第十七話 戰華の苦悩
第十七話 戰華の苦悩
葵戰華は不遜な態度を崩さず、毅然と顔を上げる。
そうしなければ、目の前の狡猾な男と言葉を交わす前に負けてしまうような気がしたからだ。
今己が坐している城主の席。
自分がここに座る資格を何一つ持ち合わせていないことを、彼は誰に言われずとも一番よく分かっていた。
戰華は父のことを深く知らない。
父は物静かな男であった。
常に冷静で、感情を見せぬ人。
対して戰華は幼い頃から感情的な子どもであった。
よく泣き、癇癪を起す。
我ながらさぞかし手の掛かる子どもであったと思う。
思い通りにならぬと地団太を踏む戰華を、父は無表情ながら困ったような顔で、静かに諭したものだった。
物心ついた頃から母の存在はなかった。
戰華の世界は父と父の側近である玖狼をはじめとした家臣たちだけで、己の出自を疑いもしていなかった。
亡国の将として祖国の為に最後まで戦い、生き残って尚残された民を守る父は戰華の誇りであった。
父が玄武将軍を拝命する少し前の頃、父と義母の婚姻が決まった。
戰華が六つかそこらの時だ。
父は二十五、義母はたったの十五の時のことであった。
そしてその義母というにはあまりに幼い娘は、彼女以上に幼い女児を一人連れて葵家へと嫁入りした。
異色の婚礼に皆が好き勝手に噂した。
——殿は黎公様からの申し出を断り切れなかったのだ。
義母は先の玄当主の落胤であるという話もあった。後ろ盾のない娘をもらってくれないかと、黎公が父に願い出たのだと。
——よもやあの幼子は殿のお子なのでは?
玉翡のことだ。
口差がない者は、父が十かそこらの義母に手を出して産ませた子ではないかと言った。
——殿は情の深い御方。身寄りのない娘等を憐み、引き取られたのかもしれぬ。なにせ御子息とて……。
戰華が己の本当の出自を知ったのも、この時であった。
——この女人は貴方の新しい母君です。この子は玉翡、貴方の妹です。私たちは、新しく家族になるのです。
父は幼い戰華にそう言った。
それなのに————。
義母への態度。
いくら政略で結ばれた仲とはいえ、彼らの間に流れる空気は異質としか言いようがなかった。
正妻として遇するくせに、実を伴わぬ関係。彼らの間には常に緊張感が漂っている、ように見える。
それが己がいるせいだというのなら、はっきりそう言って欲しかった。
玉翡のこともだ。
本当に父の娘であるというのなら、はっきり公言すればいいのだ。
そうすれば妻の連れ子ではなく、実子として玉翡が婿を取り、家を継ぐことだってできる。
父がはっきり言ってくれたら。
——貴方は私の子ではない。どこへなりとも勝手にいきなさい。
そう言ってくれたのなら、自分は喜んで出ていっただろう。
そう……言ってくれさえすれば。
不出来な息子を見捨てぬ父の優しさも、それを跳ね除けてすべて捨てる覚悟もない己自身も、戰華は大嫌いだった。




