第三話 張老師の教え
第三話 張老師の教え
「あの、きで……じゃなくて、貴方の名前は?」
危ない。
言葉遣いも丁寧にし過ぎるなと言われていた。
季翠の問いかけに、少年は振り返りもせずにぶっきらぼうに答えた。
「孫 俊煕。年は同じ十四」
孫。
聞いたことがない姓だ。
平民だろうか。
しかも同い年とは。
自分とまったく同じ年齢の人間と関わる機会がこれまでなかった季翠は、何だか落ち着かない気分になった。
俊煕に連れられ、教舎の中を進む。
屋内に入ると流石に涼しい。
自分がどれだけ汗をかいていたのか、今更実感した。
静かで、時折教えを読み上げているであろう老師の声が聞こえた。
やがて一室に辿り着く。
室の中には一人の人物。
目通りが叶った張副宰相は、慈愛に溢れた眼差しを持つ、好々爺然とした老人であった。
「暑い中よく参られた」
「御初に御目にかかります、張副宰相」
床に跪き、最敬礼を取る。
相手は高官だ。
……きちんと名乗った方がいいのだろうか。
俊煕をこっそり見ながら迷う季翠に、すべて心得ているとばかりに老官は頷きを見せた。
「承知しておる。季姫、我が学塾は貴女の入学を歓迎しよう」
「あ、ありがとうございます……!」
「ここでのことは、俊煕にお聞きなさい」
「な……っ‼」
「先生‼」
不服だと言わんばかりに横で抗議の声が上がる。
「何で僕が……‼」
「季姫とそなたは同い年と聞く。普段年上ばかりに囲まれているのだから、これも良い機会であろう」
「そんな機会必要としていません‼」
断固拒否の姿勢である。
そんな少年の失礼千万な受け答えを見ながら、季翠は。
「(張副宰相が寛大というのは本当らしい)」
と、噂を実地で検証していた。
「孫俊煕」
「!……はい」
「そなたは、次の帝試で最年少首席合格を目指しておったな」
「はい」
帝試。
大影帝国の官吏登用試験だ。
受験資格は成人——つまり十五から。
今十四歳である俊煕は、来年の受験を目指しているのだ。
「官吏になるというのは、勉学ができればいいというものではない。そなたはもう少し、他者への思いやりというものを身につけなさい」
「……分かり、ました」
全然分かりたくないって顔だ、あれは。
しかし、他人事のように観察していた季翠にも飛び火する。
「季姫も、」
「上辺だけの印象で忌避せず、俊煕のことを理解するように努めるように」
「は、はい……」
ばれてる。
縮こまる少女に、張老師は優しく目を細めた。
「いきなり仲良くなれとは言わぬ。お知り合いも近くに居よう、頼りになさると良い」
知り合い……?




