第八話 美しき第一皇女
第八話 美しき第一皇女
後宮の中は人気がなかった。
心なしか寂れた雰囲気も感じる。
中を進み、しばらくして一つの邸――宮の前で紅松は立ち止まった。
「それでは姫様、この宮で碧麗姫様がお待ちです。私はそろそろ戻らねばなりませんので、失礼を」
「はい。ここまでありがとうございました、雀将軍」
紅松は丁寧に季翠に拱手する。
「なんのなんの、姫様のお元気そうなお姿を拝見でき、この老体も嬉しゅうございました」
「紅蕣も姉上と?」
「ええ。不肖の孫も居りますよ」
それでは、と紅松はまた来た道を戻っていく。
「行きましょう、四狛殿」
「はい。でも門兵とかいないですけど、勝手に入って――――て姫様!待ってくださいよ」
”絶世の美女”と名高い皇女についに会えるということで、少々浮かれている四狛を放置し、季翠はどんどん宮の中に足を進めた。
宮の中は美しく整えられており、調度品は華美すぎず地味過ぎず、品よく配置されている。
趣味の良い、美しい姉に似合いのしつらえだ。
季翠ははやる気持ちを抑えつつ、早歩きでようやく奥の室につく。
中から人の気配がする。
ここだ。
気持ちの高ぶりのまま、どんどんと扉を叩きそうになるのを何とか押しとどめ、深呼吸して軽く扉を叩く。
「あ、姉上、季翠です。入っても、よろしいでしょうか」
おずおずと、少し緊張が混じった季翠の声掛けに、中から天上の調べのような美しい声が返事をする。
「どうぞ」
「失礼します――」
中にいたのは、まさしく天女が地上にいたらこのような姿をしているであろうと、千人が千人皆が納得するであろう美しい女性である。
肩から少しこぼれる、足まである長く艶やかな黒髪は、月に照らされた夜の川のように艶々と輝き、その髪に覆われた顔は、肌は陶器のように白く滑らかで玉傷一つない。
眉はすっと流れるようで、大きく艶やかな目元は長い睫毛に覆われ、頬にしっとりと影を落とす様も何とも優美だ。
鼻筋はすっと通り、その下にまるで花びらを思わせる薄紅色の唇……。
「………………すんげぇ美女……」
いつの間にか追い付いてきた四狛が、後ろで呆然と呟くのが聞こえた。
室の中にいる女性こそ、”絶世の美女”、大影の宝玉と名高い、第一皇女・碧麗である。
「季翠」
碧麗が優しく季翠に微笑みかける。
「姉上!お久しぶりです!」
「さあ、中にお入りなさい。疲れたでしょう」
それまで誰か来ていたのか、卓には出したままの菓子と飲みかけの茶が置かれていた。
「本当に大きくなったわ。ねえ、紅蕣」
「ええ。姫様」
碧麗が背後に控える男装の小柄な娘を振り返る。
紅蕣と呼ばれた娘はさっと卓の上を片付けると、綺麗な所作で茶を人数分淹れ直す。
高級茶の香しい香りが部屋にふわりと広がる。
茉莉花であろうか。
「紅蕣!お久しぶりです!」
「はい、翠姫様。お久しぶりでございます。お元気でいらっしゃるようで何よりでございます」
雀 紅蕣。
先ほど別れた雀紅松の孫娘で、碧麗の従者である。
年齢は碧麗と同じ二十歳だが、小柄で童顔なため良く少女に間違われる。
はきはきとした、素朴で愛らしい娘だ。
「もう背丈も紅蕣を追い越しているのね。まだ伸びそうだわ」
「きっともうすぐ紅蕣を見下ろしますよ」
「な……っ!姫様方!私もまだ成長期です!」
むきになる紅蕣にクスクスと姉妹は笑い合う。
「季翠。もっと顔を良く見せて」
碧麗は季翠の手をひくと、自分のすぐ傍の椅子に座らせる。
「文のやり取りはしていたけれど、直接会うのは五年ぶりだもの。姉上に可愛い顔を見せてちょうだい」
壊れものを扱うように優しく頬に触れる碧麗に、季翠は恥ずかしさと嬉しさで頬を真っ赤に染めながらも、嬉しくてしょうがなかった。
「姉上はお変わりなかったですか?」
「変わりないわ。病もしていないし」
「良かったです!」
「今日はたくさん話しましょう」
仲睦まじい姉妹は、腰を据えて楽しいお茶会を始めた。