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大影帝国記【完結!】  作者: aberia
第二章 北の大地編 
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第二十五話 帝国一の槍使い

第二十五話 帝国一の槍使い


 時は深夜。

暗闇の中篝火に照らされた城を眺めるのは、他でもないその城の主たる葵戰毅その人であった。



「葵戰毅」

 振り返ると、北の長が崖際にいる自分の元に歩いて来ていた。



「副官殿の姿が見えぬが」

「玖狼には別の仕事を任せました」

 今頃、北陵の街を出て寝ずに南下しているところだろう。

苦労をかけるが、玄伯黎よりも先に身柄を確保せねばならない。



 現在戰毅は、北の長率いる北方異民族と行動を共にしていた。



 彼らの数は長を入れても十人にも満たない、それに対し玄武城側も戰毅一人だ。

この人数で、彼らは玄武城を制圧しようとしていた。



「なに、お主がいれば相手が千だろうが問題あるまい」

 長は豪快に笑う。

そう言うが、長が率いてきた側近たちこそ少数精鋭だった。



「————明朝夜明け前に、玄武城に奇襲を仕掛けます」

「抵抗する者、城外に逃亡しようとする者は一律に処分いたします。鼠一匹街に逃がさぬよう、お願いいたします」



 城から伴って来て、城下に散らばせた兵たちの元には玖狼が合図を送っているはずだ。

 民を危険に晒すことなく、加えてこの騒動をなるべく内密に、穏便に済ませたかった。



 だが、首謀者の二人は。

 戰毅は鉄面皮と称される顔に、微かに感情を滲ませた。



 伯黎は城主の間で悠然と報告を待っていた。



 しかし余裕があるように見えるのは見かけだけで、内心は穏やかではなかった。



 掌握当初は計画が上手くいったことに愉悦に浸ったが、それも治まるとどうにも上手くいきすぎていて引っかかる。



 密偵の報告では、葵戰毅はそれなりの数の手勢を連れて城を離れたと聞いている。

その報告に違わず、玄武城の警備は手薄だった。

手薄過ぎるとも言えた。



 戰毅ほどの武人が今、この不安定な時期に城の守りを疎かにするのだろうか。

 結局まんじりともせずに、伯黎はその夜を過ごした。



 夜明け前。

 流石に皆疲れを滲ませ、伯黎も気を張り続けられなくなった頃。



 俄かに城が騒がしくなってくる。

それは、城門の方から徐々に近づいてきていた。



 弟たちのどちらかが戻ったのかと一瞬伯黎は期待したが、それにしては様子がおかしい。

微かに……悲鳴、のようなものが混ざっているような。

 伯黎は傍らに置いていた剣を取る。

それとほぼ同時に、季鼈が室に飛び込んで来た。



 嫌な予感がした。



 それから数秒もしない内、伯黎の私兵が息せき切って目の前に転がり込んで来た。 

「若‼葵戰毅です‼葵将軍がっ、北方異民族を連れて城内に侵入しました‼」



 伯黎と季鼈の二人に衝撃が走る。

「な、んだと……」



 早すぎる。

 伯黎は愕然とした。



 伯黎の予想では、こんなにも早く戰毅が戻ってくるというのは有り得なかった。

 異民族の野営地まで、ここからどれほど離れていると思っているのだ。

それこそ数人の強行軍でなければ……。



 そこではっとする。

 何も、玄武城から連れて出た兵すべてを常に連れて動く必要はない。

 そもそも最初から共に連れて行かず、どこかに待機させておけば行きの時間も短縮できる。

 


 伯黎が想像していたよりもずっと前に、戰毅は北の長と接触していたのだ。

 


 しかし、足止めも季鼈に命令して放っているはずだ。

そいつらは何をしているのか。

 一昨日の夜から連絡が取れていないと季鼈がぼやいていたが、まさかその時点でやられていたとでも言うのか。



「北の民を連れて……だとっ⁉」

 季鼈は顔を蒼くした。

彼にとって、最も最悪な時機における、最も最悪な事態であった。



「っ伯黎‼」

 当初の話と違うと、激情のまま季鼈は玄伯黎の胸倉を掴んだ。

 伯黎の話では、葵戰毅が来る前に皇太子を味方につけるはずではなかったのか。



「落ち着け、」

「どの道お前のやったことは、遅かれ早かれ知られていた話だろう」

「っこんな状況で親父と対峙してみろ‼俺は殺される……‼」



 後ろ盾がない今、季鼈の命は風の前の塵に等しい。

 長の交わした盟約を破ったのだ、約束を違えた者を一族は絶対に許さない。

 


 伯黎は喚き散らす季鼈を何とか引きはがす。

 


 とにかく、今ここでやり合うのはまずい。

 念願の城だが、致し方ない。

 皇太子と合流次第、今度こそ葵戰毅を逆賊として討てばいい。



「っ俺が先に逃げる‼こんな所で犬死になど御免だ‼」

 季鼈は無様だろうが何だろうが、なりふり構わず回廊に出た、が……。

 


 ————死神がいた。



 四方八方からくる敵を薙ぎ払い、前の敵を斬りつけ振り抜いた槍のその切っ先でそのまま後ろの敵を。まるで円を描くように、彼を中心にして血飛沫が撒き散らされる。

 外套を翻し、殊更ゆっくり歩いてくる。

 恐ろしかった。

 


 玄武城の真の主・葵戰毅その人であった。



 戰毅は悠々と城主の間に入ってくる。

 城主の座に居る伯黎に向ける目は、何の感情も宿していなかった。



 その怜悧な目に射抜かれた伯黎の脳裏に、様々な思考が瞬時に巡る。



 叔黎はまだか。

 夫人と娘を人質にちらつかせれば……。

いや、あの愚弟のことだ。

 どうせちんたら後を追っているに決まっている。

 


 ならば頼みの綱は仲黎だ。

しかし仲黎が皇子を連れて戻ってくるまでに、持ちこたえられるのかと言うと。



 目の前に広がる惨劇に、そんな希望を持つのは絶望的だと悟った。

目にも止まらぬ速さで葵戰毅はこちらの兵を排除していく。

 伯黎は明確に、命の危機を感じた。



「化け物め……‼」

 耐えられなかった季鼈がとうとう飛び掛かった。



 ————鞠が宙に飛んだ。



 その鞠は空中で失速すると、伯黎の鎧をつけた右肩にぶつかってごろりと床に転がる。

 変わり果てた協力者の顔が、伯黎を見上げていた。



 季鼈の首を跳ねたのは葵戰毅ではなかった。

 その人物は、戰毅の後ろから屈強な体を現す。



 伯黎の後ろにいた異民族の若者が声を上げた。

 伯黎は季鼈と通じるために異民族の言葉を学んだため、多少なりとも分かる。

 


 今、彼は「長」と言った。



 それを皮切りに、皆が口々に父親や兄を呼ぶ言葉を口にする。

 長の後ろに続いてきた精鋭たちは、彼らの父、兄だった。



 しかし狼狽える彼らを全く無視し、彼らの父や兄は、息子を、弟を容赦なく斬り捨てていった。

 



 ————ああ、そうか。こんなにも簡単に城を奪わせたのは、自分たちを一所に集めるため。

 最早玄武城は鉄壁の要塞ではなく、ただの鼠を閉じ込める袋だった。



「二の若様」

 焚火をぼうっと眺める仲黎に、お付きの兵が心配そうに顔を伺ってくる。



「急がれなくてよろしいので?兄君がお待ちでは」

「……急いだところで、肝心の迎えに行く相手が来てないんじゃ意味がないよ」

 こちらに向かってきているはずだと言う皇子は、影も形も見えない。

わざわざ北部の玄関口まで来たが、意味があるのかないのか。



 ふいに風が軽く吹き、煙が仲黎側にくる。

ケホケホと軽く咳き込めば、兵たちは呆れたような顔を向けてくる。

 長じるにつれて病弱だった体質も多少は丈夫になってきたが、元来荒事に向かないのだ自分は。



「(まあ、皇子殿下が来たところで勝負はすでについているだろうけど)」



 だって、兄上は負けるから。



 仲黎の中で、兄の破滅は決定事項だった。

「(兄上は分不相応な望みを持ってしまった)」



 偉大な父が死んだあの時から、玄家の滅亡は決まっていたのだ。

 野心の為に異民族と通じ、民を商品かのように売ることも厭わない兄。

それを止めることもしない自分を含めた周り。



 愚かな家長に従って、愚かな自分たちも地獄へ落ちるのだろう。

 幼い弟妹たちは哀れに思うが、これも玄家に生まれた者の運命だ。



 此度の騒動が終結すれば、北は名実共に葵戰毅将軍の治下に入る。

「(当主なんてなりたい人間がなればいいさ、なんて言った結果がこれか)」

 元許嫁は、それ見たことかと思っているのかもしれない。



 しかし母親は無理でも、婚約を破棄した以上彼女と彼女の家に連座が及ぶ危険は、皆無ではないが少ないだろう。

 葵戰毅も、長年北の経済を担ってきた商人をそう簡単には見捨てまい。



 さて、皇子が来るのが早いか、それとも玄武城の兵が来るのが早いか。それ次第で、玄仲黎の余生が決まるだろう。


 

 伯黎にとって最大の悲劇だったのは、皇子・鶯俊の到着が遅れたことだった。

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