第一話 はじまりの夏
第一話 はじまりの夏
夏。
蝉があちこちで五月蠅いくらいに合唱している。
上は、容赦のない日差しを地に注ぐ太陽。
下は、その日差しを弾く白い石畳。
そして目の前には、「張」の文字を掲げた巨大な門。
季翠は、炎天下の中一人立ち尽くしていた。
「暑い……」
―———どうしてこうなった。
*
「張子学塾?」
帝都に戻った季翠を出迎えてくれたのは、待ち望んでいた碧麗だった。
実に三月ぶりの再会であった。
碧麗は多くの侍女を連れていたが、いつも傍に控えている雀紅蕣の姿は、すでになかった。
紅蕣は、秋の皇子妃選定のためにすでに従者を辞し、生家である雀本家に戻っていた。
飛ぶように姉に抱き着きに行こうとした季翠だが、無情にもその首根っこが掴まれる。
そして、あれよあれよという間に鶯俊の手によりそのまま皇子宮に連行された。
―———せっかく姉上の好物をお土産に買ってきたのに。
と言いつつ、買い求めたのは帝都でなのだが。
一緒に桃を食べつつ、久方ぶりの姉を堪能する季翠の予定がぱあである。
そして今。
何が何だか分からないまま無理矢理筆を持たされ、勉強させられている。
「どうだ碧明」
「些か得意科目と不得意科目の出来の差が大きいですが。これならまあ、ついていけないことはないでしょう」
張副宰相に、一筆書き添えておきます。
満身創痍の季翠が卓に突っ伏している上。
鶯俊と、三月前皇宮で会った覆面の男もとい蒼鈴の異母兄——碧明が何事か話し合っていた。
一体何なのだ。
ここ三月以上まともに勉学などしてこなかったため、頭がついていかず、季翠の頭は沸騰寸前だった。
ぽけっと二人を見上げていると。
「兄としての指示だ。翠、お前学校に通ってこい」
はい?
「が、学校?」
「身分は隠して。服装も……名前も偽名を使った方がいいですね」
「伯家の遠縁の遠縁の、遠縁の娘ぐらいにしてもらうか」
話についていけていない季翠を放置し、鶯俊たちはどんどん今後のことを話し合っている。
それが昨日のことである。
————そして現在。
生ぬるい風が、青葉を無情にも散らしていった。
*
一方。
秋に向けて、各名家の家々では姫君たちの入内の準備が着々と進められていた。
―—中央・張家。
「なぜこのわたくしが……」
忌々しいこと……っ。
嫋やかな手が持つ扇が、優美な姿とは対照的にみしりと音を立てた。
―—南・雀家。
「紅蕣」
「お義父様」
紅蕣の元に義父——実際には叔父だが——が、御機嫌伺いに来た。
「我が家の一の姫の入内、心から嬉しく思う」
「お前こそ、皇后に相応しい娘だ」
満足そうな叔父に、紅蕣は可愛らしい笑みを返した。
―—東・清家。
三の姫は、侍女たちと楽しそうに持っていく衣や宝飾品を話し合っていた。
「姫様は皇子殿下の幼馴染でいらっしゃいますもの、きっとどの姫君よりも、大切にしてくださいますわ」
姫君は可愛らしく口を尖らせた。
「御寵愛とかは別にいいわ。それより、他の家の姫君たちとお友達になれるかしら?」
「まあ姫様ったら」
―—北・玄家。
「体に気をつけるのですよ、思黎」
「お母様こそ、御身体を大事になさって」
何度も何度も心配の言葉をかけてくる母を、思黎は今日も今日とて宥めていた。
「後宮は恐ろしい所と聞きます。貴女に何かあったら……」
「大丈夫よ」
だって翠様がいらっしゃるんだから。
思黎は静かに、新たな生活へと期待を膨らませていた。




