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大影帝国記【完結!】  作者: aberia
第三章 後宮編
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第二十四話 無二の忠誠を、あなたに

第二十四話 無二の忠誠を、あなたに



「御加減はいかかですか、陛下」

 


 ————皇帝の宮。



「良くないな。秋頃から一気に悪くなった」

「そうですか……」

「そんな顔をするな」



「今日はお前に折り入って頼みがあって、わざわざ西から来てもらったのだ」

 


 虎雄。



 淑妃は、何も言わなかった。

 無言は、肯定の意味だ。

 


 対して季翠は、泣きそうだった。

 否定してほしかった。



 しかしその願いは伝わることはなく、彼女は深いため息を吐くと、椅子から立ち上がって窓辺近くに行った。

「それで?翠姫様はどうなさるおつもりですか」

 私を真犯人として、近衛に突き出すおつもりですか。



 背を向けられ、その表情は伺い知れない。

「いいえ……」



 先日の龍青宮の下手人は、女だった。

 徳妃の侍女に確認させたところ、その顔が、香を届けた賢妃の侍女の顔と一致したのだ。

 これにより、香の事件もこの下手人の仕業だろうということで、調査は打ち切られた。



 今更蒸し返したところで、相手にされないだろう。

 真犯人は淑妃であると言ったところで、実行犯は死んでおり、客観的な証拠もないに等しいのだから。

 


 ただ季翠は。

「……して……」



「……どうして、こんなことをしたのですか、紅蕣……」

「どうして……」



「どうして……?」

 季翠の問い掛けに、彼女は不思議そうに同じ言葉を繰り返した。

 なぜそんな分かりきったことを聞くのかと、そう言わんばかりに。



「兄上の御寵愛を、独占するためですか」

 彼女は前に言っていた。



 ————妃として入内した以上、家の為に寵愛を求めるのは務めだと。



「その為に清徳妃を殺そうとし——「翠姫様は、」」

 紅蕣が振り返った。

 逆光でその表情は定かではない。



「翠姫様は、姉君がお可哀想だとは思われないのでしょうか」

 静かな、問い掛けだった。



「………………え?」

 思いもしなかった質問に、最初、何を聞かれたのか分からなかった。

 


 なぜ、いきなり碧麗の話になるのだろうか。



 日没が近いのか、夕日の光が一層強くなってきた。

 窓から差し込む茜色が、紅蕣の体を包み込む。

 纏っている紅色も相まって、まるで彼女自身が燃えているようだった。



「私はずっと不憫でならなかった……」

 どこか悲し気な声だった。



「賢く、慈愛に満ち、この世の誰よりも美しい私の碧麗様。私は姫様を心から敬愛しております、あの御方の為なら、何だってして差し上げたいと思ってきた」



 それなのに。

 歌うように話されていた言葉が止み、拳が握り締められる。



「姫様は女だというだけで、一生あの男よりも上に立つことはできない。双子でも、姫様とあの男の間には明確な差がある。皇としての資質はあの男と変わらないのに、ただそれだけの理由で」



 異国では、皇女や王女にも継承権がある国は珍しくない。

 しかしこの大影帝国では……。



 どうしてと問うのなら。

 彼女は季翠の返事を待たず続けた。

「翠姫様、では私も聞かせてください」



 彼女は一歩、窓辺からこちら側に足を踏み出した。



「なぜ皇女というだけで、私の姫様が、偽物の皇子の下に置かれなければならないのですか……」



 変わらず冷静な声音だった。

しかし。

 


 ————隠し切れない憤りが、そこには含まれていた。

「……‼」



 ”偽物の皇子”。

 紅蕣は、はっきりとそう言い放った。



「あの男の寵愛など興味はありません。必要に迫られたからそうしたまでのこと」

 酷く冷たく、感情の籠っていない言葉だった。


 

「……あの男って、鶯俊兄上の、ことですか」

 どくどくと、心臓の鼓動が不自然なくらい自分の体から聞こえた。



()()、ですか」

 紅蕣は皮肉な笑いを見せる。



「あの男は、姫様の双子でもなければ、貴女の兄でもないのですよ」



「愚かな侍女が本物の皇子と取り替えた、どこの生まれとも分からぬ偽物」

 卑しい乳母子如きが畏れ多くも皇子を名乗っているなど、何と悍ましい話でしょうか。



 ————それは、季翠が必死に否定し、耳を塞いできたことだった。



 紅蕣の声は、蔑みに満ちていた。

 彼女にこんな声を出せる一面があるのだということを、季翠は知りたくなかった。



「……ただの、噂、じゃないですか」

 口差がない者達が噂する、あんな話を信じるというのか。

 ——今だけは、府庫で見た記録のことを忘れたかった。



「ええ。私も幼い頃はそう思っておりましたよ」

 でも、と紅蕣は続けた。

 


 いつの間にか、季翠の体は小刻みに震えていた。



「”とある高貴な御方”から、真実をお聞きしたのです。確かな身分の御方です」

 


 その人物が、鶯俊の正体は取り替えられた偽物だと言ったのだと言う。

 本物の皇子の行方は知れず、皇統を守る為に碧麗を女帝に立てるべきだと。



「その人の話を鵜吞みにしたのですか……‼」

 思わず声を荒げる。

 


 誰に何を言われたか知らないが、本当かどうかも分からないのに……‼


 

 非難する季翠に、しかし紅蕣は私を誰だとお思いですか、と強い口調で言い返した。

「祖父にも確認しました。独自に当時のことも調べましたが、これが真実です」

 むしろ、偽物ではないと証明することの方が難しいでしょう。



 紅蕣の祖父————高官たる雀紅松(じゃくこうしょう)もまた、否定しなかったというのか。



 鶯俊は、皇子ではない。

 そんなはずはないと首を振る季翠に、紅蕣は断言した。



「だから妃達にも後宮を出て行ってもらったのです。あの男に子種を残されては堪りませんからね」

 


 妃……”達”?



「張貴妃なら、あの男の本当の出自を教えたらすぐに里下がりしてくれました」

 つまり張貴妃の突然の里下がりは、紅蕣が仕組んだものだったのだ。



「張貴妃さえいなくなってくれれば、後は簡単でした。甘やかされた清家の小娘など、敵ではありません」

 烏竜将軍が出てこられるとは思いませんでしたけど、結果は変わりませんでしたし。



「本当は賢妃にもいなくなってもらうはずでしたが、翠姫様が庇い立てなさるから」

 そこで初めて紅蕣は、厳しい目を季翠に向けた。



「すっかり北の姫に誑かされて……。前は、私たちのすることに疑問など持たれなかったのに」

 私と姫様の可愛い翠様だったのに、いつから変わられてしまったのでしょうか。

 悲しそうに眉を下げられ、思わず反射的に謝ってしまいたくなる。

 


 しかし。

「………………変わったのは貴女の方じゃないですか」

 酷く擦れた声が出た。



 項垂れつつある季翠に対して、紅蕣はしっかりと立って季翠を見据えていた。



「私は何も変わってはいません」

「今も昔も、私は姫様を————碧麗様のことだけを想っています」



 変わったのは季翠なのか、紅蕣なのか、二人共変わっていないのか。

 それともやはり鶯俊にも言われたように、季翠の方が変わってしまったのか。



「私は私の(おう)を、必ずこの国の頂に立たせてみせる————」

 握り締められた拳の音が、聞こえてくるようだった。



「その為だけに私は、この後宮にやって来たのですから」



 自分が変わってしまったから、紅蕣が知らない人のように見えるのだろうか。

 少なくとも季翠の前にはもう、お姉さんぶっていた、素朴で愛らしい彼女はいなかった————。





「最後に聞かせてください…………」

 季翠は滲んだ涙を乱暴に拭った。



「貴女がくれたお茶」

 ぴくりと、紅蕣は微かに反応を示した。



「あれも医官に調べてもらったのです」

「……最初から私を疑っていらっしゃったのですね」



 恨みがましい言葉に怯みそうになるが、季翠は続けた。

「……流石、後宮担当の医官ですね。匂いだけで、何のお茶か分かったようです」



「それから、外の鉢植えに植えられている植物」

「異国の植物、だそうですね。皮膚の薬としても使われる物だそうで、医官も知っていました」



 なぜ季翠がこの話を始めたのか、それはこの茶と植物、この二つに後宮ではあってはならない共通点があったからだ。



「…………二つ共、同じ作用を持っている。それは、

 


 ————子宮を収縮させる効用です」



「妊婦が服用すれば、流産を引き起こす可能性がある」

 次代の皇帝を育むために存在する後宮で、まず所持してはならない代物だ。



「……私がこれらも誰かに盛ろうとしたと?」

「いいえ」

 季翠は、今から酷く恐ろしいことを口にしようとしていた。



「…………あれらは、貴女が使うものなのでは、ないのですか」



 季翠の問いに、彼女は何も言わず、ただ、笑った。







 ああ、どうか嘘だと言ってくれ。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!



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