第二十二話 旧黎公別邸
第二十二話 旧黎公別邸
今、どこまで来ているのか。
季翠たちが隠し通路に入ってから、ゆうに半刻以上は経っていた。
後ろに続く侍女たちの顔にも疲労の色が濃くなり始めた。
いくらゆっくり進んでいるとはいえ、ずっと歩きっぱなしなのだ。
夫人と玉翡の体調も気に掛かる。
ここで一度休息の時間を設けるかと、季翠が迷っていると、前方の暗がりに微かに階段らしきものが見えた。
「つい……った……!」
ガコンッと、固く重い音を立てて石が外れる。
先ほどとは逆、地下から地上に向かう階段の入り口を塞いでいたものだ。
こちらは夫人の室の物とは違い石のようで流石に重く、剣の先を使って無理矢理抉じ開けた。
格段の光量の違いに、しばらく白く視界が眩む。
全員が無事、階段を登り切り一息つく。
四狛は、まだ追い付いていないようだった。
「——奥様、どうかお掛けください」
侍女に勧められ、夫人が置かれていた椅子に腰かける。
辿り着いた隠れ家————家というより、物置とか納屋のような所であった。
狭く、住居にしては家具などが椅子と卓の必要最低限しかない。
床は土が剝き出しになっており、窓や入り口がすべて締め切られていたため、埃っぽさに侍女たちは顔を顰めている。
唯一の光源は、天井高くにある天窓だけだった。
太陽が天辺から少しずれている。
季翠は慎重に窓の板をずらす。
どうやらここは本当に納屋だったようで、遠くに本邸の建物らしきものが見え、ここはその建物の敷地内の一部にあるようだった。
建物周辺に人影らしきものはない。
かと言って無闇に動くのもどうかと思案していると、激しく咳き込む声が耳に入る。
「姫様」
「小翡、大丈夫ですかっ」
夫人が慌てて娘に駆け寄る。
玉翡は肩を丸めて、口元に手をやっていた。
咳き込むたびに背中が大きく揺れる。
隠し通路も大概埃っぽかったが、恐らくずっと我慢していたのだろう。
堰き止めていたものが誘発されて、止まらなくなっているのだ。
「もっ、申しわけ、ありませ……っ」
ヒューヒューと息を吸う音がしている。
ここに長居するのは、体に障りそうだった。
「周囲に人はいないようです。本邸らしき建物がありましたから、日が暮れたら移動しましょう」
この狭い建物にこの大所帯で隠れ続けるにも限度があるし、何より見つかった時に逃げ場がない。
「大丈夫です」
不安そうな面々に、季翠は安心させるように胸に手をやって、頷く。
胸元には、鶯俊より賜った玉佩が入っていた。
願わくば、これの価値が分かる者と遭遇したいものだ。
————日没後。
季翠たちは闇に紛れて、本邸らしき大きな建物を目指した。
その中には四狛もいる。
季翠たちがここに来てそれほど経たない内に、彼も隠し通路から上がって来た。
物音がするのに姿が見えない間。
あわや追手かと皆が警戒して、思い思いの武器を持って隠し通路の出口を取り囲んだ、そこに一人顔を出した四狛の顔と言ったら。
こんな状況だがなかなか見物だったと、季翠は忍び笑いをした。
邪念が伝わったのか、護衛武官から恨めし気な目線が飛んできた気がしたが、きっと気のせいだろう。
「無事でしたか、四狛殿」
「ええ。皆さまも御無事で何よりです」
「追手は来ましたか?」
「それがさっぱり」
夫人の室に一人残った四狛だったが、待てど暮らせど誰も来ない。
とはいえ、すぐに追いかけるには不安が多いため、十分に時間を置いてから後を追ってきたそうだ。
「……」
「それはそれで不気味ですよね」
慎重に周囲を警戒しつつ、庭——やはり先ほどの建物は邸宅の庭の隅に位置していた——から邸の敷地内に入る。
邸全体が見えると、一行の一人から驚愕の声が上がる。
「!ここは…………」
「葵夫人……?」
松明の火に浮かび上がる邸。
————明かりが照らしたのは、建物自体だったのか、それとも過去の記憶だったのか。
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