第二十話 幕開けを待つ
第二十話 幕開けを待つ
「失礼する」
葵戰華を追い、玄伯黎が辿り着いたのは玄武城の貴賓室だった。
伺いも立てず、ずかずかと入る。
混沌とした城内とは違い、ここは異様に静かで、一見優雅な雰囲気が漂っていた。
が、伯黎の目には室の主の動揺が手に取るように分かった。
突如乱入してきた伯黎たちに、従者と思しき男が非難の声を上げる。
「無礼者っ!断りもなく室に入ってくるなど、この方をどなたと心得ているのですか‼」
「御婦人の室に断りもなく入る非礼、お詫びする。下手人を探しているのだ」
「下手人?」
伯黎の言葉に、優雅に茶を嗜む姫君がおっとりとした風に答える。
「ここには誰も来ていないわ、ねぇ楚英起」
「それより外が随分騒がしいけれど、一体何だっていうの?わたくし、今からお昼寝をしたいのだけど」
高慢で空気を読まぬ発言に、兵たちは嫌そうに顔を歪める。
しかし伯黎には、姫の微かな頬や睫毛の震え、声の調子、目の動き、力が入り過ぎている指先の様子から彼女の緊張状態がはっきり伝わってきていた。
小娘にしては頑張っているようだが、まだまだ詰めが甘い。
「それは申し訳ない。が、下手人の行方が分からぬままでは、それこそ不安で午睡などできますまい。しばし御辛抱願う」
返事も聞かず兵たちに調べさせる。
従者が止めようとするが、姫が袖を引いて止める。
奥の寝室の方も調べ、寝台の下も見るが姿はない。
残るは————。
「待ちなさい‼」
兵が衣装棚の扉を開こうとしたその時。
大人しく黙っていた姫が声を張り上げる。
「わたくしは皇家の姫よ!臣下の分際でこれ以上の無礼を働くつもり?皇宮に戻ってから、わたくしは貴方がたの一連の狼藉を陛下に進言することもできるのよ‼」
はったりだ。
血縁上は姪とはいえ、皇太弟の末娘如きが皇帝に目通りなど叶うはずがない。
しかし、 ”皇帝”という言葉に兵は怯んだようで、伯黎に是非を問うように目を向ける。
「……よせ」
軽く片手で制す。
もう蒼鈴には興味が失せていた。
「ご協力感謝する、姫君。どうやらここにはいないようだ」
失礼する、と伯黎は兵を引き連れ室を出ていく。
恐らくこの室に戰華は匿われているのだろう。
が、取り逃がしたとして伯黎には何の損失にもならなかった。
足から一気に力が抜け、蒼鈴はその場にしゃがみ込む。
英起が慌てて支える。
伯黎たちの足音が完全に遠ざかってからしばらくして。
音を立てぬように慎重に戰華が衣装棚の中から出てくる。
「…………どうして庇った」
「っ……他に言うことはないわけ⁉」
カチンときて怒鳴る蒼鈴に、戰華は怒鳴り返すと思いきや。
「そうだな」
「――――助かった。感謝する、”蒼鈴姫”」
「!」
膝まづいて拱手し頭を下げる殊勝な姿は、嫌味な第一印象とはかけ離れたものであった。
「……わたくしの名前、知ってたの」
戰華の顔合わせでの態度から、名前すら目を憶えていないと思っていたのに。
「流石に知ってる」
戰華は苦虫を嚙み潰したような顔をする。
「自分の婚約者だぞ」
貴女は無本意だろうがな、と戰華は続けた。
「不本意なのは貴方でしょ」
わたくしが妾腹だから。皇族とは名ばかりの卑しい身分の娘だから。
これには罪悪感を覚えずにはいられなかった。
戰華とて、蒼鈴の出自を蔑むのは本意ではなかった。
「……悪かった」
「俺はどうせ家を継ぐことなどできないから、貴女が俺に嫁いだとしても無駄になるだけだと思ったんだ」
下手に戰華が皇族の姫を妻にすれば、父は自分を無下にできなくなる。
それに今回の縁談を破談にすれば、戰華を見放す良い口実になる。
「……養子だから?」
「!…………そうだ」
「葵将軍が、お父様がそう仰ったの」
「親父殿は何も言わない。何も、言ってくれない……」
だから分からない。
俺はここに居ていいのか。
貴方の息子を、名乗ってもいいのか。
「なら貴方の勝手な妄想なのね」
「――――妄想だと?」
事も無げに言い放つ蒼鈴に、戰華は眉を跳ね上げる。
怯むかと思いきや、目の前のお姫様は構わず続ける。
「だってそうでしょ。お父様がはっきり貴方に家督を譲らないって仰ったわけではないのでしょう?それなら、貴方には葵家を継いで守る義務があるわ」
高貴な御方を父に持つ姫君は、簡単に言ってくれる。
「どこの生まれとも分からない俺にそんな資格があるとでも?」
「……意外だわ。貴方、わたくしよりもずっと血筋を気にしているのね」
「…………」
「――――気にするに決まってる。親父殿は、本当に素晴らしい人なんだ」
自分さえいなければ、今頃本当に血の繋がった、父譲りの出来の良い息子を持てていたに決まっている。
自分さえ、いなければ。
「呆れた」
「もしこうなら、なんて、考えたって仕方のないことよ」
蒼鈴だって何度も考えた。
でも考えたところで、現実は何一つ変わらなかった。
「だいたい貴方のお父様に他の方と婚姻して御子息が生まれる未来があった、なんて、それも実現し得るものなのか分からないじゃない」
確かに葵将軍は素敵だけど……。
と言い咳ばらいをする蒼鈴。
「大切なのは、今、貴方がお父様やお母さま、妹さんのことを想っていることではないの」
少なくともわたくしは、存在し得たかどうかも分からない架空の息子よりも、今目の前にいる息子を見るわ。
「葵将軍は、現実よりも夢想を取る御方なの?」
————城主の間にて。
「――――伯黎、うまくいったようだな」
「季鼈か、早かったな」
伯黎が城主の間に戻ると、そこには北方異民族の長の子にして、協力者たる季鼈の姿があった。
「しかし湿気た城だな。お前の邸の方が余程小綺麗だ」
金になりそうな物がろくにないと、硯を弄びながら季鼈は言う。
「葵将軍は質素倹約な御方だからな」
「ま、俺はお前がちゃんと約束を守ってくれるなら別にいいんだが」
約束とは、長の継承争いにおける支援のことだ。
季鼈の兄弟間での序列は四番目。
そこに長の兄弟たちも加われば、決して高くはない立場だ。
彼は立場ある人間の支援を求めていた。
現在の長である彼の父は、伯黎の父である先の玄当主、そして葵戰毅との親交と彼らの後押しを基盤として今の地位に就いた。
長の座を狙う季鼈と、同じく当主と玄武将軍の地位を望む伯黎の利害が一致するのは必然だった。
玄武城は掌握した。
あとは……。
葵戰毅が北の長の元に向かったのであろうことは、だいたい予想がつく。
長を引き連れてやって来られれば厄介だが、伯黎自身が直接やり合わなければいいだけのことだ。
最小の損害で事を成し遂げるには、役者がまだ一人、足りなかった。
最近になって、また頻度を空けずに投稿できるようになりました。
面白かったら、ブックマーク、評価をお願いいたします。励みになります。




