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大影帝国記【完結!】  作者: aberia
第三章 後宮編
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第十八話 後宮へ

第十八話 後宮へ



 鶯俊から命を受けた翌日。



「——それで、最初に御機嫌伺いに来たのが私の所だったということですね」

 そう言ってやや呆れたように微笑むのは、雀淑妃だ。



 季翠は今日、雀淑妃のおわす雀緋宮(じゃくひきゅう)へとやって来ていた。



 季翠は早速、四夫人を一人一人回ることにした。

 順当にいけば一番地位が高い貴妃から訪ねるべきなのだろうが、生憎といきなり強敵に挑む度胸が季翠にはなかった。

 しかも察するに、彼女は季翠の面会の申し入れを受けないだろう。



「それで、どうですか。最近」

 何とも曖昧な話の始め方をしてしまった。



「特に変わりはありません。ですけど……」

 雀淑妃は扇を広げると、優雅に口元を隠す。



「張貴妃のお里下がりの件は、私も耳にしました。もう宿下がりをなされているのでは?」

 流石、耳が早い。



「元々陛下のお妃だった御方です。いくら一度お里下がりを経たとはいえ、後宮に入り直して皇子殿下の妃になるなど……」

 彼女はみなまで言わなかったが、言いたいことは分かった。



 父親から息子に鞍替えするなど、不実も甚だしいということだ。

 しかし、そもそも親子ほども年齢差のある皇帝に張貴妃が嫁いだという事実があるのが謎だ。

 


 皇帝の寵愛が皇后に集中している以上、寵愛の望みなど薄かっただろう。

 賢明な張副宰相が、なぜ孫娘を入宮させたのか。



 出された茶に口をつける。

 嗅ぎなれない香りだが、不思議と体の強張りが解けていくような感じがした。



「……紅蕣も、兄上の御寵愛が欲しいですか」



 季翠の問いかけに、雀淑妃は何を当たり前のことをと言う風に答えた。

「妃として入内した以上、家のために寵愛を求めるのは務めかと」

 実に冷静だ。



 ということは、筆頭足る貴妃がいなくなれば本格的に動き始めるということなのか。

 しかしまあ、彼女なら皇后として立派に勤めそうだ。



 それよりも。

「このお茶美味しいですね」

「気に入っていただけましたか?最近好んで飲んでいるのです」

 


 良ければお包みします。

 その申し出に礼を言い、淑妃との面会は終わった。



 その帰り道。

 雀緋宮の影になる、石畳の片隅。

 見慣れない植物が鉢に植えられているのが目に入った。



 肉厚の葉に、棘がたくさん生えている。

 何とも珍しい植物だ。



 土産にと貰った茶といい、やはり雀家は港があるだけあって珍しい交易品が多いようだ。

 


 今度来た時にあの植物の名前を聞いてみよう。

 季翠はそんなことを考えながら、宮を後にした。



 ————龍青宮(りゅうせいきゅう)



「ようこそいらっしゃいましたわ!」

 季翠を待ち受けていたのは、清徳妃の盛大な歓迎だった。



「会いに来てくださって本当に嬉しいですわ。わたくし、お友達が欲しかったのです」

 鶯俊様は全然会いに来てくださいませんもの。

 清徳妃は可愛らしく頬を膨らませた。



 確か歳は十六だったか。

 季翠より年上だが、年齢よりも幼い言動と仕草だった。



 そんな妃の子どもっぽい様子に、周囲にいる彼女の侍女たちは実に微笑ましそうだった。

 侍女頭と思われる侍女は初老の老婆で、清徳妃を何よりも大切にしているのが雰囲気からして伝わってきた。

 洗練された仕事振りを見せる淑妃の侍女とは違った、どこか親しさがある感じだ。



「(この宮は随分と平和だな)」

 妃の雰囲気で、その宮の雰囲気も決まるのかもしれない。



「後宮での御生活は如何ですか、徳妃様。これまで東の地を出られたことがないとお聞きしましたが、体調など崩されていないでしょうか」

「毎日楽しいですわ!」



 清徳妃は元気よくそう言った。

「後宮の中も探検しましたの。でも、他のお妃様方とはまだお話しができていないのですわ」

 皆様恥ずかしがり屋なのかしら。



 あまりにも楽観的な言葉に、流石の季翠も乾いた笑顔しか返せなかった。 

 


 また来てくださいませという言葉と共に、季翠は来た時と同じように盛大に見送られて龍青宮を後にした。



「翠様!」

「賢妃、お久しぶりです」



 最後は玄賢妃の亀黒宮(きこくきゅう)だ。



 以前来た時よりも侍女が増え、心なしか宮が賑やかになったような感じがした。



「突然お訪ねして申し訳ありません」

「いいえ!丁度お渡ししたい物がありましたのよ」



「渡したい物?」

 小首を傾げた季翠に、賢妃は嬉しそうに侍女に何かを持って来させる。



 侍女から受け取り、彼女が季翠に見せたのは鳥の形をした小物入れのような物だった。

 大きさは手の平ほど。

 緑白の色が美しい陶磁器だった。



「これは……」

「香炉ですわ」



 蓋と思われる部分を開いて見せられる。

 香炉という説明通り、中にはすでに香木と思われる木片が入れられていた。



「最近、香を学んでいるのです」



 焚き物合わせなんて初めてしましたわ、と彼女は語る。

「香の香りを当てたり、自分で香木を合わせて、新しい香りを作ることもできるようになったのですよ」



 楽しそうに話していたが、ふいに言いづらそうになる。

 黙って先を待つと、おずおずと話し出す。



「……香りには体を安らがせたり、痛みを和らげたりする効能もあると聞きました」

 ——翠様の御怪我が、少しでも良くなるようにと思って。



 季翠は思わず目を見開いた後、右肩に目を落とす。



 北の地で負った矢傷の場所だ。

 もうほとんど痛みもない。

 元々、それほど深手でもなかった。



 まさか彼女が知っていたとは。

 季翠ですら、今言われて思い出したくらいだ。



 しかしまあ、せっかく季翠の為を思って作ってくれたのだ。

 有り難く受け取ろう。



「御心遣いありがとうございます。————思黎(しれい)殿」

 久方ぶりに名を呼んだ季翠に、彼女は頬を染め、それは嬉しそうに笑った。

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