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大影帝国記【完結!】  作者: aberia
第二章 北の大地編 
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第二十四話 北陵の大商人

第二十四話 北陵の大商人

 


 季翠は辿り着いた葵家所有の邸を見渡す。



 それほど広くはない、小ぢんまりとした邸だ。

 季翠が西牙で暮らしていた邸に、どことなく似ている気がする。



 今、四狛は今度は邸の外の偵察に行っている。

入念に調べるとのことで、しばらく帰って来ないとのことだった。

 屋内の安全はひとまず確保されたため、それでも大丈夫だろう。



 「玉翡殿、御体調はいかがですか」

 玉翡の傍に寄る。

 邸に入ってからもしばらく咳き込んでいたが、もうだいぶ治まったようだ。



 近くに来た季翠に、夫人は顔を強張らせたが、玉翡はにこやかに微笑んでくれる。

 「季翠様」

 「……私は、少し御不浄に」

 そう言うと、侍女を一人連れて席を外してしまう。



 随分嫌われたものだ。

 何気なくその後姿を見送る季翠に、玉翡が詫びてくる。



 「申し訳ありません。お母様が」

 「いえ、御気になさらず」

 「季翠様のせいではないのです。お母様は、きっと季翠様を嫌っているわけではなくて……」



 玉翡は自信がないのかうまく言葉がまとまらないのか、口ごもる。

 季翠には夫人の様子が示すものが、嫌悪なのか何なのか判断がつかなかったが、玉翡には見えないからこそ何か分かるのだろうか。



 しばらくして彼女が口を開く。

 「…………何か、怖がっている、ような気がします……」

 「怖がっている……」



 もしそうならば、彼女の恐怖とはどこから来ているのだろうか。



 一方戰華たちはというと。



 日が暮れるのを待ち、貴賓室から抜け出していた。

 季翠たちとは別の隠し通路、戰毅の室だ。

そこから城内への脱出を図っていた。



 不器用ながらこちらを気遣いつつ進む戰華の背に、蒼鈴は問いかけた。

 「意外だったわ」

 「何が」



 「貴方は、たとえ死ぬことになっても、逃げるなんて恥だって言うと思っていたのに」

 もっと好戦的で、直情的な性格だと思っていた。



 「無謀な戦いは愚者のすることだ。

 俺が生き延びなければ、犠牲になった兵たちの死が無駄になる」

 現時点で勝ち目はないしな、と戰華は意外にも冷静だった。



 何がきっかけか知らないが、何だか吹っ切れたようで少しとっつきやすくなった感じがする。



 「姫様にこのような所を歩かせるなど……」

 「我慢しろ」

 さっきから英起は不満たらたらだ。

 


 彼は、初対面での蒼鈴に対する戰華の無礼を許していない。

 根に持つ性質なのだ、かなり。



 「わたくしは気にしないわ」

 「ほら、英起が初めてわたくしと会った時だって、あばら家のような室に居たでしょ?」

 気にするなという意味で吐いた蒼鈴の言葉に、男二人はぎょっとした顔を向けてくる。



 「あ、あばら家……?」

 「姫様‼」

 戸惑った様子の戰華に、蒼鈴はあっけらかんと言う。

 「わたくしは妾腹だもの」



 妾腹の、高貴な血に紛れ込んだ卑しい下女の産んだ娘。

 実の父親である皇太弟にも捨て置かれ、たぶん父がきちんと蒼鈴を認知したのすら、最近なのではないだろうか。



 当然、侍女や使用人たちは蒼鈴を手酷く扱った。

ろくに世話もされず、髪はぼさぼさ、着物は辛うじて着させられていたが下女が着るような粗末な物だった。

 英起が初めて見た蒼鈴は、それこそ幽鬼のようだったのではないだろうか。



 「……悪かった」

 それはどういう意味なのだろうか。

 先ほどと同じ、出自を侮辱したことへの再度の謝罪なのか、それとも辛い過去を話させたことへのものか。



 「別に謝る必要はないわ」

 本心だった。

 戰華と同じで、蒼鈴もどこか吹っ切れたのかもしれない。



 初対面時には考えられなかったが、彼はきっと、蒼鈴の過去を知っても蔑んだり、過度に哀れんだりしないような気がした。



 「いや……貴女のことを、誤解していた……」

 もっと我儘で気位の高い、嫌な女だと思っていたと馬鹿正直に伝えてくるところには、流石に呆れるが。

 「(……もてなさそうよね、この人)」


 

 ようやく通路を抜けた先に待っていたのは、蔵のような所であった。



 木製の巨大な棚がずらりと並べられており、高さは天井近くまである。

 棚には所狭しと、物がぎゅうぎゅうに収められている。



 「何かしら、ここ……」

 きょろきょろと建物内を見渡す蒼鈴と英起に対し、戰華は何かしきりに首を捻っている。

 「ここは……いやまさか……」



 すると突然、ガラリと大きな音を立てて入り口らしき大扉が外から開かれる。

 「————あら」

 「げぇっ‼」

 顔を出したのは、娘だった。その娘の顔を見るやいなや、戰華が奇声を上げる。

 対して娘の方は然程驚いた様子もなく、つかつかと入ってくる。



 「何でお前がここにいる‼」

 「それはこちらの台詞よ、葵の若様」

 ここは宋家の蔵よ、と彼女は腰に手を当て顎をつんと上向ける。



 その彼女の言葉に、英起が驚きの声を上げる。

 「宋家……!北陵の大商人ですか」

 「あら、存じ上げていただいているなんて光栄だわ」



 北陵商人・宋。

 北陵だけでなく、大影帝国北部においても有数の大商家だ。

 


 なるほど、ここが商人の持つ蔵ということならばこの物に溢れた状態も頷ける。

 これらはすべて商品なのだ。



 「(どなたなのかしら……)」

 戰華と言い争いをしている娘。

 


 言い争い、というよりも軽口の応酬に見える。

 戰華は嫌そうだが、蒼鈴の目には何だか親し気に見えた。



 娘は品の良い装いで、何というか、垢ぬけている感じがした。

 蒼鈴はなぜだか唐突に、埃まみれの自身の姿が気になった。



 「!すまない蒼鈴姫」

 俯いて黙りこくる蒼鈴に戰華が気づく。



 「蒼鈴姫……って……」

 「嘘‼お姫様⁉」

 戰華の呼びかけにきらんと目を輝かせた彼女は、蒼鈴の両手を同じく彼女の両手で勢いよく握り締める。

 そしてそのまま顔がぶつかりそうな勢いで身を寄せてくる。



 「ねえ姫様、もしかして貴女って皇家のお姫様なのっ?

 皇宮では今何が流行りなのかしら⁉

 帝都の流行は押さえているつもりだけど、宮中のお貴族様の流行りまでは把握できていないのよね。

 あ、そうよ!うちの商品はどう思われる⁉」

 あまりの勢いに絶句する蒼鈴。

 無礼だと咎めたいが、謎にあわあわする英起。



 「(そう)(きょう)(らん)‼」

 戰華が少女二人の間に割り込む。



 「あら、何かしら葵の若様」

 「何かしらじゃない‼」

 蒼鈴を自分の後ろに押しやりながら、戰華は目の前の「宋 姜蘭」と呼んだ娘を怒鳴りつける。



 「お前、うちだけでなく姫にも押し売りするなど恥を知れっ‼」

 「あら、押し売りなんてしていないわ。

 第一、葵将軍は質素倹約な御方だから、うちでまともに御買い上げいただいたことなんてないじゃない」

 そこが素敵なんだけど、と姜蘭はうっとりと頬に手を添える。



 「親父殿に色目を使うなっ‼だいたいお前には許嫁がいるだろう‼」

 「相変わらず葵の若様は頭が固いわよね。

 だからもてないのよ」

 ―———これには流石の蒼鈴と英起も吹き出しかけた。



 「何だと⁉」

 「あのねぇ、理想の人とか憧れの人っていうのがあるの。

 実際に結婚したいとか付き合いたいわけじゃなくて、ただ素敵ねって胸をどきどきさせたいだけなのよ」

 彼女の言っていることは、蒼鈴には何となく分かった。



 とまあ話がかなり変なところに飛んだが、いい加減宋姜蘭が胡乱な目を向けてくる。

 「————それより何でこんな所に?

 不法侵入で将軍に訴え出るわよ」



 確かにそうだ。

 葵家の隠れ家に辿り着くのではなかったのか。

先に着いているはずの季翠たちの姿は欠片も見当たらないし、そもそも隠れ家ですらない。

 


 蒼鈴と英起も、戰華に目を向ける。

 絶妙な沈黙が四人の間に流れる。



 「………………道を……間違えた、ようだな」

 「「…………はあ⁉」」



 ちょっと待てどういうことだ。

 まさかの事態に蒼鈴と英起は身分とか姜蘭のことも忘れ、目の前の馬鹿公子に主従で掴みかかる。



 「ど、どうするのよ戰華様‼」

 「そうですよ葵公子‼」

 「悪かった!お、落ち着け。多分大丈夫だ、多分」

 多分じゃねえ。



 「だいたい俺だって、隠し通路の先の一つが宋家に繋がっているなんて聞いていない‼」

 「…………隠し通路?」

 宋姜蘭が片眉をぴくりと跳ね上げる。



 「…………もしかして貴方たちがここに居るのは、さっき聞こえた玄武城の爆発音と何か関係があるの」

 どうやら民にはまだこの騒ぎのことは伝わっていないようだ。

 異民族の姿さえ人目につけなければ、火事だとでも何とでも誤魔化したのだろう。



 事情を話そうとする蒼鈴だが、戰華が止める。

 「さっき話しただろう。こいつには許嫁がいて……」

 なぜ止めるのかと見る蒼鈴に、戰華は苦々し気に言う。



 「それは玄家の次男だ」

 次男ということは、さっきの玄伯黎の弟だ。

 つまりここは敵の真っただ中なのでは……。



 「お生憎様。

 つい先日婚約を破棄されたわ」 

 顔を蒼褪める蒼鈴たちに、宋姜蘭は呆れたようにそう言った。



 「でも、仲黎(ちゅうれい)のことを気にするってことは、玄伯黎が何かしたわけね」

 仲黎というのが、その次男坊の名か。



 「…………」

 「まあいいわ。詳しい話は当主にしてもらう。

 こっちに来て、父の所に案内するわ」

 戰華たちを連れて行こうとする宋姜蘭だが、戰華はその場から動かない。



 「信用が置けん」

 「宋家は、玄家の縁戚だ。

 確かお前の伯母が、玄仲黎の母親だったはずだ」



 先の玄当主の側室であり次男・玄仲黎の生母。

 彼女は、宋家当主である宋姜蘭の父親の姉だ。



 剣の柄に手を掛けはじめた戰華から、姜蘭も目を逸らさなかった。

 彼女は怯むことなく毅然と言い放つ。



 「我が家は葵家とも親交を深めてきたはずよ。

 父上は葵将軍を尊敬しているわ。

 将軍も父に信を置いてくださっていると思っていたけれど、違うのかしら」

 「…………商人の忠義など信用できるか」

 「‼それは我が家への侮辱のつもり……?」

 戰華の言葉に、姜蘭もとうとう冷静な態度を崩す。



 「————そこまでだ」

 険悪な雰囲気の中に、突如第三者の声が入る。



 皆が弾かれたように声の方を向くと、入り口に壮年の男が立っていた。

 大扉の外に、数人の若い衆も見える。



 「宋当主!」

 「!父上」

 「やはり来たか。

 若君、無事で何よりだ」



 男——大商家・宋家の当主が蔵に入ってくる。

 威風堂々とした、大家の主人に相応しい佇まいの男であった。

 商人と言うわりに強面だが、浮かべる微笑みのおかげでだいぶ中和されている。



 「何があったのか、どうか聞かせてくれぬか。

 我々は葵家と敵対する気はない」

 しかし、と宋当主は微笑みを消し、続けた。



 「若君が不信の意志を我々に示し続けるというのなら、こちらも相応の態度をとらねばならぬ」

 その言葉に、戰華も柄から手を離す。

 当主はそれを確認すると、傍らでほっと安堵の息を吐く蒼鈴をちらりと見遣る。



 「お連れの姫君方の身の安全も、保障しよう」

 「…………温情、深く感謝する。宋当主」

 最敬礼を示す戰華に当主は無言で頷くと、蒼鈴たちを外へと促した。



 「…………仲黎は、無事なの…………」

 父親に従い横を通り過ぎる戰華に、姜蘭がぼそりと問う。

 「……少なくとも、城では姿を見ていない」

 「……そう」



 「何で私がこんなことを……」

 


 一方、玄叔黎は一人地下通路をさまよっていた。

 


 通路は真っ暗だし、そこかしこに蜘蛛が巣を張っている。

 こんな所を進むなんて冗談じゃなかったが、兄の命令は絶対だし、夫人たちがここを通って城外に逃げたのは確実だった。



 しかし。



 「(まるでここから逃げました、とでも言っているような感じだった)」



 叔黎が夫人の室に入った時、この通路の入り口は隠すどころか全開だった。

 逃げる人間がそんなことをするとは思えない。

 となると、開けたのはその後に入った何者かになる。



 ということはつまり、叔黎よりも先に、”誰か”が夫人たちを追ってここの通路に侵入したということだ。

 先ほどの葵戰毅の室といい、薄気味悪いことばかり続く。


 

 ―———そ、れ、よ、り。

 どうしよう。

 迷う気しかしない。


 

 哀れ。

 叔黎は、埃と泥と蜘蛛の巣にまみれて早くも途方に暮れた。

 彼が通路を抜けて日の光を拝めるのは、一体何時になることやら。

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