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大影帝国記【完結!】  作者: aberia
第一章 帝都編
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第五話 翡翠城(ひすいじょう)

第五話 翡翠城(ひすいじょう)


「あんのクソ虎親父……!」

四狛(しはく)殿……」



 四狛が罵詈雑言を吐き捨てる相手は、クソ虎親父――もとい、西の都・西牙(せいが)が城主・伯虎雄(はくこゆう)大将軍である。

 


 無事に帝都に入り、賑やかな都の市場や街並み、人々の様子に季翠(きすい)は目を輝かせた。



 見るものすべてが物珍しく、また西では大っぴらに出歩けず、加えて西は厳格で荒っぽい風潮でこのように賑やかさはなかった。

幼子のように好奇心に溢れた季翠に、四狛も面倒見良くいろいろなことについて説明してやった。

 


 十四年ぶりの生まれ故郷との再会は楽しい始まりとなったが、問題はいざ皇宮に入ろうという時であった。



「だーかーらー‼この御方は第二皇女殿下だって言ってんだろ!早く門を通してくれ!」

「そのような報告は受けておらん」

 


 四狛の怒鳴り声にも全く動じず、衛兵の対応は冷淡だ。

四狛が通行証を掲げ、皇宮に皇族が入る際に使用するという門を開けさせようとしたところ、衛兵がそのような伝達は受けていないと、拒否をしてきたのだ。



「皇子、皇女の御帰還はもっと盛大なものであるはずだろう。私は五年前、第一皇女殿下の御帰還の際にも城門警備を任されていたが、それは盛大で絢爛なものであった。護衛武官一人に馬車一台など、聞いたこともない」


 

 言外にみすぼらしいと言われているも同然であった。



「何だと……‼」

あまりの無礼に、四狛の頭に血が登る。



「分かりました。四狛殿、違う門から入りましょう」

「な……っ姫様!」



 今にも衛兵に掴みかかりそうな四狛を抑え季翠が言うと、衛兵はやれやれといった風にため息をつく。



「そうなされよ。通常の宮仕えの者たちが通る門はあっちの、(たつ)の門だ」

 


 翡翠城には城の前方半分に、六つの門がある。



 西に(とり)の門、西南西に(さる)の門、南南西に(ひつじ)の門、南に黒午(くろうま)の門、南南東に()の門、東南東に(たつ)の門、東に()の門。



 それぞれ、身分や役職によって通れる門が厳しく定められている。


申の門、辰の門は一般の宮仕えの文官、武官、官女たちが出入りする門である。



その横で、正面門の傍らにある未の門と巳の門は、未の門が宰相などの高官たち、巳の門が皇族の門としてそれぞれ位置づけられていた。



最も巨大で、皇宮の正面に位置する黒午の門は、皇帝と皇后しか通ることは許されない。



そして少し特殊な扱いの酉の門と卯の門は、酉の門は西と北の将軍が、卯の門は東と南の将軍のみ通ることを許されている。



現在、季翠たちがいるのは皇族専用の門・巳の門の前であった。



 そして冒頭に戻る。



「あのクソ将軍のせいですよ。あの親父伝達をサボりやがった!」

四狛の言う通り、今の状況は明らかに季翠の後見人であった虎雄の職務放棄が招いた事態であった。

 


 最初は不満もあったが、なんだかんだと帝都までの数週間で四狛は季翠に対して、妹のような親近感と情を感じ始めていたため、その主が蔑ろにされる状況は我慢がならなかった。

 


 季翠は世間一般的な姫君の印象のような我儘も言わないし、身分の高さや血筋をひけらかしたり、気位が高いわけでもない。しごく普通の心優しい少女で、……正直皇族らしい人を惹きつける求心力はないが、十二分に良い主と言えた。



「私は伯大将軍に嫌われていましたから……」



 そう言いつつも、季翠は四狛の怒りに、何となく面映ゆい思いを感じていた。

今までこんな風に、季翠のために怒ってくれたことのある人は、大好きな姉と西牙で別れたばあやくらいのものだったから。

 


 二人が辰の門に向かおうと踵を返そうとしたその時、門周辺に響き渡るほど大きな声がその場に響いた。



「何をしている‼」

 季翠と四狛が驚き、巳の門に振り返ると、朱色の鎧を纏った筋骨隆々の老将が衛兵を怒鳴りつけているところであった。



「その方は第二皇女殿下・季翠様であらせられるぞ!早く門を開けて差し上げぬか!」

「じゃ、(じゃく)左将軍‼(汗」

 衛兵は震えあがっている。



 雀左将軍と呼ばれた老将は速やかに門を開けさせると、季翠の傍に来て手本のような拱手をして膝まづく。



「お久しゅうございます。季翠様」

「!雀将軍!」

 老将は厳しそうな顔立ちを緩ませ、目尻を下げると優しく季翠に微笑む。



雀 紅松(じゃく こうしょう)、罷り越しましてございます」

 


 老将の名は、雀 紅松。

七十近くに差し掛かる老体ながら、伯虎雄同様この大影帝国が誇る帝国五本指に数えられる武人の一人にして、南を治める雀家の現当主である。

皇帝の信任も厚く、帝国軍の最高司令官の一人、左将軍に任じられている。

 


 季翠の姉・第一皇女の後見人でもあった人物で、季翠にも好意的に接してくれる優しい老将軍である。



「すっかりお美しくご成長なされて……この老体、目が覚める思いでございました」

碧麗(へきれい)姫様も、後宮にて姫様のご到着を首を長くしてお待ちですよ」

「!姉上が?」



 季翠はその言葉に、思わず子どものように表情を輝かせて聞き返す。



「ええ。あまりに落ち着かれなくされているもので、僭越ながらこの老兵がお迎えにあがった次第でございます」



「さあ、参りましょう。先ほどは衛兵が大変失礼いたしました。ここは貴女様の門にございます」

 紅松に促され、季翠と四狛は門内へと足を進めた。



紅松は季翠の後ろに控える四狛にも目を向ける。

「貴殿は……」

紅松の視線を受け、四狛は慌てて姿勢を正す。



「申し遅れました。近衛将軍配下の、四狛と申します。この度皇女殿下の護衛武官に任命されました!お初にお目にかかります、雀左将軍」

「近衛――では貴殿は烏竜(うりゅう)様の…………いや、伯近衛将軍の配下の者か」



「姫様をしっかりとお守りせよ」

「はっ‼」

紅松の言葉にビシッと敬礼する四狛に頷くと、紅松は二人を先導して皇宮に入る。

 


 遂に十四年ぶりの帰還となった。

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