第十九話 渦中の玄武城
第十九話 渦中の玄武城
「姫様の予想通りでしたね」
「状況は最悪ですけどね」
軽口を叩きながら、季翠と四狛は乱闘状態の城の回廊を駆ける。
戰華の言葉通り、今は一刻も早く夫人と玉翡の身柄の保護をせねばならない。
恐らく蒼鈴は大丈夫だろう。
英起もいるし、今だって彼らは季翠の足を止めようとはしてくるが、命を狙ってくるような動きではない。
玄伯黎から皇族は傷つけないようにと命令されているのだろう。
「玉翡殿‼」
玉翡が居た室は、城の奥まった所にあった。
流石にここまではまだ賊も入って来ていないようだ。
室には玉翡と数人の侍女、そして寝台に夫人が横になっている。
どうやらここは葵夫人の室のようだ。
剣を抜身のまま室に飛び込んできた季翠と四狛に、すぐ傍にいた侍女が悲鳴を上げる。
「季翠様……?」
母親が眠る寝台の傍らに腰掛けていた玉翡は、侍女の手を借りながら立ち上がる。
「……何事ですか」
夫人も寝台から体を起こす。
彼女は季翠を見て一瞬顔を強張らせるが、只ならぬ雰囲気に瞬時に表情を引き締める。
「くわしい説明は後で、急いで城を出ましょう」
*
————玄家邸。玄武城襲撃より数刻前。
ガチャン‼
回廊を歩く思黎の耳に、茶器が割れる耳障りな音が届いた。
最近、こういう破壊音や喧騒の声がこの邸では日常的な音となっていた。
侍女が粗相をしたか。
異母姉の一人が癇癪を起しているのか。
はたまた————。
視界の端の室から、下卑た笑い声が聞こえる。
ちらりと見やれば、ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべて思黎を見る男が何人も。
皆大影の民とは異なる意匠の衣を身に纏っている――――玄伯黎が招き入れた北方異民族だ。
現在の玄家の実質的な支配者である長兄の伯黎は、父である先の玄当主が死んですぐに、得体の知れぬ男たちと繋がりを持った。
いや、もしかしたら父が死ぬ前から親交を持っていたのかもしれない。
邸の者は皆、その男たちが巷を騒がせている奴隷狩りの黒幕だと分かっている。
それでも何も言わないのは、伯黎が怖いからだ。
最近になって、出入りするだけだった男たちが邸に居座るようになった。
皆口を噤み、息を潜めた。
しかし鬱憤は溜まるのか、特に野蛮な男たちが邸をうろつくのが我慢ならない異母姉たちは度々癇癪を起した。
思黎も八つ当たりの被害に何度も遭った。
思黎は父の十一番目の子だ。
上に十人、下に七人兄弟姉妹がいる——実際のところは、もっといるのではないかと言われている。
母は妾で、元は貧しい農民の娘であった。
だが、母は美しかった。
数多くいる父の妻たちの中で最も美しく、優しく、素晴らしい人だと思黎は思っている。
だからこそ大貴族である父の目に留まったのだ。
しかし思黎の母は、気が弱かった。
思黎を身籠り、邸に迎え入れられてからというもの、常に父の他の側室や妾、果てはその女たちが産んだ子どもたちに気を遣い……。
異母姉がまるで使用人に命じるかのような態度を母に示した時は、殺してやりたいとすら思った。
思黎は母を守りたかった。
自分と母が誰に気を遣うこともなく、安心して暮らせる環境を手に入れたかった。
だから、長兄である伯黎に積極的に近づいた。
彼女は兄に自分の有用性を説き、手足として動く代わりに自分と母への援助を求めた。
何も考えず、動かない異母姉たちにはできようはずがない真似だろう。
伯黎が身内を切り捨てる判断をした時、少なくとも思黎と母はその刃から逃れることができるはずだ。
「合図が来た。行くぞ」
思黎がいる反対の回廊から、一人の男が大声で各室の仲間たちに声を掛けた。
男たちの頭的存在の男だ。
異民族の長の四番目の息子だと聞いた。
男の声に、室からぞろぞろと男たちが出てくるが、数人は念のために邸に残るようであった。
彼らはきっと、今から玄武城を襲いに行くのだ。
先日出会った姫君たちのことが一瞬脳裏に過ったが、思黎には関わりのないことであった。
*
季翠と四狛が夫人と玉翡と合流した一方。
戰華も同じく城の回廊を駆けていた。
城兵と共に敵兵を斬り捨てながら、何とか退路をつくろうとする。
玄伯黎は、強かった。
品の良さそうな装飾付きの剣は飾りではなかったようで、武に長けているという噂通り的確に戰華の息の根を止めようと襲ってきた。
「帝国一の槍使い」と名高い父親に幼い頃から稽古をつけられてきた戰華から見ても、その実力は相当なものだと分かった。
命からがら室を出たはいいものの、追手がしつこい。
義母親と妹が城の奥に居るため奥に逃げることはできない。
必然的に賊が侵入している入口の方へ向かうことになる。
城の入り口に向かうにつれ、回廊のあちこちに城兵や侍女、使用人たちの死体、異民族と斬り結んでいる兵の姿が増えてくる。
回廊を兵と共に駆けていると、苦痛に叫ぶ声がすぐ後ろで上がる。
「っ若!お逃げください‼」
伯黎の一団がすぐ後ろまで迫って来ていた。
戰華は足止めする兵に背を押され、とにかく滅茶苦茶に城を駆けまわった。
回廊を左に、右に、室に入っては出て入っては出————ふと我に返る。
目の前には一つの室。
助けてくれるかは、一か八か。
足音がすぐそこまで迫ってきていた。
悩んでいる有余はなかった、戰華は室に飛び込んだ。
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