第三十八話 それぞれの縁談と別れ
第三十八話 それぞれの縁談と別れ
数日後。
初夏の日差しの中。
風が清々しく、青々とした緑が目に眩しい良き日。
葵戰毅と鶯俊の立ち合いの元、玄武城主葵戰毅の長子・葵戰華と、皇太弟の第七子にして末姫・蒼鈴の婚約が正式に結ばれた。
そして玄家の新当主には、先の玄当主黎公の次男・玄仲黎が就任した。
季翠が受けた命は、これで完了したのだ。
*
「従姉上、おめでとうございます」
「本当に。蒼鈴様が私のお姉様になってくださるなんて、今でも夢のようです」
祝いの言葉を述べる季翠と玉翡に、蒼鈴は頬を染める。
「ありがとう、二人共」
先日まで、あんな男と婚約など冗談じゃないと悲観していたのが噓のようだ。
玄武城に戻った時も思ったが、城から逃げる際に二人の間で何かあったのかもしれない。
あの戰華と本当に上手くやっていけるのか些か不安は残るが、何にせよ、良いことではあるのだろう。
「……でも、季翠ちゃんとはこれでお別れになるのよね」
嬉しそうな顔から一変、蒼鈴は顔を曇らせる。
正式な婚姻はまだだが、蒼鈴はもう玄武城に室をいただき、ここで生活をするのだそうだ。
秋に皇子妃の入内があり、後宮は妃を筆頭に大きく人員の入れ替わりがある。
事実上の追い出しなのかもしれない。
でも、そうか。
「(従姉上は、一緒に帰らないのか……)」
帝都にいる姉の元に早く帰りたい気持ちはずっとあるが、寂しさは、あった。
その後、未来の義姉妹同士、積もる話もあるだろうと季翠は席を外した。
「——翠様」
自室に戻る途中の季翠を、思黎が呼び止める。
彼女は最近、暇さえあれば季翠の所に来る。
「翠様、私を侍女にしてください」
またか。
彼女は季翠の侍女になりたいのだと、ここ最近会うたび懇願してきていた。
季翠には四狛以外の側仕えはいない。
侍女ができるというのは良いことなのかもしれないが、別に必ずしも必要としているわけではなかった。
身支度は自分でできるし、何かして欲しいことがあればその都度近くにいる侍女に頼めばいい。
彼女の立場も複雑で、後ろ盾が欲しいのだろうとは思うが……。
しかしたいした力もない第二皇女の侍女になったところで、得になるとは思えない。
だから、軽い気持ちで言ったのだ。
「侍女になろうと思うくらいなら、いっそ兄上の妃になればいい」
「は?」
季翠の提案に、思黎はぽかんとする。
考えもしていなかったようだ。
「皇子妃になれば、たとえ玄家当主といえども貴女の言葉を無視できないし、当然、貴女の母君を無下に扱うこともできない。北にとって、貴女の存在は重要なものとなる」
家を代表する妃は、そんな重要な存在だ。
言わば家の命運を握る存在なのだから。
秋に皇子妃選定もあるし、丁度いいだろう。
「……後宮には、貴女様もいるの」
「居所は後宮にいただいてますよ」
思黎は何事か考えるように黙り込む。
季翠はたいして興味がなかったが、後にこの時のことを、ほんの少しだけ後悔することになる。
決断を下したのはあくまで思黎だが、季翠がこんなことを言いさえしなければ、彼女は後宮入ろうなどと思わなかったかもしれないのに。
*
「玄仲黎」
「蘭蘭」
本当に幼い頃の呼び方をされて、思わず反射で嫌な顔を返した。
玄伯黎が起こした事件から、早ひと月近く経った。
季節はすっかり夏だ。
短い雨季を終え、北部で比較的冷涼とはいえ暑い日が続くようになってきた。
明日、北陵に滞在していた皇子一行が帝都へと帰還の途につく。
玄仲黎が宣言した、奴隷狩りに遭い行方が分からなくなっていた民の一部を、先日無事救出したのだ。
結果として、皇宮側はそれを確認してから帰路につくことになったようだった。
まだすべての民を救い出したわけではないが、確実に行動していることと、民の信頼を取り戻す一歩を着実に踏み出していた。
「(……やつれたわね)」
元々線の細い男だったが。
それもそうだろう。
毎日のように民の元に出向き謝罪をして回り、葵戰毅と皇子と政務の話し合いをし、奴隷狩りのことも当然対処に動かなければならない。
しかし萎びた外見に反し、その目は力強かった。
宋姜蘭は正直拍子抜けしていたし、……ほんの少し淋しく思ってしまった。
前は、彼女が尻を叩かないと動かない無気力な男だったのに。
もう仲黎には、自分は必要ないのかもしれない。
黙り込んだ彼女に、あーとかうーとか言いながら仲黎が口を開く。
「…………その、私は今お金がとてもいるんだ」
いきなり何だ。
「今回の騒動による民への賠償、諸々の修繕。被害に遭った民の捜索は当然今後も続くし、今皇子殿下方も御滞在されているから、そのもてなしもある。加えて秋には、妹を皇子妃として後宮に入内させなければならない」
「つまり、」
そこで一瞬言いよどむ。
「お金持ちの奥さんを募集しているんだけど、……どうかな」
それは。
「…………もっとましな求婚の台詞ぐらいあるでしょ」
仲黎はそれまでの頼りなさげな微笑みから一変、真剣な顔をする。
「私はきっと今後、恐らく、いや絶対に、君以外の妻を娶ることになる」
彼の父・黎公の妻が多かったのは、稀代の女好きと言うのも多分にあったが、政略目的のものが大半を占めていた。
姜蘭の伯母との婚姻もその一つだ。
「場合によっては、君を正妻の座から降ろすことも厭わないだろう」
姜蘭は商人の娘だ。今後、彼女より身分の高い女人を娶ることにもなるかもしれない。
妻同士の権力争いにおいて、手を出すこともきっとない。
黎公が正室であった叔黎の母親が毒殺されるのを、黙って見ていたように。
「君の産んだ子を、次期当主にするというのも約束できない」
「それでも良ければ、」
「————結婚してください」




