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大影帝国記【完結!】  作者: aberia
第二章 北の大地編 
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第二十九話 人買い

怪我と、人身売買についてかなり踏み込んだ描写があります。ご注意ください。知識不足で拙いもので申し訳ありません。

あくまで創作で、実世界の出来事への批判や意見、評価と言う意味は含んでいないので、ご了承の方のみ拝読をお願いいたします。

また、二十七話の描写を少し手直ししました。

間違えがあり少し訂正しました。通行証ではなく玉佩です。

第二十九話 人買い


「姫様」

「姫様!」

「季翠様‼」



 はっと目を覚ます。

——直後、全身に激痛が走り呻く。



「姫様……!」

 地面に頬を擦りつけながら何とか上を向くと、四狛が険しい顔でこちらを覗き込んでいた。



 痛い。

 兎に角その一言に尽きた。



 どこが痛いとか明確に言えない。

強いて言えば矢が突き刺さった右の二の腕か。



「気がつかれて良かったです……お守りできず、申し訳ありません」

 四狛に支えられ上体を起こす。

 近くの木に二人の馬が括りつけられている。



「い、ったい……なに、が……」

 痛みで声が震えつつも状況確認をする。



「玄伯黎です」

 逃走中の玄伯黎に鉢合わせしたのだと。

つまり彼らは玄家邸の近くに来ていたということだ。



 四狛は落馬した季翠に気づきすぐに引き返そうとしたが、伯黎の配下に囲まれたそうだ。

しかし彼らはすぐに引き上げていったのだと言う。



 失礼と言って、四狛が季翠の右腕を覆う衣を破く。

その微かな振動も痛みを助長した。



「幸い毒とかは塗られてないようですが、」

 季翠も恐る恐る傷を確認する。



 二の腕と思っていたが、ほとんど肩の位置だった。

そこから矢が生えている。

とはいえ上にずれていれば首だったかもしれない。 



 ぞっとした。

 運よく骨で鏃が止まっていて、傷口自体はそれほど深くはない。

 出血はあるが動作に支障はなさそうだった。



 とはいえこのまま傷口がふさがるとまずい。

 四狛は破った衣を丸めて季翠の口に突っ込んでくると、矢に手を掛ける。



 声にならない悲鳴が布の中に吸い込まれる。

 鏃に肉を抉られる、嫌な感触と激痛。



 目の前が真っ白になり、音が遠ざかる。

 微動だにできない季翠に対して、四狛はテキパキと止血の処置をする。



 応急処置が終わって水を口にして尚、冷や汗が止まらなかったが、それ以上に蒼褪める事態が発生する。

 ふと違和感を感じて胸元をまさぐる。

 あるはずの物がない。

 ―—しまった。

 玉佩を取られた……‼

 


 あれが狙いだったのか。

 どうする。

 失態だ。

 季翠は自分の情けなさに唇を噛みしめた。



 このまま知らぬ顔をして城に戻るか。

 それとも――――。



 肩は当然痛いし、落馬したせいで体中痛い。

 幸い頭は打っていないようだが疲労も溜まっている。



「……っ」

 本音を言えば行きたくない。

それにこんな状態で行くべきなのか。

 しかし鶯俊に早くこのことを報せなければ、最悪伯黎を北から逃がすことになる。



「姫様……」

 一瞬四狛に命じるというのが頭に過ったが……。



 いやいや駄目だろう。

「(私の失態だ……)」



 皇族としての初めての任での、かなり大きな失態だ、これは。

 季翠の失態はひいては兄・鶯俊の失態、広くは皇族の失態になる。

それは、姉の顔に泥を塗ることに他ならない。



 考えろ。

 それほど長い時間気を失っていたわけではないはずだ。

 今から急いで追えば、運良く鶯俊たちよりも先に伯黎に追いつけるかもしれない。



 先に見つけ、玉佩を奪い返すのだ。

 隠蔽上等だ。

 とにかく奪い返しさえできればいい。

 それで証拠隠滅してやる。

……間に合わなくても、加勢して伯黎を捕らえることができたら万事解決する。



 ばくばくと焦りから心臓の鼓動が早くなる。



 右腕を軽く動かす。

 うん、痛い。

 激痛だ。

 しかし動けないほどではない。



 冷静に考えて、立場的にも状況的にも季翠は玄武城に戻るべきであった。

 しかし疲労と負傷で混乱し、頭に血が登っている季翠に、それを指摘する思考は生じなかった。

「っ追いましょう」



* 

「やあ、姜蘭」

 片手を上げて軽く挨拶する玄仲黎に、元許嫁はぎょっとした顔でこちらを見る。

 まるで幽霊に会ったみたいな顔だ。


 

 ——ひどいな。



「仲黎⁉」

 死んだと思われていたのかもしれない。

 実際、玄仲黎とて今朝方まで死を覚悟していた。



 北の玄関口から遠く離れた場所、北陵商人・宋家の邸へと彼は赴いていた。



 宋家は母の実家だ。

そのため玄仲黎は幼い頃から何度もこの邸に足を踏み入れているが、今日ほど猜疑心と警戒、緊張感を感じた日はない。



 仲黎の後ろには玄武城の兵と、皇子・鶯俊配下の兵が続く。

 仲黎は葵戰毅、鶯俊皇子双方との会談の末ここに来ている。



 応接室に通される。

中には叔父である宋家当主が、ただでさえ強面な顔を更に厳つくして座っていた。

商人に笑顔は必須だろうに。



「お願いがあって参りました。叔父上——いえ、宋当主」

 きっとこれから仲黎が言うことは、彼の商人としての誇りを大いに傷つけるだろう。

だが、それでも言わねばならぬ。



 渾身の思いを込めて、頭を下げる。

「――――人を、金で買い戻していただきたい」





「費用は問いません、いくらでも出しましょう。その代わり、宋家の持てる人脈、流通路をすべて駆使して、可能な限り奴隷狩りにあった北の民を救い出してほしいのです」



 葵戰毅から持ち掛けられた話はこうだった。



 曰はく、葵戰毅の意向としては、玄家の取り潰しを容認するつもりはないと。



 こんな事態となってしまったが、玄家には今後も北の統治者の一柱、帝国四大貴族の一家門として家を維持してほしい。

 そのために何らかの功績、此度の非道な悪事を上回る「美談」を作り出してほしいと。



 正直正気を疑った。



 兄のしたことは謀反だ。

 帝国の最高権力者たる皇帝が信任した将軍を異民族と密通して失脚させようとし、皇帝の物たる人民を直接的ではないにしろ私腹の肥やしにした。



 その悪事をなかったことにするなど、共倒れでもしたいのか。

 それに玄家が倒れれば、必然的に葵家がその後釜に入る。

 それの何が不都合だというのか。



 そう問う仲黎に対し、戰毅は「こちらにも事情がある」との一点張りだった。



「(まあそれは追々)」

 その事情というのは気になったが、今後探ればいいだけの話だ。

どうやら葵戰毅とは長い付き合いになりそうだから。



 玄仲黎としては民草に対する罪悪感を覚えないわけではないが、願ってもない話であった。

この話を受ければ絶望的だと思っていたお家の未来が糸一本でも繋がるかもしれない。



 しかしそのためには……。

「…………儂に、人買いの真似事をしろと言うのか」 

 宋家当主の声は震えていた。

 怒りだ。



 仲黎は目を瞑る。

 この母方の叔父には、随分と世話になった。



 次男で家督を継げず、おまけに病弱な自分を娘婿として迎えてくれようとしていた。

叔父には一人娘である宋姜蘭しか子がいなかったのもあるかもしれないが。



 仲黎とて、いずれ宋家を継ぐ者として商売について少しは学んでいる。

 商売は綺麗ごとばかりでは成り立たない。

 叔父とて、賄賂ぎりぎりの薄汚い真似や、同業者を蹴落とす卑怯な真似はいくらでもしてきただろう。



 しかし彼の唯一譲れないこととして、人身売買だけには手を出してこなかった。



 自分は、そんな叔父の長年の商人としての信念や誇りを踏みにじろうとしている。

その憤りは計り知れないものだろう。



 玄仲黎が考えた筋書きはこうだった。

 玄伯黎のしたことは悪事として潔く認める。

 偽りも隠しもしない。

ほんの少しばかり、弟妹たちは兄に脅されて逆らえなかったとは付け加えるが(事実だし)。

 肝はその後だ。



 ―———玄家の持てる私財すべてを叩いてでも、伯黎の手によって異民族の手に落ちた民を買い戻し、その家族たちの元に返す――――。



 構造は単純だ。

 売ったものを買い戻す、それだけ。



「……………………」

 永遠にも感じる沈黙が室に流れる。



「………………不可能だ」

 静寂を破ったのは宋当主だった。



「仲黎、お前や葵の殿(との)がどんな見返りを用意しているかは知らぬが、そんなこと出来るわけがなし。儂もやりたくはない、いや、儂だけでなく誰であろうとやりたくなかろう」



 人を金で買い戻す。

 それは一見良い解決法に見えるが、逆に人身売買を助長する行為だ。



 それに巧妙に裏の流通路で取引されている人間たちの中から、どうやって北の民を見つけ出すというのだ。

 それにその他の人間は?

 片方は北陵の民だから助ける、もう片方は違うから見捨てろとでも?



「お前のやろうとしていることは、人道的に見えて畜生にも劣「分かっております」」

「分かっています」

 はっきりと、当主の目を真っすぐに見て言った。



 どれだけ金がかかるかも、どれだけ時間と人手、手間がかかるかも分からない。

 出来るわけがないと、夢想を語って償いにするのかと、人を選別するのかと、罵倒を受けるだろう。

その覚悟はある。



 これくらいできなければ、我が玄家に未来はない。

 奪ったもの、それ以上の価値を提供できなければ存在価値がない。



「三十年でも五十年でも、百年でも。すべての民を家族の元に帰すまで続けます」

 北の民かどうか分からない?

ならすべての民を奴隷から解放すればいいだけの話だ。

 できるかできないかではない、やるのだ。



 玄仲黎は今、北部だけではない、帝国全体の闇の部分に足を踏み入れる第一歩を踏み出そうとしているのだ。



「下らない。亀は万年とでも言うつもりか」

「流石に万年は無理でしょう」

 真顔で返した仲黎に、宋当主はとうとう頭を抱える。

「……………………報酬は」

 




 ―———後にこの出来事は、大影における人身売買廃絶の黎明期における出来事として、長く語られることとなる。

面白かったら、ブックマーク、評価をお願いいたします。励みになりますし、より良い作品にしてもっと読むのを楽しんでいただける物にできると思います。

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