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大影帝国記【完結!】  作者: aberia
第二章 北の大地編 
41/217

第二十七話 翠の皇子様

強姦的な描写があります。ご注意ください。

勢いで最初、注意書きなしでそのまま投稿してしまいました。大変申し訳ございません。

第二十七話 翠の皇子様


「————親父」

小華(しょうか)



 幼子のようにそう呼ばれることが、戰華は昔から不満だった。



 子ども扱いをされている、と感じた。

 父は戰華が嫌がっているのを分かっているだろうに、改める気はないようだった。



 それに対して義母の方は、逆にいつまでも「若君」と戰華を呼ぶ。

 敬うべき人に逆に敬われると、居心地が悪いことこの上ない。



「兵を指揮し、民を守ったと聞きました」

「……別に。宋当主が一早く教えてくれただけだ」



 玄武城から脱出し辿り着いた先・宋家の手助けを受け、戰華は父が城下に放っていた兵を指揮して玄武城から逃げ出してきた逆賊の捕縛、及び治安維持につとめた。

 それでも首謀者たる玄伯黎含め何人か逃してしまったため、目下追跡中である。



 不愛想な戰華に、父は相変わらず何を考えているのか分からない涼しい顔だった。

 いつもだったら、その思考を勝手に予想し早々に踵を返していたが、今はなぜかその場が離れがたかった。

 蒼鈴から言われたことを、自分は実践しようとでもしているのか。



 謎に沈黙が流れる。

傍に控えている兵たちも気まずそうだった。



「…………………………無事で、何より」

 囁くような静かな声だった。



 沈黙に耐えられず俯いていた顔をばっと上げる。

 父はすでに踵を返し、城内へと足を向けていた。



 父に従い、戰華と兵たちもその後に続く。

 回廊を進む中、あちこちで悲壮な顔で同胞の死体を片付ける城兵たちの姿が見える。

 悔しさに唇を噛む。



 一体どこに向かっているのかと思っていると、自分たちの私室がある区画に着く。



 父は自身の私室——というより第二の執務室だ。

父は仕事人間で、個人生活というものがない——に迷うことなく足を踏み入れる。



「————小華」

「……私の室で、争いが起きましたか」

 なぜ、そんなことを聞くのか。

意図が分からず戰華も父に続いて室に入る。



 室内は酷い有様であった。

いつも整然と整えられていた状態が思い出せないほど、荒れに荒らされていた。



 戰華が言うのも何だが、父の私室に金目の物は全く、一切、これっぽっちもない。

 城主の部屋だから何かあるに違いないと、目星をつけて入ったのか。

しかしそれにしては、荒らし方に特徴がある。

……金目の物というより。



「(文、か……?)」

 父は城主で、将軍位も拝命している。

 当然帝国中の、上は皇帝の勅命から下は民の嘆願書に至るまで、幅広く父の元には届けられている。

 その夥しい数の文や書簡たちが、開かれた状態で執務机の上や棚に乱雑に放られていた。

 この有様を作り出した犯人が、何かしらの意図を持っていたのは明らかだった。



 とはいえ何者によるものなのか見当もつかない。

 正直戰華も逃げるのに必死で、そこまで確認できていない。

分からないという意味も込めて首を振る。  



 次の瞬間父は、戰華や兵が止める間もなく部屋を出て行った。



 息子を置き去りにした葵戰毅は、足早に別邸へと足を向けていた。

 無性に、嫌な予感がした。



 季翠たちの元に兵たちが到着したのより少し後。



 命からがら玄武城から逃げてきた伯黎の私兵より、玄家邸にも玄伯黎の敗走、及び季鼈死亡の報せが届いた。

 そこからの邸内は、上に下にと大騒ぎであった。

 


 残された女たちや使用人たちは、自分たちは一体どうなるのかと恐怖で身を震わせ。



 北方異民族の男たちも騒然とした。

 当然だ、彼らの旗頭があっさり戦死したのだから。

しかも他でもない長の手によって。



 玄思黎も、後ろ盾にするはずだった兄・伯黎の敗北に愕然とした。



 邸内はもちろんのこと、どこから聞きつけたのか、邸の門前には民衆が押し掛けてきたであろう喧騒が聞こえてくる。



「玄伯黎を許すな!」

「我らが同胞を奪った玄家に鉄槌を!」



 いつ彼らが押し入ってくるか。

 邸に残っている男たちはどうするつもりなのか。



 ここには女子どもしか残っていない。

 私兵も兄たちも、伯黎に従い軒並み出払っている。

そんな中怒り狂った民衆が押し入って来ようものなら。



 異民族の男たちが何事か怒鳴り合っている。

 大影の言葉ではなく、思黎には聞き取れない。



「思黎……」

 邸の一番日当たりが悪い、隅の室。

——母と思黎が与えられた居所だ。



 怯えて縋りついてくる母の背を撫で、思黎は懸命に自分を奮い立たせる。

 そこに突如耳障りな金切り声——女の叫び声が響く。



 取り乱す母を宥め様子を見に室を出れば、地獄みたいな光景が目に飛び込んでくる。



 男たちが、異母姉や義母、侍女たちを片っ端から捕まえ、中庭の一所にまとめている。

その傍にはどこから邸内に入れたのか、馬車というにはみすぼらしい、家畜を運ぶような荷馬車が鎮座している。



 男が異母姉の一人の髪を引っ掴み、まるで物を放り投げるようにして中に乗せる。

 彼女のよく手入れされた美しい髪が、ぶちぶちと抜ける音が聞こえるようだった。

それを皮切りに、どんどん女たちを積み込んでいく。

 


 ―———奴隷狩りだ。



 伯黎は最初から、身内に情けをかけるつもりなどなかったのだ。



 男たちは民衆が押し入る前に、この邸を捨てて逃げるつもりだ。

 金や衣、金銀宝玉といった装飾品も積み込んでいる。

 


 どうしよう。どうすればいいの。

「は、母上を連れて、に、逃げないと……」



 兎に角一刻も早く、母を連れてここを離れるのだ。

急いで室にとって帰ろうとした思黎の腕を、誰かが掴む。



 生臭い息が、すぐ上から降ってくる。

 さあっと顔から血の気が引いた。



 ―———それと同時刻。季翠たちが到着する少し前。

 玄家邸に二つの影が、まるで鳥が空中を旋回するような見事な身のこなしで侵入した。



 玉翡の願いを受け、季翠と四狛は玄家の邸へと赴いていた。



 兵の報告通り、邸の門前は押しかけた民衆で溢れている。

とてもではないがその中を突っ切って入ることはできないため、季翠たちは壁を越えて中に侵入することにする。



 先に四狛が塀を越え、続いて季翠が乗り越えて地面に着地したのと同時。



 木材が破壊される、凄まじい音が門前から聞こえてきた。

それと同時に、大勢の人間の怒声と足音も。

 ―———門が破られた。



 騒ぎを聞きつけたのか、邸の奥から荒くれ者と言った風の男たちが迎え撃つために出てくる。

身なりからして、叔黎が言っていた北方異民族の残党だろう。

 男たちと押し入った民衆とで、邸内は一気に人で溢れる。



 皆誰が味方で敵か分からないほどの混乱状態だった。

 季翠たちにも、訳も分かっていないだろうまま剣を奮ってくる者がいる。



 流石の四狛も、無闇に斬り捨てることができない状態に苦戦する。

 そんな凄まじい喧騒の只中、季翠の目にふいに場違いなものが映り込む。

 


 ―———括られた薄茶色の長い髪が、動きに合わせて揺れ動く。まるで、周囲の喧騒とは別世界にいるかのように悠々と回廊を歩いて行く姿。



 一瞬周りの音が消える。

 角を曲がり薄墨色の衣の袖が見えなくなるまで、季翠は時が止まったようにその人物に目を奪われた。



「姫様!」

 はっと我に返る。

 目の前に、白刃が迫っていた。



 何とか避け、人間と人間の間を潜り抜け邸の奥へと進む。

 何としても早く思黎たちを見つけなければならない。

 このまま民衆が彼女たちの元に行けば、暴漢と化すことは必然だった。

最悪の事態になる前に、邸から出さなければならない。



 回廊の角を曲がると池が見える開けた場所に出る。

 庭だ。



 庭の砂場にはみすぼらしい馬車があり、その周りに何人か男たちがいる。

 馬車の鉄格子の向こうに、微かに女の影が見える。

——あれだ。



 四狛が季翠の脇を、風のように通り抜ける。

 男たちがこちらに気づき剣を抜く前に、四狛の手によって戦闘不能にされるのは一瞬だった。

血飛沫と絶叫が庭に響く。



 四狛が相手をしている間に、季翠は馬車の鉄格子を破壊して無理矢理扉を開く。

そこそこ大きな馬車だったが、中には明らかに定員過多の状態で女たちが押し込まれていた。



 彼女たちはいきなり開かれた扉に怯えていたが、現れたのが男ではなく少女だったためか、警戒しながらも動揺の方が強そうだった。



「玄家の御婦人方ですね。我々は貴女方を御助けに参ったのです」

 そう伝えるものの怯えて声も出ない様子の女たちの中、一人の女人が大声で誰かを呼んでいる。



「思黎‼思黎……‼」

「娘がっ‼娘の姿が見えないのですっ‼」

 女人の美しい顔は涙でぐちゃぐちゃだった。

 そうか、この人が玄思黎の母親か。



「室から出て行ったっきり姿が見えないのです……!ああ、ああ……っどうすれば……」

 今にも探しに行こうとする彼女を何とか留め、季翠は一人邸内へと走り出した。

 さっきの間に、周囲を取り囲んでいた男たちは四狛が一掃したようだ。



 片っ端から室に入って中を確認する。

 ―———どこだ。どこにいる。

 いた。



 男が何かに馬乗りになっている。

 下に女物らしき衣の色。



 季翠は考える間もなく、男の背中目掛けて剣を袈裟懸けに振り下ろした。



 いきなりの背後からの攻撃に、男は絶叫を上げる。

 そのまま我に返る時間を与えず、首裏に柄を振り下ろす。



 昏倒した男の下からは思った通り、娘が一人姿を現した。

 思黎だ。



 彼女の髪はまるで鬼女のように振り乱され、衣の襟元は遊女のように大きく開かれ、おまけに顔も殴られたのだろう。

 痣はもちろんのこと涙、鼻血、鼻水、涎に至るまで汚らしく付着している。

 初対面の時に抱いた、良家の姫君とは思えない姿だった。

 幸い、裳がそれほど乱れていないため最悪の事態には間に合ったのかもしれない。



 彼女は呆けたように口を開けて季翠を見上げている。

 あまりの姿に、季翠も何と声を掛けるべきかしばし迷う。



「……母君が心配されています。行きましょう」

 思黎は応えない。

 顔を伏せ、蹲って小刻みに肩を震わせている。



 どうしようもなかった。



 玉翡、玄叔黎、そして先ほどの彼女の母親から頼まれて来たが、助けてと言ってこない相手にこちらがどうすればいいと言うのか。

 先ほど邸内を探し回ったが、彼女の助けを求める声も悲鳴も、一度だって聞かなかった。

 恐怖で声が出なかっただけなのかもしれないが……。



「………………助けてほしいなら、そう言ってください」

 今なら、私が助けますから。

 そのまま羽織っていた外套を彼女の頭に投げつけた。

 今の姿を人目に晒すのは、流石に哀れだった。



「早く安全な所へ」

 季翠は思黎にあっさり背を向けた。



 付いてくるも来ないも、彼女次第だ。

 来たくないなら、いつまでもここで蹲っていればいい。

 生憎と季翠は、優しく膝をついて手を引いてやる気は毛頭ない。



 結局、彼女は足をガクガクと震わせながらも立ち上がった。

 思黎を連れて戻ると、彼女の母親はわあっと泣き出し娘に突進してきてひしと抱き締める。

「ああ…ああ…よかった、よかった……‼」

 それを無言で眺めていると。



 何かパチパチと、耳慣れない音がさっきから遠くでしているような……。



「————火事だ‼」

 遠くで誰かがその異変の正体に気づき声を上げると、煩いくらい聞こえていた喧騒の音が一気に止まる。



 皆が気づかぬ内に、どこからか発生した火はかなり近くまで来ていた。

 風も強く、瞬く間に火が建物から建物へと燃え移る。

 邸に溢れていた人間たちは一斉に出口を目指した。



 季翠たちは馬車ごと脱出することにした。

元々異民族の男たちが逃走するつもりだったのだろう。

 邸の壁の一部が、馬車が通れるくらいの幅で壊されていた。



 しかし――――。

 なぜ火事など……。



「————死去されてから少し遅れましたが、無事に処分できそうですね」

 あの長男は父親の遺した文書などに興味はないのでしょう、と主を振り返る。



「殿」



 呼びかけられた男は無言で書簡を手に取った。

 本来なら、一つ一つ精査し処分したいところだが。

今は手間をかけることもできないし、時間もない。

不本意だがまとめてすべて処分するしかないだろう。

 


 すべて、すべて跡形もなく燃やし尽くさないと。

残された断片から、秘密を紐解かれないように————。

面白かったら、ブックマーク、評価をお願いいたします。励みになりますし、より良い作品にしてもっと読むのを楽しんでいただける物にできると思います。

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