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大影帝国記【完結!】  作者: aberia
第三章 後宮編
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第十話 入内に向け

第十話 入内に向け



 それから。

 妃たちの入内に向け、皇宮は外部からの立ち入りが一時的に制限されるようになった。



 そのため季翠が俊煕と府庫に行くことはなくなり、個人的に行くほどでもなかったため、この時のことは自然と忘れていった。



 さまざまな思惑が錯綜する皇宮とは違い、季翠は俊煕と共に、張子学塾で穏やかな日々を過ごした。



「いよいよお妃様たちが入内されますね!殿下!」

 明るくそう言ったのは、鶯俊皇子側近が一人・(じゃく) 朱桂(しゅけい)である。



 雀紅松の孫息子で、紅蕣の兄である。

 武家の名門の嫡男にしては、随分と棘や荒々しさがなく、如何にも好青年と言った青年であった。

 実際彼は裏表がなく、謀略とは無縁、悪く言えば楽観的な性格であった。



「うちの妹が入内するので、ぜひよろしくお願いします!」



「……脳内お花畑の奴は、これだから」

「辰貴、おやめなさい」

 ぼそりと憎まれ口を叩く清辰貴(せいしんき)を、碧明が咎める。



 しかし言われている張本人は聞こえてすらいないようで、嬉しそうに主に自分の妹のことを話し続けている。

 

 

 彼は、如何に自分の妹が優秀で、可愛らしく、皇后に相応しい娘かを力説していた。

 雀家は時に、息子よりも娘の方が余程当主に相応しそうだと揶揄されているが、朱桂本人はそんなことを微塵も気にしていないようであった。



 清辰貴は、そんな同僚を冷めた目で見た。

 朱桂の妹同様、彼の妹も今回妃として入内する一人だった。


 

 三の姫。

 辰貴の異母妹で、母の姉——つまり伯母の娘でもあるので、従妹でもある。

 あの妹も、朱桂に負けず劣らずの脳内お花畑の、甘やかされた娘である。



 あの妹がまともに妃として後宮でやっていけるなどと、辰貴は微塵も思っていなかった。

しかし、別にそれで良かった。

 


 ————なぜなら三の姫の役割は、()()()()()()()()()()()()()からだ。



 季節はいつの間にか、涼しい風が吹き始めるようになっていた。

 数日後の入内の日のため、各地より姫君たちが帝都に到着し始めた。



 ————帝都・清家邸。

 暖かな秋晴れ。

しかし、それに反して夫人の心は晴れやかなものではなかった。



「――――お待ち申しておりました。清夫人」

 待ち構えていたかのように、一人の武官が邸前で恭しく夫人に向けて礼をとった。 



 武官の装いは、清家の人間のものではない。

 慇懃無礼な態度だが、果たして腹では何を思っているのか。



 元々、夫人はこの入内に対して快く思っていなかった。

 何度も反対の言葉を口にしたが、それにもかかわらずここまで滞りなく進んだのは、偏に彼女の夫の意向であった。



 しかし彼女は知っていた。

 この入内がなされたのは、この目の前の武官の主の意向を、夫が汲み取ったものであると。

 


「御無事の御到着、何よりでございます。我が殿も、さぞお喜びになられることでしょう」

「……そなたの主は来ていないのですか」



「生憎と御多忙でいらっしゃいますので」

 言外に、こんな些末事に割く時間はない、ということか。



「お兄様はいらっしゃらないの」

 夫人の娘——三の姫が馬車の御簾の隙間から顔を出す。


 

 娘は武官の主に昔から憧れを抱いていたようだったので、来ていないと知ると残念そうにした。



「三の姫!軽々しく殿方に顔を見せるのはお止めなさいっ!」

 そなたは皇子殿下のお妃になるのですよっ。

 夫人は厳しく叱責するが、当の娘はどこ吹く風といった風だった。



「少しくらい大丈夫よ、お母様」

 それに入内って言ったって。

 


 三の姫は子どもっぽい口調で言う。

「お父様も雄辰(ゆうしん)お兄様も、いじめられたら家のことは気にせず帰ってくればいいって仰ってくださっているもの」



 娘は、まるで少し遠くに旅行にでも行くような気でいるようだった。

…………実際、そうなるのかもしれないが。



 夫人はこの可愛い末娘が、女の園で酷い目に遭わされるのではないかという、嫌な予感が胸にずっと巣食っていた。



 ————張家本邸。 

「おじい様は何も分かっていらっしゃらないわっ‼」



 女人の甲高い喚き声と、破裂音にも似た陶器が砕け散る音が室内に響く。

 癇癪を起す孫娘を、張副宰相は殊更厳しい目で見た。

 視界の隅では、侍女たちがぐちゃぐちゃに荒らされた室内を片付けていた。



「そなたの我儘には、もう十分付き合ったであろう。もう諦めて、これからは心を入れ替え、鶯俊殿下に尽くしなさい」



「なぜこのわたくしが……っ!」

 諭す祖父の言葉は、彼女にはまったくもって受け入れられないようだった。



 張副宰相は、大きく溜息を吐く。

 それもこれも、長年皇宮でまことしやかに囁かれる、”あの噂”のせいであろうか。

 


 ならば致し方ないのかもしれない。

 現実から目を背け、対処を怠ったのは彼らにも責任がある。



「…………とにかく、数日後には入内だ。きちんと準備をするように」

「おじい様‼」

 


 姫君に似つかわしくない大声で自分を引き留める孫に背を向け、張副宰相は足早にその場を立ち去った。



 孫娘の顔を見たその足で、彼はとある場所へと向かった。

「(あれの我儘にも困ったものだ……)」



 孫と会うと、いけないと分かっていても我が娘のことが偲ばれてならなかった。

 伯母と姪だというのに、どうしてこうも違うものか。



 張家は、畏れ多くも高貴なる血筋の枝葉に連なる家で、有難いことにその地位に見合う傑物に多く恵まれる家系であった。

 伊達に歴代、多くの高官、皇后を輩出しているだけはあるのである。



 しかし、だからこそ器のある者とない者の差が激しいとも言えた。

 彼の孫娘には、皇后足り得る資格はなかった。



 彼が向かった場所、そこは。

————皇宮墓所。

 


 ここには彼の双子の妹と、娘が眠っていた。



 迷いなく娘の墓に向かい、しばしその場で立ち尽くす張副宰相。

 しかししばらくの後、第三者の足音が後ろから聞こえてきた。



 ……誰が来たのかは、予想がついていた。

「————これは烏竜将軍、我が娘の追悼に?」



 振り返った張副宰相の問いかけに、やって来た青年将軍は無言でこちらを見返すのみだった。



 彼の後ろをちらりと見遣る。

 いつも連れている配下たちは居らず、一人で来たようだった。



「悼みに、というより私に釘を刺しに参られた、と言ったところでしょうか」

「……」

 

 

 青年は無言だが、肯定の意味だろう。

 現時点で、彼にとっては張副宰相が最も懸念要素のある人物だ。

 なにせ最近、”とある人物”を近くに置くようになったものだから。



 だんまりの青年に構わず、彼は一人話し出すことにした。

「先の皇子妃の議」

「あれは……いけませんでしたな。皆、このまま見て見ぬ振りをすることになされたようだ」

 あの伯大将軍でさえ、まだましと考えて、我が孫娘を推されたほどですからな。



「今更どうしようもないというのもありますがな」

 もちろん、独自に何かしら考えていらっしゃる方はいるようですが。



 青年は答えない。



「————我が娘が死んだのは、不幸な事故だった」

「そうでございましょう?」



「……しかし、その後の出来事は……事故と言えるのでしょうか?」



 その言葉に、青年は言葉もなく目を見開いた。

 どうしようもなく震えるだろう唇を抑え、この場に来て初めて口を開いた。



「……事故ですよ、あれは」

 事故に決まっている。



 ————帝都・玄家邸。

 玄思黎(げんしれい)もまた、先頃新当主に就任した次兄と共に、帝都に構えられた玄家邸へと到着していた。



 兄の仲黎は、入内前に皇帝に謁見するため今は皇宮に行っていた。

 ちなみに先の選定の議で推薦してくれた玄武将軍は、彼女たちと入れ替わるようにして帝都を出発したのだそうだ。



 思黎は気が早いが、後宮に入ってすぐ出せるように季翠への文を書いていた。





 ————それぞれの思いを胸に、入内する姫君たち。

 彼女たちが相対することになる後宮では、一体何が起こるのか。

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