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大影帝国記【完結!】  作者: aberia
第三章 後宮編
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第二十二話 踏み潰された瑠璃唐草

第二十二話 踏み潰された瑠璃唐草



 近衛将軍執務室にて。



「例の事件で重傷を負った徳妃の侍女、今朝方死んだそうだ」

「そうですか」

 副官の報告に、烏竜は書簡から顔を上げもせずに相槌を打った。



 伯飛は肩を竦めた。

「冷たい奴だな。あんまり清将軍を虐めてやるなよ」

 あの御方は随分とお前を怖がってるぞ。



「私の顔色を伺う余裕があるのなら、何よりです」

 


 あの将軍はどうも気が弱くて敵わない。



「それで?後宮での騒動、我が殿は変わらず傍観なさるおつもりで?」

 伯飛の問い掛けへの返事代わりに、烏竜は執務机の斜め前に置かれた卓に目線を向けた。



 卓上には皇宮の見取り図と、人型らしきものに形作った木の人形。

 つまりは、衛兵の配置図である。



 その配置図の後宮——龍青宮に位置する箇所の人形が、不自然に倒されて転がっていた。



「姫様、医官の報告が届きました」

「件の香に入っていたのは、夾竹桃ではなかったそうです」

 侍従により届けられた書簡を四狛が読み上げる。



「一体何だったのですか」

「調べている最中だそうです。夾竹桃ではないことは確かなようですが、少なくとも医官たちは初めて見たそうです」

 渡来物の可能性が高い、と。



「渡来物……」 

「犯人は賢妃ではない可能性が高まりましたね」



 すでに兵たちは第三者が犯人である可能性を視野に入れて、再調査を開始したそうだ。

 もちろん亀黒宮の中も隅々まで捜索されたが、結局同じ毒植物も、事件の香と同じ材料も発見されなかったそうだ。



「それから、姫様が御依頼されたことは調べが終わったそうです」

 詳細はここに。



 四狛に手渡された書簡を意を決して開く。



「何が書いてあるんです?」

「————今から出掛けます」

「え、はい」



 どこに——と、彼が問う前に勢いよく室の扉が叩かれた。



「皇女殿下‼」

「何事だ」

 返事も聞かず室内に飛び込んで来た宦官に、四狛が厳しい声を上げるが、相手はそれどころではないようだった。



「今すぐお越しいただけませんか‼」

 一体何事だというのか。



「————清徳妃が、亀黒宮に押しかけました……‼」



 ————亀黒宮。



「清徳妃‼如何に位が上の徳妃といえど、このようなことが許されるとお思いですかっ‼」

「兵たちによって賢妃様の疑いは晴れたはずですわ‼」

「そんなもの信用ならないわ‼」



「探して‼この宮に絶対に毒が隠されているんだから」



 季翠が駆け付けると、亀黒宮の中は徳妃と賢妃双方の侍女で溢れていた。

 宮の奥に入ろうとする徳妃の侍女達と、それを阻止しようとする賢妃の侍女達が揉み合っている。



「これは一体何事ですか‼」

「皇女殿下……!」

「翠様……!」



 季翠が現れ皆が動きを止める中、清徳妃は少しも動じる様子を見せなかった。

「あら、季翠皇女。見ての通り罪人の証拠を探しているのですわ」



 彼女は自分のしていることが当然の行いだと、正しいと本気で思っているのだ。

「貴女の元にも報告がいっているはずです。誰かが賢妃の名を騙った可能性があると」

「そんなもの……っ」



 信用ならないと彼女は言い放った。

 兵たちが証拠を見つけられないというなら、自分が見つけると。

 彼女は思黎が犯人だと決めつけていた。



「わたくしの侍女を殺したくせに、お渡りまで受けるなんてどこまで図々しいの……!」

 ということは、鶯俊が訪ねたのは少なくとも彼女ではなかったということか。



 清徳妃はとても冷静だとは思えなかった。



 時機が悪かったのだろう。

 侍女が死に、おまけに鶯俊が別の妃のところを訪ねたという話を聞き、彼女は精神的に追い詰められてしまったのかもしれない。



 しかし思黎は否定する。

「皇子殿下のお渡りなどなかったと言っているでしょう‼」

「じゃあそれは何だと言うの‼鶯俊様に頂いたんでしょう‼」

 


 清徳妃が扇で指し示したのは、黒い布だった。

 黒地に同じく黒糸で龍が刺繍されている。

龍の目は緑で、皇帝とその妻子のみに許された禁色の組み合わせだ。

 これは。



 清徳妃の視線から隠すように、思黎は布を抱え込む。

「違うわ‼これは……っ」

「何が違うと言うの‼」



「私が下賜した物です‼」



 二人の妃の会話を無理矢理遮る。



「私が賢妃に差し上げた物です。そうですね、賢妃」

 思わず徳妃から庇うように、思黎の前に立って二人の間に入る。

 思黎はひたすらこくこくと頷く。



 しかし季翠の行動は、清徳妃の興奮を更に搔き立ててしまった。

「……何よ、それ」



「北の妾腹の分際で、皇女まで抱き込んで……っ!」

「皇女殿下も皇女殿下ですわ‼こんな女とわたくしを同列に扱われるなんて……‼」



「清徳妃‼‼」

 季翠はとうとう、声に怒気を滲ませてしまった。



 昔からばあやに、「翠様は大きなお声を出されると、少しお相手に怖い思いをさせてしまうかもしれないですわ」、と注意されていたのに。



 しまったと思った時にはもう遅く、徳妃の目にみるみるうちに涙が溜まっていく。

 徳妃の侍女達から非難の眼差しが突き刺さった。



 彼女はそのまま泣き崩れてしまい、結局後から駆け付けた碧麗によりその場は収められた。


 

 その日の夜。

 龍青宮。



 昼間の興奮が尾を引き、麗辰はなかなか寝付けなかった。

 何度も寝返りを打つが眠れず、とうとう水でも飲もうと上体を起こす。



 彼女が寝台を下りようとした時、室の扉が外から開かれた。



 丁度いい。

 不寝番の侍女だろうと、麗辰は水を持ってくるように言おうとしたが……。



 扉は開いたのみで誰も入って来ず、不思議に思った彼女は空いた隙間に目を凝らした。



 ————開いた先の暗闇に、確かに人間の目が見えた。

 


 侵入者。



 一気に悪寒が全身を駆け抜けた。

「誰か‼誰かいないの‼」

 

 

「姫様⁉いかがなさいました‼」

 麗辰の悲鳴を聞き、続き部屋になっている室から侍女頭がすっ飛んできた。 



「ばあや‼」

「!何者です‼曲者っ‼」

 侵入者です‼誰か‼



 侍女頭の声に、しかし女兵たちが駆け付ける気配はない。

 そうこうしている内に、人影は室の中にまで侵入していた。

 室内は暗く、おまけに黒い外套で全身を覆っており、顔はおろか男か女かすら分からない。

 


 侍女頭は麗辰を寝台の上で抱き込みながら、相手に向かって静止の声を張り上げる。

「この御方をどなたと心得るのです⁉畏れ多くも鶯俊皇子殿下のお妃様にあらせられるのですよ……‼」

「……」



 無言で近づいてきていた侵入者が、いきなりばっと動く。



 次の瞬間、麗辰の体に回されていた侍女頭の腕が勢いよく外された。

 その衝撃で寝台から転げ落ちた彼女が顔を上げると、侍女頭が侵入者の手によって羽交い絞めにされている光景が広がっていた。



「ひ、め、さま……おに、げ、を」

 腕で首を圧迫されながらも必死にそう訴えてくるが、麗辰はすっかり腰が抜けて動けなくなっていた。


 

「あ……あ……」

 どうしよう。

 どうすればいいの。

 誰か、誰か……。



 バンッと、中途半端に開いていた扉が全開に開かれ、壁に当たって大きな音を立てた。



 ————ピッと、何かが頬に飛んできた。



 薄暗闇の中。

 ごろん、ごろんと二つ、何かが床を転がっていった。

 

 

 丸くて、何かを撒き散らしている、それ。

無意識にそれを目で追った後、顔を上げると。



 立っていたはずの侍女頭と侵入者の体が、支えを失ったように倒れていく。

 二人の襟元から上が、暗闇なのはなぜなのか。

 


 ……再度、床を転がっていった”もの”に目を遣る。







 ————本当に恐怖を感じた時、人は悲鳴すら上げることができないことを、彼女はこの時知った。



 崩折れた二人の向こう側には、闇に溶け込むような衣を纏った青年武官————烏竜近衛将軍の姿があった。



「は、伯の、お兄様……」

 彼女が呼びると、烏竜は勢いよく剣に付着した血を払った。

 ビシャリと、耳慣れない嫌な音と共に寝室の壁に赤い飛沫が広がった。



 彼は麗辰の前におもむろにしゃがみ込む。



 大丈夫でしたか、三の姫。

 怖かったでしょう。



 そんな優しい言葉と眼差しを、彼女は期待していた。

 しかし————。



「東にお帰りなさい、世間知らずのお嬢さん」

 ————貴女の役目は、その(場所)を空けることなのだから。

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