したのだから。

 


 それなのに、なぜ生きているのだろうか。



 ————何かそうしなければならない理由があった……?



 それとも、”誰か”がそう望んだのだろうか。



「(それに、私が見たのが見間違えでなければ……本物の皇子は、)」



 そう。

 紅蕣は本物の皇子は行方知れずと言っていたが、季翠は見たのだ。

 


「(……姉上は、知っているのだろうか)」

 ()()()()()()()()()()()()、もう一人の存在を————。

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